逃がしてくれよ
ポケットの中の携帯が、何かを受信したことを知らせる。
取り出してみれば、昨日連絡先を交換したばかりの、桐生会長からのメールだった。
「······何でこんな朝っぱらから······」
今日は芽も出ていない植物達の状態を見た後、眠くなったから資料室にセットしてある簡易ベッドで寝ていた。
一時間半後に目覚ましがなるまでは、お昼寝?出来る~と思っていたら、三十分しか経たずに携帯がなった、というわけだ。
当然、私は不機嫌だ。
ただでさえ寝起きは機嫌が悪いというのに、半ば強制的に起こされたんだからな。
「······めんどくせぇな」
とはいえ、起きたのだからメールを確認しておいた方が良いだろう。重要なメールだったら、取り返しがつかなくなる可能性もあるし。
ってか、そうじゃなかったら無視する。今はまだ七時だ。遅い人だと、まだ家で寝ている時間。
『かくまってくれ』
短い文。急いで打ったのか、打ちづらい状態で打ったのか、はたまた両方か。
宛先を見ると、私にだけ送られている。彼が一斉送信を知らないとは考えづらいから、他の生徒会メンバーでは危険だと判断した、というのが近いだろう。
ということは、女か。
「テメェのことは、テメェでやれや······」
かすれた声で呟くが、仕方ない。
もしも会長が私にとってどうでもいい人なら、ここで携帯を閉じていた。
だが、そうはいかないのだ。
『おんしつ』
漢字に変換するのも面倒で、平仮名のまま会長に送る。
たしか鍵は開けているはずだ。後は、会長がメールの意図を読み取れるか、だが······。
······うん、会長なら読み取れると信じてる。
私は薄く笑って、そのまますぐに眠りに入った。
ふと、目が覚める。
顔を上げると、会長がこちらを見下ろしていた。
「乙、悪い。起きてくれ」
なんで会長がここにいるんだ。私はこいつに許可を出したか?
······首を傾げ、記憶を探る。······ああ、寝る前に許可出したな。
「私を起こす必要あるんですか」
眠りの態勢に入りかけながら、彼に問いかける。
ここで女から逃げるんなら、黙って部屋にいればいい。わざわざ私を起こす必要はないのだ。
「あっ、いや、すまない、その······」
「······要件は······?」
ただでさえ眠たくて不機嫌だというのに、なかなか答えない会長にイラつきが増す。
答えに困るような質問じゃないだろう。何をそんなに躊躇うんだ。
私の聞き方が悪かったのか?
「······桐生会長、どうしたんですか」
ぼんやりする頭で、なんとか丁寧な言い方を考えて、彼に問い直す。それでも会長が「あー」だの「えー」だの繰り返すもんだから、次第に頭も覚醒してきた。
······会長、早く答えてくれないかなー。今何時だろ。時計は······っと、七時十分か。お、あれから十分しか経ってないんだ。なら、会長とゆっくり話しても、三十分は時間が余るな。
もう寝る気分じゃないし、特にやるべき事もない。ゲームやろうかな。何のカセット持ってきてたっけ?
「······温室に来たら、お前が見当たらなくて······。それで、ここに入ってみたんだが、お前、寝てたから······」
「そこは寝かしときましょうよ。後輩がすやすや気持ちよさそうに眠ってるんですよ?起こすとか鬼の所業でしょうが」
「お前な······。せめて、『き、桐生会長に、寝顔見られちゃったっ······!恥ずかしいっ///』ぐらい言ったらどうだ」
「私がそんな反応するわけないでしょう。私は桐生会長のファンクラブの人みたいに、常に可愛らしい反応なんてしませんがな」
「おう、知ってた。······そうだ、乙。······あのな」
······会長の最後の一言で、一気に空気が重くなった。
最近、こういうパターンが多い気がする。明るい話から、急に重くなるパターン。主に夏草兄弟とか夏草兄弟とか夏草兄弟とか。
まさか会長もなのか?もう、自分の話聞いてほしいんなら、ファンクラブの人に話せよ。私は重い話なんて嫌いなんだ。ああ、ファンクラブが嫌なら、花咲さんはどうだ?
優しく(笑)聞いてくれるよ。
「お前、家族構成は?」
「······それ聞くために、無駄に空気重くしたんですか」
「俺にとっては、『家族』ってのは、話しづれぇ話題なんだよ。······あと、葵にとってもな」
「······本音、言っても良いですか?」
「構わない」
「じゃ、遠慮なく。······絶対聞きたくなかったカミングアウト、キタァァァァァァァァッ!全くもって嬉しくない!嬉しくないよぉぉぉぉぉ!」
うっわ来ちゃったよ、来ちゃいましたよ!
可能性としては分かっていたさ!同じ生徒会に入った者に、こういう辛ぁい話をする可能性は!
実際、日向は(花咲さんに言われたのもあったけど)私に『僕のこの気持ちは本当の愛云々』とか言ってきたし、葵だって、『ファンクラブのやつらは俺らを見分けられない云々』と言っていた。
そこはまあ話の内容上、生徒会に入った者全員に話すのだろう、で説明がつく。
だがこれは!この話は!
