ゲーム続行
分岐点の続きです。
「君は、全員を攻略することが出来るでしょーか?······いや、君は、彼らを攻略しますか?」
俯く花咲さんの顔をじっと見続ける。
が、その時間もほんの数秒。
「当たり前じゃない」
顔を上げた彼女の目にあるのは、欲望と、私に対する憎悪。
「絶対に、逆ハーエンドを迎えてみせるわ」
──────それだ。その答えだ。私が、望んでいたのは。
「······ふっあははははっ」
「!?」
「良いねぇ!」
喜びのあまり花咲さんに歩み寄り、床に片膝をつく。
はたから見ればドン引きされちゃいそうなぐらい嬉しい。
「君が彼らを攻略する様子······すごく面白そうだ」
急に怯えた表情になる花咲さん。何故だろう?······ああ、引いちゃったのかな?ちょっとショック。
「あ、アンタ······イカれてるっ」
「?どうして?」
「それに、私の邪魔もするんでしょ!?」
「え?ちょ、待って話についていけないんだけど」
「やっぱり邪魔するのね······!他人の幸せを邪魔するなんて、アンタイカれてる上にどうしようもないクズなのね!人間のクズ!」
えええええええええ!?
······どうしてその発想に至ったのか、とりあえず彼女は『屑』という言葉を連呼している。よく言えるな。滑舌良いの羨ましい。
だがさすがに聞き飽きちまったよ。
「クズ!クズクズグズグズグドゥッ」
「そんなに連呼してるから噛んじゃうんだよ、ほら、落ち着いて?」
「うるっさいわね!このクズ!ドM!」
「ん~?屑なのは事実だから構わないけど、ドMは違うよ?私にはそういった性癖はないからね」
「何言ってんのよ、私に貶されて喜んでるくせに!」
「そっちこそ何言ってんのさ。別に君に貶されて、嬉しいとは思わないな。うん、君の思考は理解出来ないや」
「変態に理解されたくもないわ!」
「変態なのは反論しないよ。私の趣味が万人に受け入れられるものではない、ということは自覚してるし」
「うええ、気持ち悪い!近寄らないで!」
「おや、ごめんね」
一言謝って、彼女から距離をとる。
やだなぁ、そんなおぞましいものを見るかのような目はよしてくれよ。
傷付くじゃないか。
「君からすれば気持ち悪いのだろう。私の趣味を理解出来ない君からすれば。でもね、私からすれば、コレが普通なんだよ」
生まれた時から、物心がついた時から、そうだった。
ゲームが好き、狐が好き、仮面が好き、瞳が好き、面白いことが好き。
全てを挙げてはキリがない。
そりゃ生きてるうちに変わったものもあるけど、変わらない趣味の方が多い。
好きなものだけじゃない。考え方とか、出来ることとか。
これが、普通だった。
──────周りもそうだと、思っていた。
それらの中に『一般』じゃないものを見つけるのは、誰かとの関係を壊した後ばかり。
姉との関係、友達との関係。
······あ、前世では私に三学年上の姉がいたのだ。父の再婚相手が連れてきた、義理の姉。
今は元義妹がいる。ん?義妹がいた?······どっちでもいいや。
元義妹との関係は説明しづらいんだけど、単純に説明いたしますと。
私の両親が死去してから、私は従妹の家で暮らし始めた。この従妹が元義妹。養子とかにはなってないから、正式な義妹ではなかったのかもしれないが。
そっから色々あって、今私は一人暮らしをしている。
理由は、義妹が私にとって、とてつもなく不愉快なことをしたからだ。いや、不愉快なんてもんじゃない。『嫌』なことだ。
他の人からすればあいつがしたのは別に悪い事ではなかったのかもしれない。でも、私にとっては、親しくもない義妹にそれをされるのは、一週間後にあの家を出ていくほどに嫌なことだった。
今の私の家や電話番号などを、あいつは知らない。あいつの親にはどうしてもと言われたから、『あいつに絶対教えない』という約束のもと、一応教えている。
当然ながら仕送りなどはない。そんくらい稼げるしな。
この辺の細かい話は機会があれば、その時に。今長々と話す価値はないしね。
······かなり話がそれてしまった。
