望みと現実
「早く行くわよ」
グイグイと私の服を引っ張る花咲さん。そういや夏草兄弟とどこで話すか決めてなかったな。後で連絡しよう。
「花咲さん。急ぐから、服を引っ張らないで。ちょっと歩きづらい」
「うるさいわねっ」
何故私が怒られなければならないのだ。
「談話室はどこにあんのよ」
「こっち。大声は出さないでくれよ。音楽が流れているぐらいで、防音設備なんてほとんどないんだから」
「わかってるわよ」
がチャリ、と扉を開ける。誰もいない。好都合だ。
「あっちの方に座ろう。良い?」
「構わないわ」
入り口から少し離れた所に座り、音に集中し始める。これから話す内容は、全く知らない人が聞いたらドン引きものだからな。
あぁ、頭がズキズキする。
今日は何度も集中してしまった。一回目に集中した後、頭痛が完全に収まる前に再び集中すれば、頭痛はより酷いものとなる。これはなかなか慣れない。
前世では、アニメの様に何度も繰り返せば感覚がマヒするかな?マヒした後、しばらくすれば感覚は戻るかな?と思い、実験してみた。
食事の時やお風呂の時も含め、起きている間は音に集中し続けて寝る直前に集中するのをやめる。翌朝起きたら出来る限りすぐに集中する。これを三日間やった。一日目の昼の時点で体に力が入らなくなった為、七日間の予定だったのを縮めたのだ。
実験の最中に死んでは、結果を記録出来ないからな。皮膚などに与えられた痛みはある程度なら気にしないが、脳を酷使するのに伴う頭痛は気にしないなんて無理だ。実験後、一週間近く頭痛が収まらなかった。
ちなみに、皮膚を傷つけ続けると、痛みは無くなるのか?という実験もやってみた。結論を言えば、無くならなかった。一応女の子として、痕の残るものはやらなかったから、断言は出来ないが。
痛みに慣れはしたが、無くなりはしない。ただ、実験の弊害かわからないが、実験後はそれに使用した箇所からは汗が出なくなった。
あの時は急に体温調節が難しくなり、かなり驚いた。まぁ、今は新しい体になったから元に戻ったけど。
頭痛で口元が歪むのを抑えて笑みを浮かべ、花咲さんに向き合う。
「じゃあ、始めよう。無駄な腹の探りあいはなるべく避けよう」
私が言えば、こちらを睨みながらも頷く花咲さん。
「まずは前提として。私は記憶を持ってこの世界に転生した。君もまた同じ」
「えぇそうよ。私は車に轢かれて死んだの。で、気がついたら神様がいて、『君想』のヒロインに転生させてくれたの」
「じゃあ質問」
私が聞きたい事はいっぱいある。だけど、まずはこれを聞かなきゃ始まらない。
「君は、これからどうしたいの?誰かのエンドを狙っているの?」
教えて。君の望みを。
私と同じじゃつまんない。私と同じ望みは聞きたくない。
入学式。目をギラつかせた君を見た時。君と私の望みは違うと感じた。
たとえ言葉では一緒でも
その奥にある意味は違う。
「誰か、じゃないわ。攻略対象全員を攻略して、全員に、そう、全員に愛されるのっ」
興奮して声を大きくする花咲さん。
自分の言ったことが可能だと信じて疑わない顔。
そうか、この子はこの世界をゲームそのものだと思っている。決まった言葉を吐けば、必ず彼らが惚れてくれる世界だと。
──────異変が起こっているのを、わかってる癖に。
「彼らに愛されるのは私だけなの。攻略の邪魔をしないでっ」
欲望の為に努力するつもりのない言葉。
ダメだよ、そんなんじゃ。
ゲームをなぞるだけじゃ、シナリオを見つめているだけじゃ。
君の望みが叶うとは限らない。
「皆私に攻略してもらわないと、幸せになれないのよ!!」
なんという決めつけ。思い込み。
ゲームで彼らを幸せにしたのは、確かにヒロインだろう。だがヒロインが現れなければ、他の誰かが幸せにしていたかもしれないのだ。
「この世界はっ!!ヒロインである私の為に出来てんのよっ!!!」
んな訳ねぇだろ。今君が死んでも、この世界は崩壊しない。
ってか五月蝿い。大きい声出さないでって言ったじゃん。凄く頭に響く。ただでさえ頭痛がしてんのに、そんなキーキー叫ばれては堪らない。
「花咲さん、声をもう少し小さくして」
「うるさいわねっ」
どっちがだ。
バンッと机を叩き立ち上がる花咲さん。まだ叫んでいる。あまりにも五月蝿くて頭痛が酷くなり、つい顔をしかめる。
「花咲さん、静かにして。後、座って」
「どうせあんたが潰したんでしょっ!?聖くんのイベントをっ」
わざとではないがな。まさかとは思うが花咲さん。本人にはそんな呼び方してないよな?勝手に彼を下の名前で呼んだら失礼だぞ。
今の時間は会長の出会いイベントだったっけ?あれはどうなったんだ?
