舞台の外
「綾!」
「空、ちゃんと手ぇ洗ってきた?」
「聞こえてただろ」
「勿論だよ。空が乗ってきたのって、バイクだよね」
「ああ、250ccのを買った。一昨日免許取れたから、昨日店に行ったんだ」
「4月2日生まれは、羨ましいねぇ」
「そういう意味では、このキャラ選んで良かったよ。誕生日知った瞬間、どれほど喜んだか」
「どんだけバイク好きなんだよ」
「心の底から。前世じゃ免許取ろうとしてた時に、ぶっ飛ばされたからな」
「とりあえず、おめでとーさん」
「綾は来年になりそうだな」
「そもそも取るかどうかも分からないさ。今は歩きと自転車ぐらいしか移動手段がないから、バイクの免許取るのも良いかもね」
慣れた様子で私の正面に座る彼女は、高野 空。私の幼いころからの友人で、三人の大切な親友達のうちの一人だ。
今の私と同じように一つに纏められた、赤みを帯びた茶色の髪は、おろすと大体背中ぐらいまである。その髪も鮮やかで綺麗だが、彼女の外見で私が最も好きなのは、彼女の瞳だ。
外側は橙色、内側は明るい緑の、『ヘーゼル』と呼ばれる瞳。
本来、彼女と友人になるつもりはなかったが、私が彼女の背後を通った時に、彼女が振り返って。その特徴的な瞳を見たときに、私は彼女が欲しくなったのだ。
それで話しかけると、最初こそ怪しまれたが、当時つけていた仮面を外して顔をさらした途端、彼女も私の友人になることを望んでくれたのだ。
以来、私達は頻繁に会っている。······ちなみに他の二人の友人も含め、私達は皆同い学年だ。
「綾、時計直してほしいんだろ」
「うん、机の上にあるやつ。時間があってる時計、いる?」
「一応」
「はいよ」
ベッドの上に置いていた時計を、空に手渡す。
私達の会話で察しているかもしれないが、彼女もまた転生者だ。もっと言えば、他の二人の友人も。
皆、それぞれ違うゲームのキャラに転生している。
当然ながら、これは偶然ではない。
私が昔、自分と違うゲームに転生している可能性がある人を、探し回ったのだ。該当者は彼女達以外にもけっこういたが、見た瞬間、本能的に仲良くなれそう······なんというか······ビビッときた人に絞った結果、こうなった(空はビビッときたわけではないが、瞳の色に惚れた)。
皆出会った『神に近い存在』は、バラバラだ。テディのように、ほとんど情報をくれなかった人?はおらず、全員何らかの情報をくれている。
皆は私と違って、転生するまで余裕があったらしい。その間に色々話してもらったそうだ。
「なぁ、この前あたしらで捕まえたやつ、いただろ?」
「······ん?仕事のこと?誰?今までに捕まえたやつが多すぎて、分かんないわ」
「一番最近のやつ。あー、あれだ、『ライ』って名乗ってたやつ。本名『木村 伊織』」
「ああそいつか。そいつがどうしたの。未成年に手ぇ出したあと口封じしてたんだし、わりと重かったんじゃない?」
「そこまで裁判早くねぇよ。やっと書類提出されたとこらしい。ま、殺った人数が人数だし、極刑は免れねぇだろ」
「そっか。······ね、空」
「何だ?」
「あのね、いつか、うちんとこの情報役に、会ってほしいんだ」
「······例の、お前が学校で親しくしてる子か」
「うん。空達に関して、今度あの子には詳しく話すつもりだけど······。出来るなら、実際に会ってもらいたいな、と思いまして」
「なら、お前んとこが体育祭の時、三人そろってそっち行くからさ、その時に紹介してくれよ。軽く話すから」
「分かった。······あんま聞きたくないけどさ、空のところのヒロインちゃん、どんな様子?」
「だったら聞くなよ······。······ま、順調に馬鹿なことやってるよ。ゲームキャラ以外のイケメンに色目使ってドン引きされては、『〇〇くんをオトした~』って他の女の子たちに自慢しまくってる」
「······うちんとこのヒロインちゃんもそうだけど、ヒロインに転生してる子って、『世界は私のために回ってる!』って考えの持ち主ばっかなんじゃない?今までの傾向見る限り」
「かもな」
