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飲み込まれる。~花咲 心視点~

 『絶世の美女』

 そんな言葉でしか例えられないほどの、とてつもなく美しい人がこちらを見て微笑んでいる。

 長く艶やかな黒髪に、色素を全く感じさせない白い肌。

 そして何よりも、瞳。

 やや深い緑のそれは、黒い髪や真っ白な肌によく映えていて。

 吸い込まれそう、なんてそんな優しいものじゃない。もっと、もっと強い。

 飲み込まれそうなのだ。

 吸い込まれないようにと足を踏ん張っても、お構いなしに内側へと取り込まれる、そんな強さ。

 いっそ怖くなるほどに、美しい。

 だからといって近寄りがたさはない。皆無だ。

 ただ──────本能が、『危険だ』と告げている。

 一度飲み込まれたら、もう後戻りはできないと。


「······しないわよ······出来るわけないじゃない······」


 怖さのあまり涙が出てくる。俯いていても、彼女の放つ空気がガラリと変わったのに気付く。

 あの危なさが、消えた。


「······つまんね。······でもま、手加減したところで面白くないし」


 続いて出されたのは、好意も悪意もない言葉。

 ······『つまんね』?『面白くない』?

 まるでオモチャに対してかのような言い方。

 ふざけんじゃない。花咲 心()が、そんな風に扱われていいはずがない。


「つまんないって、どういうことよ······!面白くないって······!アンタ、私をなんだと思ってるの!?」


 私の問いに返ってきたのは、口元だけの笑みと投げやりな言葉。

 怒鳴ろうとするも、怒りのあまり一瞬言葉に詰まる。

 でも、直後に放たれた乙の言葉で怒りは消え、恐怖が湧き上がる。


「やる気をなくした今の君は、私からすればただの『愛しい子達を傷付けた輩』でしかないんだ」

「あれは······」


 淡々と言う乙に、私への敵意は感じられない。

 なのに、怖かった。

 声に感情がないわけじゃない。無表情というわけでもない。

 そうか。

 シナリオから、どんどん外れていくからだ。きっと、そうだ。

 違う、と叫ぶ声は聞こえないふり。

 気付いちゃ、ダメだ。


「うん、あれは私も悪かったよ。君がああする可能性を考慮したうえで放って置いたのだから」


 そう言うと乙は優しい笑みを浮かべてこちらに近付き、しゃがんで私に目線の高さを合わせる。

 カメラの映像を、流さないでくれるのだろうか。

 期待しながら乙を見ると、彼女はニッと子供のように笑った。


「それに映像を彼らに見せることは、いつでも出来るのだから」


 乙のどこか幼さを感じる笑みに、背筋が凍る。

 乙は、もはや私に興味はないのだ。

 どうでも、よくなったのだ。

 ダメ、このままじゃダメだわ。あれが流されたら、攻略はおろか、皆に嫌われてしまう。

 それは、絶対にダメ!


