渦の中心は。~夏草 葵視点~
「なら大丈夫」
明るく笑って、強く断言する彼女。それに驚き、え?と声を漏らすと彼女の肩がビクンと跳ねる。どうやら彼女は俺の反応に驚いたようだ。
そんな彼女をじっと見つめるが、彼女の顔の半分はローブの様なもので見えない為、口元から笑みが消えた事ぐらいしか分からない。
どうして断言出来るのだろう。あんなにも、楽しそうに。あんなにも、力強く。
「新しく人が入ってくるぐらいで起こる変化は、案外気にしなくていいんだ。例外がないとは言わないけど」
またもや断言して、彼女は口元に笑みを浮かべる。副会長の外向けの笑顔とは違って、全く違和感のない微笑み。堅苦しさを感じさせない優しい雰囲気。
この姿を見て、彼女が疲れていると気付く者はいないだろう。俺だって、一時間程前の光景を見なければ分からなかった。
俺らがまだ生徒会室で書類を片付けていた時、彼女は向かいの棟で椿とかいう風紀委員長に横抱きにされていた。
いわゆるお姫様抱っこだ。
綾ちゃんは眠っていたようで、ローブについてるフードが取れ、結い上げられた綺麗な黒髪が露になっていた。顔を風紀委員長の方に向けていて、見えなかったのが残念だ。
彼女はよほど疲れていたのだろう。途中で目が覚めたのか顔を上に向けたが、すぐに下を向いてしまった。
彼らがそのまま保健室に入っていったから一瞬心配になったが、風紀委員長はそこまで手を出すのは早くないと判断し、仕事に戻った。綾ちゃんが寝ているなら、起こすのは悪いと思ったし。
「······じゃあ、君が入っても僕は心配する必要がないって事、だよね?」
「もちろ」
彼女が答えている途中でガチャリ、とドアノブの回る音がした。
その瞬間、彼女は椅子から床へと滑り落ちるかの様に素早く降りて、俺の足元に来た。
急に彼女が近付いてきて凄く驚いたが、ドアが開いた為、声を抑える。今日は驚いてばっかだ。
日向も視界から彼女が消えて戸惑っていたが、俺の足元にいる彼女を確認するとすぐにドアへ目を向けた。
「······日向くん、葵くん······どうして、ここに?」
「あ、やなりん」
いつも通りゆっくりと話すやなりんに、日向が声を返す。
そっか、綾ちゃんは一般生徒だから勝手にここに入ってるのを見つかったらヤバいのか。
「俺らね、乙さんについて話してたんだ」
「あの子について?······どんな話?」
「乙さんを受け入れるかどうかって話」
俺の言葉に、やなりんは目を細める。
「結論、は?」
日向の方を見て、頷き合う。
双子だからといって常に言動が重なる訳ではない。
だけど、コレはもう結論が出ている。
「「受け入れるよ~」」
やなりんは俺らの返答が嬉しかったのか、少し笑う。
彼は生徒会室で綾ちゃんを生徒会に入れていいかと聞かれた時、誰よりも早く答えた。まさに即答。答えるまで0.1秒もなかった気がする。普段と違う様子に、生徒会室にいたメンバーは目を大きく見開いた。
が、すぐに藤せんせーも賛成した。で、日向は反対した。俺も日向に合わせて反対した。正直俺は生徒会に綾ちゃんが入ろうが入るまいが、どうでもよかった。
だから、『乙 綾を脅そう!』と日向に言われた時は、そこまでするか!?と思った。
日向は気付いていないようだが、日向と俺の執着は結構違う。
日向は自分の近くの人間全員が、ずっと変わらない事を望む。もっと具体的に言うならば、構ってくれなくなる事を嫌がる、といったところか。
だから日向が執着する対象は、家族や昔から親しかった人達等、複数いる。
それに対して俺が執着しているのは、あくまで日向だけだ。日向が俺を嫌いにならなければ、それでいい。他の生徒会メンバーも大切ではあるが、日向程ではない。生徒会メンバー以外に至っては、そもそも興味がない。
だからといって、俺の世界の中心は日向だ、なんてつもりはない。これは日向もそうだが、俺らの執着はそんなに酷くない。と思う。