その後も簡単に近況報告をして、空は帰っていった。
······対話室、用意しなくちゃ。いつなら用意できそうかな······。
「······もう用意できたの······?」
「元々仕事量は多くないしね。前倒しでやっといたんだ」
「······それって、綾ちゃんが速いのかな、それとも攻略対象達が遅いのかな」
「どっちだろうね。前者であることを願うよ」
ひきつった笑みを浮かべる千尋を、向かいの席へ誘導する。今回の対話室の使用は、生徒会の人達にも言ってある。『邪魔したら怒りますから』と、注意もした。
仕事はやってるのだから、邪魔される筋合いはない。
「んじゃ本題に入りましょうか。以前も言った通り、ここは『君想』専用の世界じゃないのよ。『君想』以外に、確認できてるの六つ。日本全部をさらったわけじゃないから、もっとあってもおかしくない。私達が調べたのは、東京弁を使う地域だからね。東京弁以外を使う地域を舞台とした乙ゲーも存在するだろう」
「そんなにあるの!?」
「うん。なのにうまいこと情報操作?がされてる。ほら、他の乙ゲー攻略対象者の噂を聞くことはないでしょ?」
「確かに」
「裏を返せば、乙ゲーに直接関わるようなことでなければ、普通に噂で流れてくるけどね」
「······綾ちゃん、さっき『私達』って言ったよね。······誰と一緒に調べたの?」
「三人の親友達と」
「その人達は、転生者?」
「そうだよ。私が幼いころに、仲良くなれそうな転生者を探したんだ。それで見つけた友人達。当然ながら、その時は転生者かどうか調べてなかったから、自分の勘に頼った」
「えっ······。もし違ったら、どうするつもりだったの······!?」
「もし転生者じゃなかったら?あはは、そうだったとしても、こちら側に引き込むだけさ」
ぶっちゃけ、自分の勘が外れた時のことは、考えてなかったけどね。
······彼女達をこちら側に誘った時、皆、わりとすぐに頷いてくれたけど······。今思えば、断られる可能性もあったんだよなぁ。
ま、断られないかどうかも判断したうえでビビッときたのだろう。きっとそうだ。
「千尋、乙ゲーはよくやる?」
「乙ゲーに限らず、恋愛ゲームだったらよくやってたよ!転生してからは、特にギャルゲーやってる」
「ん~、なら私の友人達のゲームも知ってるかもね」
「皆一緒のゲーム?」
「ううん、三人ともバラバラ。略称を知ってるか分からないから正式名称で言うと、『君に誓う~永遠の誓い~』、『惑う星々』、『ドキドキ!パラダイス!』の三つ」
「······最後のタイトル、飛び抜けて異色だね」
「『君想』を含めた四つのゲームの中で、唯一制作会社が違うゲームだからね。千尋、全部知ってた?」
「最後のだけ知らない」
「じゃあ、後の二つは知ってるんだ」
「『君誓』と『惑星』は、それなりにやりこんだから」
「なら、役職を言えば、誰か分かるかもね。『君誓』の子は情報役、『惑星』の子は『水星ルート』の悪役だよ」
「あ、私と同じ役の子もいるんだ······」
「情報役で何か悩み事があるなら、『君誓』の子に相談してみて。六月の体育祭に、三人とも来てくれるらしいから」
「······あれ?体育祭って平日だったよね······?」
「さぁ?来ると決めたのは彼女達だからね~」
「ええっ!?学校サボっちゃダメでしょ······」
「うん、ダメだよ~。でも、学校をサボるのは、学生の特権だよ。社会人になったら、学校じゃなくて会社になるだけだけどね」
「綾ちゃん、サボりはダメです」
「あはは~」
私も勝手な事情で学校をサボることはよくあるから、あまり強くは言えない。
彼女達がサボる理由が『私に会うため』だから、なおさらね。
「······綾ちゃんにとって、その人達は、どれぐらい大切なの?」
どれぐらい、ね。う~ん、なんと説明すればいいのかな。
この世で一番、と言えるけど、しっくりこないし······。そもそも一番二番とはかれるような感情じゃない気もするんだよなぁ。
何よりも大切?命よりも優先順位が高い?全力で守りたい?
