COMRADE ~クリスマスの裏側~
「リラの父さんを!」
高価な宝石や、美味しい食べ物などを望むとも思ってはいなかった。ありえるとしたら、あの子が唯一好んで集めている、「剣」ではないかと思い、昼間のうちに武器やはいろいろと物色してきていた。しかし、ここまで私の予想が外れるとは思ってもみなかったので、私は時間がないこともあり、少なからず焦りを感じていた。
(ジューイという兵士……か)
頭に浮かんだのは、武器庫の番人である、ひとりのやせ型の男であった。彼の名前は確か、「ジューイ=クレマディ」であったと記憶している。カガリが可愛がっている城下町に住む少女、「リラ」の苗字が「クレマディ」なのかどうかは定かではないし、カガリ自身も知らないようである。こうなれば、ジューイに会ってみて直接訊ねる他はない。私は、寝巻き姿では寒いだろうと、軽くローブを羽織り自室を後にすると、地下にある武器庫へと向かいはじめた。
「寒いなぁ……身体に響く」
石造りであり、廊下を照らすものは月明かりのみである。ガラス窓がないため、冷たい風が吹き込んで来る。一番質のよい召し物をもらっている「レイアス」の兵士だからこそ、私はそこまで苦しまずにここまで来ているが、カガリなんて誰よりも冷遇されている。服をねだっても良かったのではないかと、思えるほどだ。
カツカツ……。
ブーツの裏には、鉄を仕込んでいる。戦争中に、接近戦となったときのことを考え、カガリのブーツもそういう仕様にしてある。勿論、国王には言っていない。見た目ではわからないよう、縫い目を解き、その中に鉄を埋め込んである。
(自由……か)
サンタクロースに、カガリは「自由」を望まなかったのだろうか。私はふと、そういう思いになった。
カガリは生まれ故郷をフロート国王に焼かれてから、憎き仇であるはずのその国王のもとで、飼われている。酷い仕打ちを受けながらも、ここでしか生きる術がないと、フロートの犬であり続けている。その生活を、すべて否定する訳ではないが、カガリにとって真の幸せなのかと問われると、私には「YES」と頷くことができないのである。むしろ、「可哀想」だという感情すら、浮かんできてしまうほどである。
あの子と、国王のもとから解放してあげたい。そういう感情を、「師匠」として持たないで居られるほど、私は出来た人間ではない。私はフロート国王に忠誠を誓っている訳でもないので、可愛い愛弟子の幸せの方を大切に思ってしまうのだ。いつの日か、カガリには本当の「自由」を手にして欲しいとこころから願っているし、そうならなければ、世の中は不平等すぎると思っている。
もっとも、国王をひとり責め立てられるほど、私は善人ではない。私も罪人。カガリの生い立ちもすべてを把握していながら、何も出来ずにいる、愚かな人間のひとりである。
だからこそ、こういうときくらい、カガリの願いを叶えてあげたいと思うのである。
それが例え、私のエゴだとしても……。
(ここを降りたら武器庫だね)
とても暗がりな中、私はいとも簡単に武器庫までたどり着いた。普通のものならば、松明を持って廊下を歩かなければ、迷路のような城内を歩くことは困難であろう。
「ご苦労さま、ジューイ」
「え……っ、あ、はい」
ジューイの隣に立っているのは、「キニアス=トレバ」という青年である。彼の方が、フロートでの守備兵経験が長い。
「ルシエル様!?」
「しーっ……キニアス、キミもご苦労様。冷えるね、今日は一段と……」
雪が降りそうなほどの気温であった。ただし、ここフロートは、滅多なことでは雪は降らない地形をしている。そのため、今宵も雪は降らないであろうと踏んでいる。
「ルシエル様って……あ、あの、レイアスの?」
「そうだよ、ジューイ。レイアスのルシエル。キミとは一度、顔を合わせたことがあるだけだから、わからなくても仕方がないよ」
「ジューイ。もっと敬意を払え! ルシエル様は、偉大なお方だぞ!」
「あ、はい」
色黒であるキニアスの隣で、短髪の茶系の髪に、青い瞳の若き青年は、私に向かって松明を持ちながら敬礼をした。私は少々苦笑いを浮かべ、畏まるふたりの青年に、もっと力を抜くようにと促した。
「それで、ルシエル様。私に何か御用でしょうか……?」
「あぁ、うん。キミにまず、訊ねたいことがあるんだけれども」
「はい、なんでしょうか?」
「キミには、リラという娘さんがいるかい?」
それを聞いたジューイは、驚いた顔をして私を見た。この反応、どうやら当たりのようだ。
「リラが、どうかしたのでしょうか……」
心配そうにするジューイを前に、私はにこやかに笑みを浮かべた。
