4話
歩きながら、状況を確認する。
「まず……誰にも言ってないのか?」
「うん。時間帯さえずらせば気付かれないで済むしね」
「被害は……」
「気付いたのは三日前。
視線で振り返ったら隠れる姿が見えた。それだけならたまたまかなと思うんだけどね、翌朝郵便に俺の行動が書き連ねられた手紙が入っていて、あと俺が気付いたことへの……興奮?みたいなのがびっしり書いてあった。途中で気持ち悪くなって捨てたんだけどね。
で、今朝はそれらにプラスで俺の写真が大量に入ってた。臭い白い液……って言ったら何となく分かるよね。
不幸中の幸いは、家の中については安全ってことぐらいかな」
「あ、ああ……」
エスカレートしている。次に何を行うのかが予測つかない。さらに悪化する前に遭遇できてよかったと思うが、直也ひとりに何ができるかと言われたら頭を抱えるしかない。
「橘君は犯人見れたの?」
「ああ。夜明は?」
「それがさ、全然見たことないんだよ。俺が振り返ったら隠れちゃうから。どんな奴なの?」
尋ねられ、思い出す。
「見た目は普通の、どこにでもいるような男だった。黒髪の。
薄手の茶色いコートを羽織っていたぞ。
……これ以上悪化させられる前に、捕まえてみるか?」
直也の言葉に、夜明は身を震わせた。
「……近付いて大丈夫なの?生理的に気持ち悪いんだけど」
「あー……そうだな、済まない」
「俺こそごめん」
「警察に相談するつもりはないのか?」
手紙や写真などが手元にある以上一番手っ取り早い気もする。選択肢として出すと、夜明は顔をしかめた。
「中平のおじさんがさ、警官なんだよ」
「……知られるから嫌ってことか」
「ごめん」
「いや、構わないさ」
そうは言ったものの、とれる手段にも限りが出てくる。
現状とれる選択肢は様子見と、
「学校の風紀委員……とかは?」
「地元の結構仲のいい知り合いが風紀副委員長をやっていらっしゃいまして……」
「ダメか。そういえば、今どこに向かっているんだ?」
「クッキング部の部長がいる教室」
「まじか」
「顔見せにおいでってさ」
部長は高校三年生らしく、教室に向かうとほとんど人はおらず、椅子に座る二人の男女が談笑していた。
高校三年生になると、授業も必要な教科のみ出席になるため朝のホームルームもなくなる。ほぼ自由に時間割が組めるようになるのだ。
男女は夜明と橘に気付き、女子が立ち上がり歩み寄った。
「あなたが見学希望の?」
「はい。橘直也です」
「そう。私がクッキング部長の吉原彩です。顔だけ確認しておきたくてね、来てくれてありがとう」
「いえ」
吉原部長は淡々と話し、紙を差し出した。
「クッキング部の説明ね。明日に部活動もあるし、そのまま入ってくれたら見学できるように話を通しておくわ」
「彩ちゃんはそこら辺キッチリしてるからなぁ」
椅子に座ったままの男子がからからと笑いながら声をかける。誰だろうと警戒していると、手を振られた。糸目なので笑っているのかそうでないのかわからない。
「編入生君やんな?僕も高等部から編入したクチなんや。よろしゅう頼むわ」
「よろしくお願いします」
頭を下げてはみたものの、名前がわからない。男子がああ、と笑った。
「佐々木遼、ていいます。風紀委員長やってるし何や困り事あるんやったら声かけてーな」
夜明が口元を引き攣らせた。その隣で直也も目が泳いだのかもしれない。
困り事、でとっさにストーカーを思い出したのだ。
そして目の前の佐々木委員長は、それを見逃すほど優しくはなかった。ゆらりと立ち上がった佐々木は、見上げて首が痛くなるほど大きい。中平亮も長身だったが、彼とは比べ物にならなかった。
「ほん?ちょーっとお話ししよか」