どれも軽い気がしてしまう。
今までもこういう問いは何度かあったけど、毎回違う回答をしてたからねぇ。
どう表現すればいいのやら。
「ん~、無条件に好意を向け続けようと思うくらい?」
最後を疑問形にして、誤魔化す。
私が無条件に好意を向ける、というのは、今のところ彼女達だけだ。
この答えは『どれぐらい大切か』という問いに対する、ちゃんとした答えにはなっていないのだが······そこは察してもらおう。
「それって、凄いことなの······?」
おや、察してもらえなかったか。まぁ私と長いこと付き合ってないと、少々分かりづらいかな。
「千尋、裏庭で君と友達になった時、君に言ったことを覚えているかな」
「······あ」
「『千尋が私に好意的である限り、私は絶対に嫌いにならない』······みたいなことを言ったと思うんだ」
「······」
「つまりは、そういうことだよ」
これで、なんとなく分かっただろう。彼女達が、ただの『友達』ではないことを。
私にとって、大切な友人であることを。
「じゃ、ゲームや彼女達に関しては、この辺にしておこう。次は神様についてだね。おそらく、私や千尋のように『君想』のキャラに転生した人は、テディが対応した。······そういえば、容姿についてはどうなのかな。千尋、君が見たテディは、どんな姿だった?」
「えっと······かっこいい男の人で、天パの金髪。目は切れ長で、紫の瞳。······それ以上は、覚えてないや。いたずらっ子みたいな感じ?」
「服とかは?」
「十六年前のことだから、忘れちゃった」
「それもそうだね。まぁ、瞳の色とか聞く限り、容姿も大差はなかったのだろう」
「他のゲームの神様は、違う人だったの?」
「うん、皆、昔のことだから名前や雰囲気しか覚えてなかったけどね。『君誓』は、ジャンと名乗る黒人男性のような見た目の人?で、本名は忘れたんだと。『惑星』はアリスィアと名乗る猫耳カチューシャを付けた人。女性のようだったけど、胸はなかったらしい。愛称は、シア」
「胸はなかった?」
「シアいわく、『特定の性別にする必要はないもの』だと。そして『ドキドキ!パラダイス!』はフィルという女性。かなりだらしない印象を受けたらしいね」
「······そんなに、神様がいるんだ」
「うん、それだけに皆色々な情報をもらったらしい。ゲームに関係ないことだったようだけど」
「たとえば?」
「先程言ったような、『特定の性別にする必要はない』とか、そういうの」
「へぇ」
「じゃ、話すことは全部話したし、あとは体育祭の時のお楽しみ~ってね」
そう言うことで、無理矢理、話を終わらせる。
話すのが面倒になった。うん、つまりは飽きたのだ。
「それよりさ、ガールズトークってのをしましょうよ」
『高等部一年A組、乙 綾さん。高等部一年A組、乙 綾さん』
千尋との楽しい会話をぶった切る、キンキンした女の子の声。それは、私を空き教室に呼び出すものだった。
······放課後だからって、生徒が自由に放送していいわけじゃないんだよ?
「はぁ······。私と千尋のガールズトークは、邪魔される運命にあるんだね······」
「今の声、綾ちゃん、知ってる?」
「全く知らないよ。······ま、面白そうだし、行ってくる」
千尋とは対話室を出たところで別れ、放送で指定された教室に向かう。道中、音に集中してみようかとも思ったが、放課後になって随分経つ今、周りは静かだ。
──────聞く予定じゃなかったものも、勝手に私の耳が拾ってくれる。
「······来たね······」
「······引っかかるとか、馬鹿じゃん······」
「······何であんな馬鹿が、生徒会に······」
「······顔でしょ、やっぱり······」
ああ、面白いことを話している。
距離があるためか、少し会話が聞き取りづらい。
だが、あれらとの間にかなり距離があるのは、こちらにも好都合だった。
「ふ、くくくっ······」
漏れる笑い声。反射的にこらえてしまうが、私としては、別に聞こえたって構わない。
私から離れたところで喋っているのは······二人。片方は、さっき放送で聞いた声にやや似ている。マイク越しでは違った声に聞こえるし、本人かどうかは分からないがな。
······ただ一つ。
「聞いたことがあるんだよなぁ」
キンキンした声と、The・ぶりっ子というような甘ったるい声。
聞いたことがあるどころか、聞き慣れた声······?
「······椿様も、最近元気がないし」
キンキンレディのその言葉で、二人が誰かを思い出す。
たしか、園芸部の······。
「中三の白鳥さん姉妹」
仮にも先輩である私に対して、初対面から『キモい』と言ってきた姉妹。姉は五月生まれ、妹が三月生まれで、ギリギリ同学年ってのが珍しくて印象的だったんだよね。しかも声が全く似てないし。
あいつらは、椿先輩だけじゃなくて、生徒会のファンクラブにも入ってたのかな?
「······そうだ」
良いこと思いついた。
「ドッキリィだぁいさぁくせぇ~ん」
小さく呟き、口角を上げる。
私は空き部屋へ向かいつつ、二人の位置を確認した。
······あ、千尋にテディ達に選ばれた理由を話すの、すっかり忘れてた。
「紹介」に、空を追加しました~(厳密にいえば、これからする)。




