表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰がために  作者: 旭ビール
3/8

3話

 その時である。

「せーいー!」

 大声と共に、夜明の体が沈んだ。上から長身に飛びつかれたというか、沈められたというか。

 夜明に乗ったのは、かなりの長身に肌の焼けた黒い男子だった。ブレザーを着ているために学生だと分かるが、でか過ぎて成人男性でも通りそうな雰囲気である。

 そして夜明は驚くこともなく、そのままの態勢で声を出した。

「おはよう、大輝」

「おはよー!って、お?」

 大輝、という名前からして中平大輝なのだろう。確かに大きいと圧倒されていると、中平大輝が直也に気付いた。

「あれ、えーと……編入生の?」

「ああ。橘直也だ」

「おう!中平大輝だぜ!何で誠と一緒にいたんだ?」

「通学路がさ、同じだったんだよ」

「まじか!いいなぁ!」

 悔しがる中平を無視して、夜明は中平を引きずるように歩く。慣れているようで、そのまま直也に話を振ってきた。

「さっきの話の続きだけど、とりあえず先輩に声かけてみるね。その後はまた連絡する」

「ありがとう」

「こちらこそ」

 教室に入って席に付くために別れると、見ていた生徒達からの視線がさらに痛くなった。前の席の生徒が話しかけてくる。

「夜明と一緒に来たの?」

「ああ。道の途中で会った」

「ってことは、線路向こうに住んでるんだ。地元?」

「いや、一人暮らしだ」

「一人暮らしって……治安悪いところあるから気をつけないと」

「そうなのか?」

 今日は朝から三人も話すことができた。進歩である。

 そう噛み締めていると、ガラリと教室の扉が開き、担任が顔を出した。

「橘はいるか?」

 ご指名に立ち上がると、来いと担任は背を向けた。


 直也は社会科準備室に来ていた。担任……空野先生が管理者らしく、職員室よりこちらにいることの方が多いという。

 座れとソファーに座らされた直也に、担任はファイルを捲りながら話し出した。

「一人暮らしについては、親御さんに同意は得ているのか?」

「…はい」

「そうか。なら……アパートを変えることは無理だろうか?」

「はい?」

 聞き返すと、担任は町の地図を取り出した。

「この町のな、お前がアパートを借りた近くの墓地の周辺はかなり治安が悪い。中学の時の成績も武道についても知っているが、万が一があるかもしれない。だから、墓地周辺で一人暮らしをする学生には別のアパートを紹介するようにしているんだ」


 夜明は席につき、息をついた。

 三日目ということでやや神経が磨り減っていただけに、直也に一緒に歩いてもらえたのはとてもありがたかった。

 大輝が誠、と声をかけてくる。

「昨日より元気だな」

「うん。やっぱり人とお話するのって、気持ちが楽になるよね」

「俺ともお話しよーぜ!」

 騒ぐ大輝に苦笑していると、扉が開いた。直也が帰ってきたのかとそちらを見るが、違う顔だ。そして知っている顔だ。

「よっす!」

「上条はいないんだ?」

「まーな。真ちゃんは風紀でお話し中」

 目の前の男子は小宮和成。会話に出た「上条」もしくは「真ちゃん」は上条真太郎。この二人はよく一緒につるんでいる。

 珍しく一人でいる小宮は、ちょいと夜明の耳に口を寄せた。

「おばあ様がよ、お前だけに伝えてくれって伝言」

「……またあの方は。俺を買い被りすぎだよ」

 小宮の言う「おばあ様」は、小宮家の当主だの生きる伝説だのと呼ばれている女性である。とにかく目が良いとされ、時々未来や別の場所すら見えてしまっているのだ。

 そんな棺桶に片足突っ込んでいそうな御大だが、彼女の伝言に意味がなかったことがない。

 そういうわけで、と小宮が片眉を上げた。

「『タマグラ持ちを探せ』だってさ」

「タマグラって何?」

「さあ。俺もわかんね」

 肩を竦めた小宮はそれじゃーな、と教室を出て行った。

「何だったんだ?あいつ」

 大輝が首を傾げるなか、彰は携帯を取り出した。部長に連絡するためである。


 直也が借りたアパートの周辺は超危険地帯であり、色々と危険らしい。道理で激安物件だったわけだ、と納得しつつも直也は渋っていた。

「……危険地帯というのは理解できましたが、賃貸借契約を結んだばかりですし……それに安いのです」

「うちの学校なら学費も安いし、別の物件に乗り換えても他の学校よりまだ安いと思うが」

 担任も渋い顔である。危険だから、という気持ちはありがたいのだろう。ただしどうしようもないのだから諦めてもらうしかない。

 そうやって問答を繰り返していると、準備室の扉がノックされた。

 入ってきたのは夜明だ。

「先生、俺の家で暮らしてもらうっていうのは?」

「は!?」

 仰天した直也をよそに、担任は真面目な顔で検討を始めてしまった。

「名案だな。夜明はいいのか?」

「はい。多分屋敷にも入れるでしょうし」

「なら頼んだ」

「はーい。それじゃ、お話はこれで終わりです?橘君に用事があるんです」

「構わん」

 夜明に行こうか、と手を引かれた。柔らかい手である。

「…………良かったのか?」

「まあね。家も基本一人だからさ、……ぶっちゃけると、家に白い液体のついた俺の写真が送り付けられたりすると、まぁ一人でいるのって怖くなるよね」

「分かった居候になるがよろしく頼む」

 割と状況は悪かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