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笑みの種類。~桐生 尊視点~

「邪魔だっつってんだろうが!」


 走りながら背後を見て、女共に怒鳴る。それでもあいつらは甲高い声を発しながら追ってくる。

 今までは、こんなことはなかったのに。

 毎年この時期は新しい一年生が追ってくるが、今回はどうやら二年生や三年生も交じっているようだ。

 おそらくあいつらは俺のファンクラブに所属している奴らだろう。ファンクラブ会員のリストは入手できないため、正確なことは分からないが。

 ······ああ、でも乙は聖のファンクラブ会員のリストを持っていたな。あれはどういうことだろうか。

 まさか、乙は聖のファンクラブに入っているのか?······いや、ただの会員にリストは入手出来ないはず。以前はまとめ役(いわゆるファンクラブ会長。だが生徒会長()と区別するためにそう名乗っているらしい)さえも全員を把握していなかったほど。

 同好会として部屋を手に入れ、正式なものとなってからはリストを作り始めたらしいが、会員には配っていないと聞く。

 ならば、乙は聖のファンクラブには入っていないのだろう。

 そう思うと、少しだけ安心した。乙が生徒会(俺達)の中でも聖だけを特別扱いしているのは、なんとなく嫌だった。


「桐生様~!」


 迫る声から逃れるため、走る速度を上げていく。

 すると、すぐに生徒会室が見えてきた。女共はかなり離したが、安心は出来ない、と急いで扉を開ける。

 中には、知らないやつがいた。

 窓際に立つそいつは、長い黒髪を一つに束ねている。その髪は、緩やかに波打っていた。

 なぜここにいるのか、と問う前にそいつは振り返る。

 そいつの顔を見て、俺は固まった。最初に認識したのは、瞳。

 深めの緑に染まるその瞳が俺を映した瞬間、囚われたように動けなくなった。

 強い、としか言いようがない。

 優しさや可愛らしさを一切持たないその瞳にあるのは、一種の狂気。目を背けるような汚い類のものではなく、あまりにも真っ直ぐに向けられるそれに、思わず目を奪われてしまうような類のもの。

 だが、瞳が俺に向けられて数秒。その強さは消える。

 そこで初めて、俺は女の瞳以外も認識した。

 個々のパーツやそのバランスは、今まで想像したことがないほどに美しい。

 しかし女のゾッとするような美しさから、冷たい印象は受けなかった。女の表情のせいだろうか。

 ······というか、それよりも。

 こいつ額から血が流れているが、大丈夫なのか?

 そう考えを巡らせたとき、女が近づいてきて口を開いた。


「桐生会長、とにかく中へ」


 落ち着いた、どこか人間味のない独特の声で呼ばれ、手を引かれる。

 その声には、聞き覚えがあった。


「お前······乙か?」

「正解です。さ、早く早く」


 乙は俺を部屋に入れると、扉を閉め、電気を消す。そのまま扉を背にして座ったため、俺もその隣に座った。


「乙?」

「静かに」


 電気を消すと暗くはなるが、カーテン越しに漏れ出る光のおかげで普通にものが見える。

 左に座る乙を見ると、扉の外に目を向けてじっとしている。

 今説明する気はないようだ。

 何もすることがなくて、室内を眺める。

 すると、いくつか物が落ちているのに気付いた。

 壁付近に黒い······ピンか?それから、何か白いもの。大きな塊が2つと、細かいものがパラパラと落ちている。

 ピンは、おそらく乙のもの。ローブを着ていた時にあれで髪を留めていたのだろう。

 あの白いものは何だろうか。ここにあんなものは置いていなかったはず。あれも乙が持ってきたのか?


「······過ぎましたかね······」

「何が?」

「桐生会長を追いかけてた人達ですよ。生徒会役員が逃げるところなんて、この辺じゃ生徒会室しかないってのに。くくっ、呆れるほど簡単にやり過ごせましたねぇ」

「······そうだな、うん。じゃ、保健室行くぞ」

「え?どうしてですか?」

「どうしてって、お前、額から血が出てるだろうが」

「あ、忘れてた。行ってきます」

「いや待て俺も行くから」

「桐生会長も怪我したんですか?」


 先程のあくどい顔とは打って変わって、心配そうに小さく首を傾げる乙に頭が痛くなる。今の乙は顔が見える分、表情が分かりやすい。······ああいやそういう問題ではなくて。

 流れている血の量からして、絶対かすり傷ではない。もしファンクラブの奴らにやられたんなら、今一人で外に出すのはまずい。

 そこまで分かってて一人で保健室に行かせるとか、ただの悪魔だ。


「お前の付き添いだ」

「?大丈夫ですよ?」

「良いから行くぞ」

「······はあ。······行きましょうか」


 先のため息が気になるも、とりあえず部屋を出る。

 二人で歩いていると、廊下にいる生徒がこちらを見ているのが分かる。

 俺が一人でいるときは何人かの女がこちらを見る程度だが、今が男もこちらに目を向けている。

 そりゃそうだ。

 今俺の隣には、異様に顔の整ったやつがいるのだから。早ければ明日には噂になっているだろう。

 当の本人は自分のハンカチで額を抑えながら、前を向いている。視線に気付いていないのか?

