次に会えるのは。~椿 守視点~
椿先輩の魅力を出せなかった······。
『君のところの子が、また暴走したようだよ』
先程担任に言われた言葉に苛立ちながら、急いで部室へと歩く。
どうやら、彼女が私のファンクラブ会員に呼び出しをくらったらしい。今回は一昨年のような事にはならず、仕掛けた側が返り討ちにされたそうだが······。
「椿様~!」
部室のドアが見えてきて鍵を取り出そうとすると、突然背後から呼び止められる。その声は、今聞きたいものとは違う、鼻にかかったような気色悪い声で。
聞こえなかったふりをして無視しようかとも思ったが、その不快な声はずっと呼びかけてくる。······仕方ない。部室までついてこられるよりは、この場で対応した方が良いだろう。
「何?」
無表情のまま振り返って問えば、声をかけてきた女の子は目を大きく見開いた。
······この子は、知らなかったのね。
「用がないなら、帰ってくれる?」
「あ······はい」
わざわざ呼びかけてきたこの子には悪いけれど、彼女がいない場所で貴女達に丁寧に接するつもりはない。
苦手な人に無条件で優しくするほど、私は良い人じゃないわ。
第一『椿様』って何よ。『様』って。そういうのが好きそうって思われてるの?私、そんな行動とった記憶ないんだけど。
たしか、生徒会の会長さんとか、副会長さんも『様』付けだったかしら。でも、書記くんや会計くん、庶務くんは『くん』付けね。ということは、年齢と······イメージ?
「······これは、喜ぶべき?」
ガチャリ、とさした鍵を回して部室のドアを開ける。
去年までなら、ここで彼女に会うことは、ほとんどなかった。彼女がここで作業することを、嫌っていたためだ。
だから、彼女に会うためには裏庭や、彼女が管理している温室へ向かう必要があった。彼女はよくそこで作業をしている。
······彼女が温室を管理していると知ったのは、いつだったか。私が部長になった(彼女に押し付けられたのだ)直後だったから、去年の今頃かしら?まあ、知ったところで、中に入ることは滅多になかったけれど。
それなのに、今ではこの部室ぐらいでしか、まともに会うことが出来ない。
温室では彼女は寝ていることも多いから、『会いたい』なんて理由で邪魔したくないし······。教室に行くのも、周囲が騒いで彼女の迷惑にしかならない。
結局、ここで彼女が来てくれることを、願うしかないのだ。
今日は来るだろうか、と中に入る。すると、珍しく私よりも先に彼女が来ている。気まぐれな彼女が来てくれたことに、自然と顔が綻ぶのが分かった。
「椿先輩、こんにちは~」
さっきの女の子とはまるで違う、落ち着いた声。普段よりもやや掠れたその声からは、微かながらも疲れが読み取れる。
彼女が仮面を取るまでは、感情を声で判断する必要があったから、(彼女限定だが)たまに声から気持ちを察することが出来るようになった。
「こんにちは、乙さん。早いわね」
「いやぁ、今日、厄介な子に追いかけられまして」
「厄介な子?」
そう尋ねながら、乙さんの隣に座る。
なんとなく頭を撫でれば、彼女は軽くこちらに凭れかかってきた。
「椿先輩のゆっくり撫でるやつ、好きです」
にっこりと無邪気な笑みで言われ、可愛さのあまり一瞬手の動きを止める。それを不思議に思ったのか、乙さんがこちらを見上げた。
「椿先輩?」
「······乙さん、誰かにこんな感じで、頭を撫でてもらうことはある?」
「ありますよ~」
「誰によく撫でられる?」
「そうですねぇ、空とか、チカとか、キャシーとか······」
指を折りつつ挙げられたのは、彼女から何度か聞いたことのある『大切な友人達』の名前。互いに溺愛し合っているようだから、こういったスキンシップも普通なのだろう。
······そこで終われば、問題はなかった。
「あと、藤崎先生とか」
最後に出てきたのは、生徒会顧問であり、彼女のクラスの担任でもある教師の名前。私も、過去に彼の授業を受けたことがある。
······教師が、生徒に手を出しちゃダメでしょ······。
はあ、と小さく溜め息を吐いて、また彼女を撫でる。彼女はひとと触れ合うのが好きなようで、頭を撫でたり手を繋いだりすると、基本的に喜ぶ。
ただ、一定以上親しい相手でなければ話は別らしく、会ったばかりの頃に私が彼女を部室から出そうと手を引いた時、彼女はサッと私から離れた。
藤崎先生がよく彼女の頭を撫でるという事は、『一定以上親しい』仲、という事なのだろう。
「······そうだわ、乙さん。ちょっと顔を上げて?」
「?」
乙さんが顔を上げると、深い緑の瞳が光を受けて鮮やかになる。
私は、必要な場所以外に触れないよう気をつけながら、彼女の前髪をかき分けた。
「怪我······治ってるわね」
先日、彼女の額には傷があった。彼女は『すぐ治るだろうから問題ない』と言っていたが、正直心配していたのだ。
······こうして彼女に触れるとよく分かるのだが、彼女の肌は真っ白だ。私も白いとファンクラブの子達は言うけれど、乙さんは段違いに白い。瞳の色のこともあるし、おそらく親のどちらかが外国の方なのだろう。