「クリスマスというものを、知っているかい?」
「クリスマス……?」
「そういう祭り事があったんだよ。昔ね」
「それとリラが、何か関係が……?」
ここで、カガリの名前を出すことは、あまり善策ではないと思ってしまった私は、カガリの名前を伏せたまま、話を進めることにした。だからといって、私の手柄にするつもりもなかったので、なんとなくでっち上げることにした。
「あるひとがね、今晩から明日一日を、リラと共に家族で過ごして欲しいと願っているんだよ」
「あるひと?」
「うん」
「しかし、ルシエル様。私には、勤務が……」
私は、ジューイとキニアスの顔を両方とも交互に見ると、「ふふっ」と不敵な笑みを浮かべた。すべては、想定内のことである。ジューイにだけ、クリスマスをプレゼントするのは、キニアスに申し訳ないと思い、私はふたりの肩に手を置いた。
「ふたりとも、今日はここまでで帰りなさい」
「「えっ!?」」
驚きの声を同時にあげた警備兵のふたりは、松明を危うく落としそうになるほど、驚いていた。そこまで驚くことだろうかと、逆に私までもが驚いてしまった。
「で、ですが……それは、国王陛下はご存知のことなのでしょうか」
「それに、ここの警備兵は誰が……」
キニアスとジューイが順に声をあげた。そのことは特に問題ではない。内容も、彼らの行動も、問題ない。私はにっこり微笑むと、声をひそめて彼らの耳元で囁いた。
「これよりこの場は私が受け持つ。だから、キミたちは帰りなさい」
驚きの顔を浮かべるふたりを前に、私はこれ以上四の五の言わせるつもりもなく、転移の魔術を使ってふたりをそれぞれの家庭の待つ場所へと、飛ばしてしまった。それはそれで酷い話だとも後から思ったが、今は初めての武器庫番ということに心が躍り、松明の代わり魔術で光の球を作り出し、辺りを照らすと長い夜がはじまった。
「冷えるなぁ。今度の朝礼で、国王に一般兵の服について、言及してみようかなぁ」
そんなことを考えながら、腰掛ける椅子があるわけでもなく、私は立ちっぱなしで交代の兵士が来るまで、カガリのことを考えながら過ごしていた。
カガリは結局、自分自身になる「物」を望んではいない。あの子らしいといえば、それまでなのだが、カガリにとってはじめてのクリスマス。親同然である私としては、カガリに何かしら、思い出に残る「物」を残してあげたいと願うのである。これはまた、私のエゴであり、カガリは喜びなどしないかもしれない。けれども、そういうのもまた、クリスマスプレゼントであろうと思い直し、私は色々と頭にものを浮かばせてみた。
(そうだねぇ……どうせなら、びっくりさせてあげたいなぁ)
私は少し俯いてから、首から隠すようにかけていたロケットペンダントを取り出した。中には、こちらを向いて微笑む私の妻、アリシアの写真が入っている。それを懐かしむように見てから、決心し、その写真をペンダントから外した。だからといって、写真を捨てられるほど私はまだ、アリシアと決別できていなかった為、大切に胸ポケットにしまい、代わりにそこへ、ある四人の姿を映した写真を埋め込んだ。銀製のペンダントであり、それなりの価値はあるのだが、大切なのはそのペンダント自身ではなく、中の写真である。
「……可哀想なことをしているね」
私はそのロケットペンダントを静かに閉じると、ズボンのポケットにしまった。
「それで、そこに居るのは誰かな?」
「……!?」
それでも隠れていたつもりなのかと思えるほど、私からしたらバレバレであった。どうやら、賊に入られていたらしい。ふたりの兵士を帰したことは、正しい判断だったと思われる。
「今夜のところは、見逃してあげるよ? 悪いことは言わないから、帰りなさい」
「なんだと!?」
単独犯であった。若い男が、私の前に姿を現した。やせ型である。食に困っての犯行であろうか。どちらにせよ、単独でここまで潜り込んでくるとは、見事だとしか言いようがない。もしくは、門番が情けないとも言えるか……。
「私はルシエル。その名を、聞いたことはないかい?」
「ルシエル……ルシエル!?」
男の顔は、みるみるうちに変わっていく。
「世界最強の……魔術士!?」
魔術士。
ただの魔術士が相手でも、一般人は敵わないだろう。しかし、私はただの魔術士よりもはるかに力を持つ、「神子魔術士」である。そして、その中でも力を持つと言われ、恐れられている存在なのだ。
「悪いことは言わない。キミの家を教えてくれたら、返してあげるよ」
「捕まえるのか! 俺には、家族が……」
「家族が居るのなら、尚更帰りなさい。こんなところで捕まっては、極刑は免れないよ?」