「ウルトラヘビーな話題じゃん······」
会って数日の女に言うような話じゃねぇよ······。まさかこんなタイミングで聞くなんて思わなかったから、細かい内容を友人達に教えてもらってない。
さあ、どう答えるのが適切だ?
「······桐生会長、そういう重い話は、親しくもない女に話さない方がいいと思うんです。女はお喋りですから」
「隠してるわけじゃない。ただ、以前ファンクラブに、知られたことがあってな。今は口止めしてるんだが······。一時期、ファンクラブのやつらが俺を見かけるたびに、その話をしてきやがった。それであまり話さないようにしてるだけだ」
「······どうして私に話したんですか。あれ、厳密に言えばまで話してないから、『どうしてそれを匂わせるようなことを言ったんですか』が近いのかな?」
「どっちでもいい。······俺だって、お前に家族構成なんて、聞く気はなかった」
「じゃあ答えないで良いですかね」
「先輩の問いには答えろ」
「くっ······!」
そんな言い方をされては、断りづらいじゃないか。
······面倒だなぁ。
「血の繋がってる親は、昔事故で他界しました。その後、従妹の家に引き取られましたが······なんやかんやで一人暮らししてます。籍入れ直したわけじゃないから、家族構成は私だけになると思います。細かいことは知らないので、よく分からないんですけど」
「お前、兄弟とかはいないのか」
「はい。しいて言うなら、従妹······一つ年下の女の子なんですが、彼女は義妹だったと言えますね。さ、私は答えましたよ。今度は桐生会長の番です」
「え?」
「桐生会長の家族構成と、私に家族構成を尋ねた理由、教えてください」
特に興味はないが、なんとなく彼に質問する。
本来私ごときが尋ねて良い事ではないのだろうが、このまま何も問わずに終わるというのは、少々味気ない。
「······父、兄、俺の三人だ。母は、去年病死した。俺がお前に聞いた理由は······」
それだけ言うと、会長は黙り込む。
これはなんだ。『言わせないでください』的なあれか。まぁ、別に全力で聞きだしたいわけでもないし、会長が言わなくたって構わないのだが。
「私が家族の誰かに似てたから、とか?」
「!」
変に『すみません私が聞いて良い事じゃなかったですね』みたいに言うと、やや気まずくなりそうだからな。茶化すように言ってみたのだが。
私の勘が告げている。
『オイ正解引いちゃったぞ』と。
『しかもコレ正解引いたら面倒な事になるやつだぞ』と!
「よく分かったな」
「······ここでアンラッキースキル発揮してんじゃねぇよ······。······当てちまったもんは仕方ない。······桐生会長、すべて忘れてください!ええ、私はあくまで自分の家族構成を言っただけです!桐生会長の家族構成?ハハッ、知りませんとも!それでは、教室に行きますまた放課後に!」
無表情のまま棒読みで言って、教室へ逃げようと鞄に手をかける。
いやぁ、我ながら、緊急時はよく回る頭だ。
逃げようとしつつも、ちゃんと現実を見て考えていたのだからな。
「待て!お前に言いたくなくて、黙ってたんじゃないんだ!どう言うべきか、迷っていたんだ!」
「あーその情報いらなかった。ホンッッッッットいらなかった!······逃がしてくださいよ······」
逃避行は叶わず、サッと会長に鞄を奪われる。逃げられないだろうと予測していた私は、もう腹をくくるべきだと悟った。
ここは重い話だからと逃げるのを諦め、いや、開き直ってガッツリ話そうじゃないか。
「会長、私、覚悟を決めました」
「乙、呼び方が変わってるぞ」
「あんだけギャーギャー騒いで、今更『桐生会長』だなんて優等生の真似事するのは面倒なんです。元々あんな呼び方私の性分に合わない。会長呼びは今だけですがね。放課後にはちゃんと呼びます」
「そ、そうか······」
「会長もとっとと覚悟を決めてください。年下の私が言うことじゃありませんが、ここまで来たら存分に話しましょう。主に家族関連の話を。ただし、この会話は他言無用で。私も本性さらけ出していきます」
「······そうだな。お前の育った環境というのは気になる。どんな環境だったら、お前みたいに何でも出来るようになるのか、聞いてみたい。······先に知りたいんだが、本性さらけ出すってのは、今より良くなるのか?それとも······」
「悪化しますよ」
「だよな」
「会長が見たこともないようなクズっぷり、ご覧くださいませ~」
「逆に楽しみだな、それ」
「今披露しなくても、いずれバレたでしょうけどね」
ってか会長、私が何でも出来るとか言ってたな。私、そこまでハイスペックじゃないんだが······。誤解をとくのは面倒だし、ほっとこう。
あまりにも予想外の展開だが、改めて考えれば面白いじゃないか。
そうポジティブにとらえ、私は(無理矢理)口角を上げた。
······見切り発車ゆえに想像は出来ていたけれど······。
いやぁ、実にグダってますね(泣