「静かにして、座って」
「話終わったらとっとと帰って、教室に来ないで!あぁ、時間まであと二十分しかないじゃない」
まじか。えらい遅くにイベント発生するんだな。ゲームでヒロイン何やってたんだ。
「静かにしてくれ」
「どうやって聖くんのイベント壊したのよっ!ちゃんと教室で朝早くから聖くんを待ってたのに」
どうやってって。まるで私が何かしたみたいじゃないか。
ルールを破って温室に入ってきたのはあっちだ。こっちはいつも通り温室の鍵を閉めていなかっただけだ。
「もう静かにして」
「日向くん達にだって、ゲームと同じセリフを言ったのに!!」
彼らと接触していたのか。なら、花咲さんに興味を持って会長あたりにオススメしそうなもんだが。花咲さんが話の流れを無視してセリフを言ったか何かか?
にしても五月蝿い。駄目だ。こいつの口を塞ぎたい。もういっそ口に椅子の脚でもぶち込むか?いやそんなんしたら椅子の脚が汚れてしまう。
「······黙って」
「私が新入生代表じゃなかったのもあんたが何かしたんでしょ!?」
断言しよう。君が勉強不足だったせいだ。
ああもう五月蝿いな。
お前の声は聞き飽きた。
「──────ええ加減にせぇよ」
ずっとずっと前に使っていた言葉。今でもやはり使いやすい。
だが、このように急に訛った言葉で話すのはあまりよろしくない。バカにされることが多いからな。
案の定、少し驚くもすぐに口を開こうとする花咲さん。
とりあえず黙ってもらおう。
「黙って座れや」
近くに備え付けてあったボールペンを取る。
壁を汚してはいけない為、キャップを取らずに人差し指と中指で挟んで花咲さんの顔のすぐ横の壁に向かって投げる。お、上手いこと目の高さの所に当たった。
花咲さんが黙りこくったのを見て、また口元に笑みを浮かべる。
話相手にはちゃんと安心感を持ってもらわなければ。
「さぁ、座って?」
優しく促せば、花咲さんは黙って座る。花咲さんが黙ったお蔭で少し頭痛が収まった気がする。
「私は君のイベントをぶち壊そうと思って動いた事はないよ。そもそもイベントの詳細を覚えてないからわざわざ壊すのも面倒だしね」
まぁ私の今までの行動の積み重ねが結果的にイベントをぶち壊すに至った訳だけど。
チラ、と時計を見たら、花咲さんいわくそろそろイベントが始まる時刻だ。聞きたい事はいっぱいあるが、また発狂されるのは嫌だからな。とっととイベントに行ってもらおう。
「花咲さん、そろそろイベントが始まるよ。私は必要なものは今持ってるし、当分は教室に戻らないから安心して」
私がそう言うと、花咲さんは時計を見たあと、外へ飛び出して行った。
「······やっと行ったか」
花咲さんの足音がかなり遠ざかったのを確認して集中をやめる。それと同時に襲ってくる激痛。
疲れている時はそれ以上の疲れを感じなくなるというが、それと同じ原理なのだろうか。先程よりも酷い。
夏草兄弟にはこちらに来て頂こう。動けそうにないしな。生徒会室からもそれなりに近いし、問題はないだろう。夏草兄弟両方にメールを送ると両方の執務を邪魔してしまうだろうから、電話帳で上の方に名前のあった葵の方に送る。