「待って!」


 慌てて、既に入り口へと向かっていた乙を呼び止める。

 なんとかして、乙があの映像を流さないようにしなくちゃ。


「やめてよ、見せないでっ!」


 まずはまっすぐ頼んでみる。でもそれで『うんわかった』なんてなるはずもなく。


「誰に?何を?」


 形だけの笑みを浮かべる乙。目がわずかに細められているけれど、私に関心がないのが充分に分かる。

 緑の瞳には、さっきまで恐れていた、あの『強さ』がないのだ。

 代わりにあるのは、静けさ。

 闇に溶け込むような、知らないところで消えゆくような、そんな静けさ。

 乙と話していると、今まで全く知らなかった感情や表情をたくさん見せられる。

 それもまた、あいつの持つ怖さの一つなのだろうか。


「誰かに、その映像を!」


 頭の片隅では、分かっている。


「······君、交渉するつもり?」


 こんなことをやっても、無駄なのだと。


「だって考えてみなさいよ!アンタは楽しみたいんでしょ!?シナリオを!」


 本能的に、理解している。


「間違ってはないね」

「そうでしょう!?」


 理解していながらも、もしかしたら、と期待する。

 交渉を成立させるため、彼女にとっておんな利益があるかをまくし立てていく。

 楽しみ、お金、名誉。

 どれも充分いいものだ。

 特にお金。

 ゲーム通りなら、乙は大量のお金を必要としているはずだから。

 必死に、アピールする。彼女の言葉も無視して。

 でも、すぐに黙らされた。


「いい加減黙りたまえよヒロインちゃん」


 呆れたような声。

 直後に顔の横を、何かが猛スピードで走る。わずかに左目の端で捉えたそれは、背後で軽快な音をたてる。

 振り返れば、そこに転がっていたのは大きめのヘアピン。

 ······今、顔のすぐ横を通った。アレが通るのを肌で感じるぐらい、近くを。

 前にペンを投げられた時より、ずっと近い。

 なんでもないかのような表情の乙に、再び恐怖をおぼえた。

 こいつには、これが普通なんだ。

 特別怒っていたわけでも、私を憎んでいたわけでもない。

 単に私がうるさかったから、ヘアピンを投げた。ただ、それだけ。

 それだけで、目のすぐ横を狙ったんだ。


「ヒロインちゃん、勘違いしないでほしいんだけどね?」


 『ヒロインちゃん』

 そういえば、先程も『ヒロインちゃん』と呼んだ。

 もう『花咲 心』ですらないのか。私は、『ヒロイン』という役職を選んだものでしかないのか。


「私が欲しいのは『攻略成功』という結果じゃなくて、その過程なのよ」

「そっそれでもっそんなの流されたら、私はっシナリオはっ!ダメになるわ!」

「つまり?」

「過程すら楽しめなくなるわよ!?」


 上手いこと言ったわナイス私。

 心の中でそう喜ぶけれど、乙が煩わしそうに小さくため息を吐くのを見て喜びはすぐにしぼんだ。


「もう楽しむ気もないよ」

「······え、何で?だってアンタ、楽しみたいって······」

「うん、前の君なら楽しめそうだった。でも今の君じゃダメなんだ」

「そんな······」


 想定外の否定。

 『前』って何?『今』って?

 私は私よ。どう違うというの?

 それだけじゃない。お金もいらないと言う乙。名誉については、触れさえもしなかった。それに価値がないのは当然だとでもいうように。

 おかしい。おかしい、どうして。

 頭に浮かぶのは願望の入り混じった『ウソだ』という叫びばかり。

 乙はふい、と視線を扉の方に向ける。その顔からは何の感情も読み取れない。

 迷いなく扉へと向かうその姿を見て、完全に理解する。

 世界(ここ)の中心は私じゃない。

 世界(ここ)花咲 心()を必要としていない。

 ······すべて、シナリオ通りに進むわけがない。

 こんなにも、ゲームと違う要素があるのだから。


「······ごめんなさい······」


 小さく、吐息に紛れてしまいそうなほど小さく呟く。

 何に対しての謝罪なのか、わからない。自然と、口からこぼれた。

 怖い。

 どうしようもなく怖い。

 シナリオが崩壊して、どうなるか分からないのが怖い。

 映像を流されてしまうかもしれないのが怖い。

 周りに蔑まれるのが怖い。

 何よりも。

 (あいつ)が、怖い。

 遠くで扉が開く音がする。

 それを合図に、そっと意識を手放す。


 私は闇に飲み込まれた。




   ──────BAD END「途中退場」

まずバッドエンド回収。

定期テストが近いので、投稿を一時ストップさせていただきます。

次の投稿は7/11の予定です。

ここからは軽いエンド後予想。

そんなの見たくねえよ、という方は飛ばしてください。

おそらく、乙ちゃんが映像を流すことはないでしょう(花咲さんには興味がないので)。

でも花咲さんはいつ流されるかと怯えながら日々を過ごすと思います。

攻略なんて不可能です(笑)

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