強引に話を戻すと、私が自身の性癖?によって最初に壊したのは、前世での姉との関係だった。さっきのあいつは全く関係ない。
······あの時、私は実験をしていたのだ。
前にもチラッと言ったことがあるが、皮膚を傷付け続けると痛みはなくなるかという実験だ。
ちょうど左腕にカッターを突き立てていたら、姉が来たのだ。
今の花咲さんのような顔で『何をしているのか』と聞かれたから、『実験をしている』と答えたら、叫ばれた。
『イカれてる』
『気持ち悪い』
『二度と近寄らないで』
まさしく花咲さんが私に言ったようなセリフばかり。
あの時、思ったのだ。
『あれ、変なことだったのかな?』って。
まぁ気にせず実験を続けたがね。
「性癖って人それぞれだよね。あ、この場合は考え方も含むよ?」
「アンタ、何が言いたいのよ!?言い訳!?」
「そう言われんの、好きじゃないんだ。私の考えは『言い訳だ』ってとられることが多いけど、ちゃんと真剣に考えた結果なんだよ」
「そんなのどうでもいいわ!何が言いたいのって聞いてんの!」
「あはは、簡単な話さ」
『何が言いたいの』、だなんて。そんな大層なことを言うつもりはないさ。
ただ、君に『イカれてる』とか『気持ち悪い』とか言われるのは、ねぇ?
「君も、充分イカれてるよ~ってだけ」
『世界は自分の為に存在する』と公言するなんて、まともな人じゃあ出来ない。
それを当たり前であるかのように大声で言える花咲さんは、『一般』からすれば充分に『イカれてる』よ。
「······ワケわかんない!」
だろうね。君は、それが『普通』なのだから。
こういうのは、他人に指摘されたり、本を読んだりして初めて気付くんだ。
何かで『一般』を知らないと、自覚は出来ない。
時々、自分でも悪趣味だと自覚している人がいる。その人は『一般』の価値観を持っているから、自分の趣味を隠すべきだと判断できる。
でも、私達はそれを持っていない。だから、他人にぶつけて、学ぶ。
この性癖を他人にぶつけたら、その人は自分から離れていってしまう、ということを。
「······私は、イカれてなんかないわ」
「ふふ、君はそれで良いんじゃないかな」
その方が、面白いから。
不審そうに眉をひそめる花咲さんを無言で眺めていると、誰かが走っている音が聞こえた。
誰だろう。
そう疑問に思うも、直後耳に届いた声に先程の答えを見出す。
「花咲さん、攻略対象達は30分足止めされてるハズだよね?」
「え、ああ、そうよ」
「まだ10分しか経ってないのに、もう桐生会長が来てるんだけど」
「ウソ!?······どうして、分かったの?」
「聞こえたからねぇ」
「何が?」
「音」
私の返答を聞いて花咲さんは耳をすませる。すると、微かには聞こえたらしい。少し表情を変える。
だがまぁそんな余裕はないので。
「花咲さん、逃げた方がよろしくないかな?」
「!そうね、すぐに······って、あ、ちょっと待って!」
「何?ほら早く、そこの窓から裏庭に出て」
「あの映像!絶対に、流さないでよ!?」
焦る花咲さんに、ポケットから出したチップを真っ二つに折ることで答える。
チップがパキン、と音をたてて割れたのを確認して、花咲さんは窓から出て行った。
······映像、他のカメラには残ってるんだけどねー。
ま、彼女が気兼ねなく動けるように、花咲さんが映ってるやつは消しとこうかな。
これからも彼女で楽しめるのだ。
そう考えただけでも、嬉しくて嬉しくて鳥肌が立つ。
だがこのままではいけないと、窓の方へ向かう。
窓を閉めて鍵をかける。それと同じタイミングで、入り口の扉が開く音がした。
後ろを向けば、やはり会長が立っていた。
彼は私を見て、目を大きく見開いている。
······誰か分かってないんだろうなぁ。
興奮したまま話したらドン引きされるだろうから、いったん気持ちを落ち着ける。
花咲さんが彼に仕掛けた人達も、こちらへ来ているようだな。
「桐生会長、とにかく中へ」
私は彼の手を引っ張り、少々強引に部屋に入れた。