やせ型の男は、悪い人間ではない。私はすぐに見抜くと、彼を守るべき動き出した……と、言っても、彼の名前と住所さえわかればそれでいい。
「教えて欲しい。私は、出来うる限り犠牲者は出したくないんだ」
「もう、遅い……遅いんだ!」
「?」
破れかぶれと言わんばかりに、男は私に向かって刃を投げ入れた。それを難なく交わすと、次は男が私に向かって拳を繰り出してきた。私をみて、優男だとでも判断したのだろう。しかし、私もそう簡単に一般人に一撃でも赦す訳にもいかない。だからといって、私が反撃でもしようものなら、簡単にこの男の命を奪うこともできてしまう。それは、回避しなければならない。
「私は、キミと争いたくはないんだよ。遅いとは、どういうことなんだい?」
「うるさい!」
「自棄になるんじゃない。話をしよう」
私は、そっと相手の額に指を一本触れさせた。すると、頭に彼の背負うものが見えてくる。彼の親御さんが、病に倒れているようだ。
「親御さんが、病気なんだね?」
「な……っ!?」
「大丈夫。悪い病ではない。薬なら、私が調合してあげるよ」
「どの医者にかかっても、無駄だと言われている!」
「私には、かかったことがないだろう?」
その言葉を聞くと、男は目をまるくして、私の言葉に耳を傾けはじめた。暗示をかけていることもある。なだめるための精神支配の魔術をかけているのだ。白魔術の高度応用編である。
「安心しなさい。必ず、助けてあげるから」
「……ルシエル」
「私は、誰の敵でもないからね」
そして、誰の味方でもきっとない……と、胸中で付け加えた。
明け方近く、日勤の兵士が交代へとやって来たので、私は事情を簡単に説明し、ジューイとキニアスには、私から暇を出したと念を押し、私のことは公に出さないよう口止めをしてから、自室にそそくさと戻っていった。勿論、賊には薬を渡して帰してあげている。転移で送っているため、他の兵士に見られている可能性もない。
それにしても、徹夜で朝を迎えることは、いい年をした私にとっては、なかなかに辛いものであった。高度な魔術を何度も使ったこともあるだろう。
自室に戻るその途中、カガリの部屋へ寄ってみた。すると、カガリはすでにリラの家に向かって城をあとにしているようであった。そのことは、「風」の知らせで知っていたのだが、念のため確認してから室内に入った。そして、クリスマスの準備をはじめる。赤い靴下は、編んでおいたものがある。そこに、ネックレスと私の字体だとはバレないよう、癖を抜きながら「カガリへ」と、記す。これで、私の役目は終わりである。
これでゆっくり眠れると、私は自室に戻ってから布団に入った。こんなにも布団が気持ちのよいものだったとは、久しく忘れていた。あまりにも疲れていたこともあり、そして、身体が冷えてしまっていたこともあり、私は温もりを感じながら、眠りに就いた。
「ルシエル様!」
どれほど眠っていたのだろうか。それほど眠っていないような気がするが、身体が怠くて、眠くて仕方がない。けれども、愛弟子の声に応えないでいるわけにもいかず、ゆっくりと身体を起こした。
「……なんだい?」
すると愛弟子カガリは、外が冷たかったのだろう。鼻の頭を赤くしながらも、嬉しそうな顔で話してくれた。
「師匠。サンタクロースが、私の願いを聞いてくれたんです!」
「そうか。よかったね、カガリ」
「はい!」
とても長い夜だった。
くたびれてしまい、眠気がまだ残っているなんて、私もまだまだ未熟者だと思いながらも、「大人」としてのクリスマスの役目は無事に終えたと、満足し、そのまま眠りについた。
来年はまた、どんなクリスマスが来ることやら……。
それはまだ、見えぬ先のこと。
こんばんは、はじめまして。小田虹里と申します。
「クリスマスの裏側」編。こちらもお読みいただけて、ありがたい限りです。こちらは、カガリの師匠、「ルシエル」を主人公として、物語が進められております。
ちょっとした出来心で、描きたくなったものなので、とてもシンプルで短い物語です。
時間もなく、のんびり書くことが出来なかったのが悔やまれますが、一生懸命描かせていただきました。
カガリも、ルシエルさまも、大好きなキャラクターですので、皆様にも知っていただければ幸いです。
来年のクリスマスは、本当に分かりません。
それでも、何かしらの話を、誰が主人公になるかは分かりませんが、書けたらいいなと思っております。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
また、別のお話でもお会い出来ましたら幸いです。