1話
「…………」
ちらりと後ろを見て、溜め息をついた。
視界の端で塀に隠れる影を確認する。
「四年にもなって、ストーカー被害って……さすがに言えない……」
橘直也は高校一年生になる。夢はまだない。
中肉中背、少しだけ平均よりも高い背丈。気配を消すと人ごみに紛れ込むこともできる。
直也は四月一日に相坂学園高等部に編入した。この学園は中高一貫校で、学生はほぼ中等部からの持ち上がりで構成されている。教師陣も中等部と変わり映えしない面子で、中等部高等部と名前は付けられているが、学生達の間では高校一年を四年生と呼ぶなどとほぼ繋がっていると言って過言ではない。
その学園に高等部から編入した直也は、まあ目立つ。見世物パンダ状態である。その癖誰も話しかけてこない。遠巻きに見られているのがとても居心地が悪い。隣の席なら話しかけても大丈夫だろうと甘く見ていたが、そもそも一番後ろの一人席というラッキーなのかアンラッキーなのかわからない状態だ。編入理由も色々とあるのだがとりあえずは割愛する。
何が言いたいのかわかりやすくいえば、ぼっちである。
直也本人としてはそこまで寂しがり屋な訳ではないので構わないが、視線は鬱陶しいと感じている……そんな状況だ。
そんなある日の朝、通学途中の直也がいつもより早く出て通学路を歩いていると、見知った背中を見つけた。
真白より「平凡」と言っても過言ではない、中肉中背、平均身長、顔もやや整っている程度の子供。
夜明誠。学園がある土地の名家の子の一人らしい、というのを周囲の会話から拾っている。一人ということは複数いるらしいが、そこまでは知らない。
この夜明だが、何と同じクラスだったりする。ただ夜明は一番前の席なので席が遠く、話す機会もない。
ちょうど良いし、どうせ教室まで同じなのだから声をかけてしまおうと足を早めたが、妙なことに気付いた。
まず夜明が周囲を警戒していること、そしてやや離れた直也だからこそ気付いたのだが、夜明の少し後ろを男性がつけている。夜明がふと後ろを振り返ると男性はさっと塀や公園などに向かうのだから、ほぼ尾行していると言って良いのかもしれない。
ストーカー、の五文字が直也の脳裏に点灯した。
何をすればいいのか。とりあえず男性を捕まえるべきなのか、それとも警察、いやまずは学校か。そもそも本人は気付いているのか。
混乱する直也が夜明を凝視していたからか、視線を感じたか、夜明が振り返り、直也を見て目を丸くした。
直也はただ半笑いで手を挙げた。
「おはよう」
夜明も引き攣った笑顔で手を振り、直也を待った。
「……おはよう」