 こいつには聞きたいことがあったが······この状態では聞けそうにないな。

 仕方ない。


「別の道で行く。······黙ってついてきてくれ」


 乙にだけ聞こえるように、小さい声で言う。

 こいつの耳が良いことは知っているからな。······まあ、『良い』の枠を超えている気もするが······。それは考えないようにしておこう。

 案の定乙は聞き取れたらしく、少し首を傾げると黙って俺の後をついてくる。

 乙は今ならば容姿も目立つが、声だけでも周囲の目を引きやすい。

 今声を出されては面倒だ。

 人の少ないルートを、と思って裏庭へ向かう。運の良いことに、裏庭に人はいなかった。

 ここなら誰かに聞かれることもないだろう。


「乙、悪い。もう話していいぞ」

「急にあんなこと言われてビックリしましたよー」

「すまない」

「いえいえー。あそこで私が変なこと口走っちゃまずいでしょうし」

「そういうことだ。······ま、それよりも、だ。乙、前に椿のことを『椿先輩』って呼んでただろ」

「呼びましたねぇ」

「何でだ?」

「······?どういう意味ですか?」

「ほら、お前はよく『柳瀬書記』みたいに苗字+役職で呼ぶだろ?それなら、椿は『椿委員長』あたりになるんじゃないかと思ってな」

「ああ、いや別に深い意味はありませんよ。彼と私が初めて会った時、彼はただの『先輩』でして。その翌年彼が風紀委員長になるとほぼ同時に園芸部部長になったので、『委員長と部長、どっちで呼んだ方が良いですか』って聞いたら『今までどおりが良い』って言われただけです」