彼女とは色々と話すが、家族のことを聞いたのは二、三度。それも存在を仄めかす程度のもので、妹を物凄く嫌っている事ぐらいしか分からない。
私の家族のことは話したのに、彼女の方は話してないって、妙な感覚だわ。
「怪我して結構経ってますから」
「それもそうね。酷い傷じゃなくて良かった」
「仮面でガードしてなかったら、脳までグサッといってた可能性もあったんですよねー」
「え······。どんだけ怪力······?······その子が、さっきの『厄介な子』?」
「はい。『厄介』って言ったのは、別の理由からですけどね。······あの子、執念深く追い回してくるんです。今日はもう普通に走るのが面倒で、二階の窓から裏庭行って振り切りました」
「なんでそんな危険な事するの!?」
「そんぐらい厄介ってことですよ。二階からなら問題なく裏庭に降りられるのは、経験上知ってましたから、言うほど危険じゃないですし」
「······それで疲れてるの?」
「おや、バレました?」
「隠す気なかったでしょ」
「椿先輩に隠しても、意味はありませんから」
くすくすと悪戯っぽく笑う彼女に、ふと、問いただすべき事があったのを思い出す。
今日は担任に捕まったせいで時間がないから、急いで話さなくちゃね。
「乙さん、あのね?聞きたい事があるの」
「わぁ、嫌な予感しかしないです~」
「予感的中よ。······担任に教えてもらったんだけど、私のファンクラブの子が、また乙さんを呼び出したらしいわね。大丈夫だったとは聞いてるけど······。本当に、何もされなかった?」
「何もされてません。強いて言うなら、喧嘩を売られたぐらいです。勿論、買いましたよ」
「そこは誰かに泣きつきなさい。下手に仕返しされたらどうするの」
担任に、彼女に注意するよう言われたから一応は注意するものの、私だって分かっている。
彼女が誰かを頼るはずがない事は。
「椿先輩は、私があの程度の女二人に負けると本気で思ってるんですか?」
「······思ってるワケないでしょ」
乙さんを責めるのを諦めたのが分かったのか、彼女は顔を輝かせる。
自分の方が圧倒的に強いのに誰かを利用するだなんて、そっちの方が怖い。何が起こるか分からないもの。もし彼女に嗜虐趣味があったら、彼女に仕掛けた子は皆エグい事になりそう。
そういう趣味を持たないことを祈るしかないわ。
「ね、椿先輩、怖いお話はそれで終わりですか?」
期待に満ちた目でこちらを見る彼女に、ついつい問い詰めるのをやめてしまった。
······これだから、私は彼女を責められないのよねぇ。
「仕方ないわね。勘弁してあげるわ」
「やった~!お説教タイムは終わりだ~!」
「時間も時間だしね。さあ、お仕事の時間ですよ、生徒会庶務」
生徒会室に行く時間は決まってないだろうが、そろそろ誰かが来てもおかしくない。
とりあえず立ち上がって乙さんの手を取ろうとすれば、彼女はすでに椅子から立って鞄を持っていた。
······速い。
「送りましょうか?」
「園芸部の子に見つかったら面倒なので、一人で行きます」
「あら残念。それじゃ、頑張ってね」
「椿先輩も、女の子達に負けないでください」
「ん~、なら、もっと応援して?」
冗談交じりに頼めば、乙さんは少し首を傾げた後、私に少し屈むように言う。
何をしたいのだろうか、と疑問に思いつつも言われたとおりに屈むと、彼女は滑らかな動作で私の耳元に顔を持ってきた。
「──────無茶はダメですよ」
低く、色っぽさが強調された声で囁かれる。
普段の声でさえ聞き惚れてしまうのに、不意打ちでこんな声、しかも耳元で囁かれては堪ったものではない。『耳を犯される』とはまさにこの事だ。
私は思わずよろめいて、近くのテーブルに手をつく。
耳が異様に熱い。彼女の声には、耐性がついたと思っていたのに。
「······入り口までは送るわ」
「ふふ、ありがとうございます」
先に扉を開けて周りを見て、誰もいないことを確認する。
彼女の姿が見えなくなってから、ゆっくりとドアを閉めた。
「部長!」
「······何かしら?」
観葉植物の葉に触っていると、髪の毛の先がくるりと内側に丸まった女の子が、話しかけてくる。
園芸部の子が、私を『椿様』以外で呼ぶとは。
どうでもいいことに感心しながら返すと、その女の子は「この花可愛いですね」とか「なんて名前なんですか」とか聞いてきた。
今日は乙さんに会えて機嫌が良かったから、適当にあしらうことなくちゃんと答える。······が、次第に気付いた。
この子、花に興味があるんじゃないわ。
······私ばかり、見ているもの。
乙さんの感情を様々なところから読み取ろうと、必死だったためだろう。私の観察眼はいくらか鍛えられたようだ。
「······ごめんなさい、私、他の植物の様子も見なくっちゃ」
「えっ?」
「花の名前は、奥の棚にある図鑑で調べられるわ」
それだけ言って、私は女の子から離れる。
次に乙さんに会えるのは三日も先なのね、と、スケジュール表を見て小さく溜め息を吐いた。
報告遅れてすみません!
8/17 「紹介」に白鳥姉妹(乙ちゃんを閉じ込めようとした子達)を追加、乙ちゃん、空、『君想』についての情報を追加・修正しました。