するとすぐに葵から返信が来て、それを読んでいる最中に日向からも返信が来た。
結局、両方の手をわずらわせてしまったな。葵からメールについて日向に伝えてくれればそれで良かったのだが。日向の返信は葵と同じ様な内容だったのだが、最後に『どうして葵だけにメールしたの』とあった。弟の手をわずらわせた事にお怒りのようだ。
返信するべきなのだろうが、頭痛が酷すぎる。
眠ればその間は苦しまずに済むだろうか。彼らが来れば私を起こすだろう。まだ時間がかかるらしいし、彼らが来る前に起きるかもしれんしな。
私は目を閉じて、眠った。
近くで鳴り続ける足音と、ほんのわずかの揺れに目を覚ます。
誰かに抱えられているようだ。頭が酷く痛む。上を向けば、見知った顔があった。
「······つばき、せんぱ······」
うまく話せているだろうか。声を出すと、彼はこちらを見た。
「おはよう、乙さん。眠ってて大丈夫よ」
「······ん」
彼に促されるまま、目を閉じる。そのまま、再び眠りについた。
ゆっくりと目を開ける。が、酷い頭痛と眩しい光に目を瞑る。もう一度目を開けると、椿先輩がいた。
ここは······保健室?何故?先生はいない。そっか。先輩は風紀委員長だから一部の鍵を持ってんのか。でも何で私が?談話室······に、いたはず。
「椿先輩」
「起きたのね」
「状況が、よくわからないのですが······」
「あぁ、あんな遅くに談話室の電気がついてたから、確認の為部屋に入ったら貴女が寝てたのよ。それでここに運んできたのよ」
「そうなんですか?ありがとうございます。すいません、面倒をかけてしまっ······あ」
ヴヴ、と携帯が鳴る。携帯を開けば、夏草兄弟からだった。生徒会の仕事が終わった、との事。
やけに早いな。まだ6時前だぞ。
「誰から?」
「待ち合わせ?してた人からです。場所に行かなきゃいけないので、失礼しますね。椿先輩、改めてありがとうございました。それでは、また」
「ええ、またね」
先輩にお礼を言って、談話室へ向かう。
談話室で近くの席に座って一分ほど待つと、夏草兄弟が来た。いちいち集中するのは疲れるし、これ以上すると倒れる可能性もあるので、もう集中しない。常に万全の態勢、というのは難しいのだ。
「綾ちゃん、ごめんね。遅くなっちゃった」
「いや、大丈夫。むしろ早くて驚いた」
「HR終わって速攻で生徒会行ったら、いつもよりずっと早く着いたんだよね。後から来た副会長が俺らを見てビックリしたみたいでさ。後ろのドアにぶつかって凄く痛そうにしてた」
その時の光景を思い出したのか、二人はクスクスと笑う。
見てみたかったな。
「さ、二人共こちらへどうぞ。早速、交渉を再開しようか」
もっとも、君らの様子を見る限り、後一歩で答えは決まるようだがね。
椿先輩、久々にちょっぴり出演。
最後の攻略対象が出てくんのは当分先になりそうです(汗
4/16 後に矛盾が生じる可能性がある為、第一話「小さな異変」の内容を一部変更しました。椿先輩との会話あたりです。気が向いたら一度確認してみて下さいませ。