「······そうか」


 保健室について、話を終える。

 グロシーンは見せたくないから、と乙は一人で保健室へ入っていった。

 ······悲痛な声が聞こえてくる。そんなに酷い傷だったのだろうか。

 何分かすると、額に絆創膏を貼って出てきた。


「······大丈夫、か?」

「······ははっ」

「おい大丈夫か!?」

「大丈夫、大丈夫です。傷は深いけどすぐに治ります」

「それにしては悲鳴が何度も聞こえたが······」

「あー······。傷に、破片が入ってたんです。それを取り出されんのが、痛くて痛くて······。なんかその破片が原因で血とか止まらなかったみたいです」

「破片って、何の?」

「えっとですね、私普段仮面つけてるんですけど、今日仮面を割られまして。だから多分仮面の破片ですね」

「······割られた?」


 『割れた』や『割った』ではなく、『割られた』。つまり誰かにされた、というわけで。

 額に傷があるということは、仮面をつけている時に割られた、ということ。


「誰にされたんだ!?」


 まさか、ファンクラブの奴がここまでするとは思わなかった。

 なんとか対処しなければ。


「おい、そいつの顔は覚えているか?」

「知り合いですしねぇ」

「本当か?誰だ?」

「ん~······。内緒です」

「はあ?」


 悪戯っぽく笑う乙に、目を見開く。

 なぜ、笑えるんだ。

 ······傷付けられたのに。


「そっちの方が面白そうですから」

「面白そう?」

「はい!ふふ、アレには私の愛しい仮面を割った分、楽しませてもらわなければ」


 乙は目を細め、先程とは違う笑みを浮かべる。

 その笑みは、俺が最も嫌いな女の、最も嫌いな笑みにどこか似ていた。

 ······違う。こいつは、あの女とは違う。あの笑みとは、違う。


「桐生会長、どうしました?」


 乙の声に、俺は思い出しかけていた映像をかき消す。

 あれは、もう思い出す必要もないものだ。

 今の俺には、もはや関係のないものだ。

 それより、乙の質問の意図は何だろうか。俺は何か心配させるようなことをしただろうか。


「どうして、そんなことを聞くんだ?」

「怖い顔してましたから」

「俺が?」

「もしくは病んでる顔?」

「おい待てどういう意味だ」

「あはは~」


 言いたいだけ言って再び歩き始めた乙に、慌ててついていく。

 顔に出ていたとは、思わなかった。『病んでる』の意味はよく分からないが、とにかく酷い顔をしていたのだろう。

 ······嫌なものを思い出してしまった。




 生徒会室へ戻ると、既に全員が揃っていた。

 当然、皆俺の隣を見て固まる。

 乙はニコニコとしたまま、何も言わない。皆の反応を楽しんでいるのだろう。


「······尊くん、その方は?」


 おそるおそる、といった風に藤崎が聞いてくる。

 俺達よりも前から乙を知っている藤崎も、乙の素顔は知らなかったようだ。

 じゃあ全員当てられないな。

 ······そう思った時、意外なところから声があがった。


「······乙、さん?」


 最後は疑問形だったものの、見事に乙だと言い当てる。


「おや、予想外。正解です、柳瀬書記」

「······こんにちは」

「こんにちは~」


 乙は一瞬目を見開くも、すぐに笑って諒と挨拶を交わす。

 藤崎達は固まったまま動かない。そりゃこんな現実を簡単に受け入れられるはずがない。

 だがな。


「事実なんだ、受け入れろ」

「······ええ」

「はい······」

「「うん······」」

「ふふ、じきに慣れますよ」

「ファンクラブ、どんな反応、かな······?」

「それ、楽しみですねぇ。あ、一応報告しておきますが、中間テスト直後に私テレビ放送に出る予定です」

「はあ!?」

「嘘でしょう!?」

「······え?」

「「マジで!?」」

「何もそんな時期に······」

「うぉい乙!お前本気で言ってるのか!?」

「勿論です。日程も大体決まってます。今日の休み時間総動員して話し合いました」

「テレビ放送って、お前、あいつらエグいことするんだぞ!?」

「知ってますよ、そんぐらい」


 まずい。このままでは乙がとてつもない恥をかかされることになる。放送部(あいつら)は『常識』というものをまるで知らない奴ばかりだ。プライバシーなんてあいつらは気にしない。

 ゲストにいかに恥をかかせるかしか頭にないのだ。


「心配しないでください。······ほら」


 そう言って乙は自分のカバンから、いくつか小さなファイルを取り出す。

 表紙にはそれぞれ人名らしき文字が書かれており、中には知っている名前もあった。


「これね、放送部の方々の情報です。過去のテレビ放送でゲストの情報収集、常識を粉砕した情報公開を行った人達の分。つっても全員ですがね」

「······どんな情報がそれに載っているんだ?」

「人によって違います。親との関係や、友人関係。昔の頃の、いわば黒歴史。ある人は今までの犯罪になりうる行動も調べてまとめています」

「······酷いな······」


 ······乙は想像以上に情報収集能力が高かった。どうやって調べたのだろう。

 ······絶対敵にまわしたくない。


「過去のテレビ放送を見る限り、あの人達ってテストの点数ばっか指摘してるんですよねぇ。私はどんな指摘を受けるのかな~」

「綾ちゃん、大丈夫なの······?」

「安心しなよ、夏草庶務。私の点数を馬鹿にすることは非常に難しいから」

「そんなに······って、あ」

「思い出した?」

「あー······毎年、トップに綾ちゃんの名前と、その感動的な点数が載ってた気がする······」

「ふふ、あの制度酷いよねぇ。トップ30は名前、トップ10に至っては教科ごとの点数まで公開だもんね!」

「······綾ちゃん、テレビ放送問題なさそうだね」

「まぁ最低限気を付けていればね。んじゃ話も一段落したところで、仕事を始めましょう。前回はなんだかんだ言ってパソコン使いませんでしたからね。今日こそは使いたいです」

「ええ、乙さんには主にパソコン(それ)を使ってもらいます。貴女に限っては、その方が良い。ノルマは机に積んである分です。頑張ってくださいね」


 机を見れば、藤崎の言ったように俺たちが処理しなければならない書類が高く積み上げられている。

 ······いや、乙だけは違う。乙の場所には、紙が一枚置かれているだけだ。


「乙、それには何が書いてあるんだ?」

「ん~、私がやることが書かれてます。······え、レベル低っ!部と同好会のメンバーまとめるだけで良いんですか?」

「はい。入部および入会は自由ですし、届けは各々で処理させているせいで学校側が把握できていないんです」

「それで私っすか······。ややこしいこと嫌いなんで、私なりにまとめますよ」

「構いません。貴女が作るリストは、マークの意味さえ分かれば便利ですから」

「なら遠慮なく」


 乙はパソコンの電源を入れたのを皮切りに俺達も書類と向かい合う。

 が、すぐに鳴り始める音に動きを止める。

 ダダダダダ、という聞きなれない音をたてるものに目を向ける。

 ······乙が使うパソコンのキーボードだ。

 画面に次々と文字が打ち込まれ、変換されていく。

 ······うん。


「お前、ホント何でも出来るな」

「あらやだそんなこと言わないでください。何でもじゃありませんよ」


 画面を見たまま、乙は答える。


「こんなしょーもないことで、敬遠しないでくださいね~」


 へらへらと気の抜けるような笑みを浮かべる乙。

 その笑みは何故か、冷淡に感じた。

······甘い展開書けない······(泣

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