一部の女の、俺らに対する凄まじい執着を知っているからだろうか。あれは時に狂気を感じる。日向が言うには、『ぐちゃぐちゃで主張が激しくて嫌なもの』らしい。
俺もそう思う。関わりたくない、見るもおぞましい汚いもの。
俺らのものも、端から見れば似たようなものなのだろうか。
「乙さんを······先生が、探してた」
「藤せんせーが?どうしてぇ?」
「さあ······。乙さん、どこにいるか、知ってる?」
首を傾げ合う日向とやなりん。
探してるって事は、藤せんせーは今綾ちゃんが学校に残ってると思ってる訳だよね?何故だろう。普段は生徒会ぐらいしか残ってない時間なのに。
「じゃあ······ここ、鍵を閉めて帰ってね」
「はーい!葵が鍵を持ってるし、大丈夫!」
「あ······乙さんが生徒会に入ってくれたら、庶務になってもらうって」
バイバイ、と言って部屋を出ていくやなりん。
三秒ぐらい後に綾ちゃんが椅子に戻る。
彼女が立った時、微かだが何かの香りがした。香水だろうか。何の香水だろう?今まで群がってきた女共に、同じような香水を使っている奴はいなかった。
ただ、良い香りだと思う。あんまキツくないから、尚更。今度探してみようかな。
「では、話を戻そうか」
「え!?やなりんの登場にコメントは!?」
「ワービックリー」
「棒読み!?」
綾ちゃんの雑な回答につっこむ日向。
だが、漫才をやるよりも話を戻したいのは確かだ。もう遅いからね。
「日向、話を戻そう?もう6時回ってるんだし」
「うわ、本当だ!綾ちゃん、家まで送るから安心してねっ」
「いや家まで一分だから、送らなくていいよ?」
近いな。家どこなんだ?
「さ、とっとと話を戻しましょ。会長達が~ってやつは、もう終わりで良いね?」
「うん。心配しなくて良いって綾ちゃんに教えてもらったから」
「結局私に出来るのは混乱を収めるお手伝いだけだが、まぁ君の助けになったようで良かったよ。次は何だっけ?あー、君の執着は本当の愛じゃないかもしれない、だったか?」
「多分」
「そっか。コレは私が口出しするのは控えておいた方が良いだろう。あぁそうだ。夏草会計、君もコレのついて考えてはどうかな?もしかしたら、一見夏草庶務と答えが一緒の様に見えても、理由は全然別の物だったりするかもよ?······だって君達は全く違うんだから。何が、とは言わないけどね」
彼女はクスクスと楽しそうに笑う。
おそらく、気付いているのだろう。俺と日向の、執着の違いに。
「ねぇ、綾ちゃんの答えはどうなの?」
「少なくとも君の執着は一つの愛である。本当の愛(笑)かは知らんがね」
「理由は?」
「······答えづらいね。ハッキリ言って、答えたくない」
「どうして?」
「聞く人によっては不愉快なものだからさ」
「それでも良いから、ね、教えて?」
「······わかった」
何度も催促する日向に根負けしたようだ。いや、単に話を進めたかっただけかもしれないが。
「言い忘れていた。私の意見はその時の気分によって若干変わる。それも頭に入れておいてくれ」
妙にキリッとしながら付け足す綾ちゃん。日向は真剣に頷いている。
不思議、としか言いようがない。今年になって、急に色んな事が変わりだした。
会長は女子をバカにしてる部分もあったのに、生徒会に綾ちゃんを入れたがった。
副会長は生徒会に女子を入れることに反対していたのに、今回は理由も聞かずに賛成した。
やなりんは女子を苦手としていたのに、綾ちゃんが生徒会に入る事を強く望んだ。
藤せんせーも女子生徒に近付きたがらなかったのに、綾ちゃんを入れたいと会長が言ったとき、嬉しそうに笑った。
俺と日向だって、前から親しかった人達以外には興味を持たなかったのに、今こうして綾ちゃんに関心を向けている。
全部全部、綾ちゃん絡みだ。凄く不思議だ。綾ちゃんがいなければ、今年も去年までと同じような日の繰り返しだっただろうから。
─────あれ、もしかして生徒会メンバー過半数が女嫌いじゃないか?




