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蒼天の詩  作者: SR9
2/4

#1 始まり


「ふぁ~…ねむ……」


 ぐっと大きく体を伸ばしながら、高島渚は欠伸をかみ殺す。

 やや高めの背丈と、すらりと伸びた手足。肩の辺りで切り揃えられた茶色がかった髪が風になびいてキラキラと輝いている。


「あれ? 珍しいね。なっちゃんが寝不足なんて」


 その隣を歩くのは、渚よりも頭一つ分小さな、親友の斉藤真奈。

 いつも人懐っこそうな笑みを浮かべている彼女は、その容姿と相まって、一見すると中学生のように見える。普段から猫背がちな渚とは対照的に背筋を伸ばすようにしているのも、年齢より幼く見られたくないという意識からなのだろう。


「まぁね、昨日宿題やってたら寝つけなくなっちゃって…」

「え? 宿題って、まさか昨日出た夏休みの宿題?」

「ん、そうだけど。…何?」

「う、ううん……夏休みの宿題を夏休み前から始めるなんて、やっぱり凄いなと思って…」

「ふ~ん…」


真奈の言葉を聞き流しながら、それをしないから最終日に私に泣きつく事になるのだ、と渚はつい言いたくなった。

 真奈は優秀なのだが、所々抜けている部分がありどこか放っておけない雰囲気がある。

 長期休み最終日の度に泣きつかれるが、ついつい甘やかしてしまうのもそれが原因だ。

 しかし、そんな事を言った所で軽く流されるだけだということは分かり切っている渚は、少し話題を変えることにした。


「…まぁ、一番時間かかったのは、今日提出のやつだけどね。夏休みの計画を書いてこいって……」

「あ~、あの小学生の宿題みたいな……」


 ふと視線を宙に泳がせ、真奈はふにゃりと笑う。

 真奈がこのしぐさをする時は、決まって何か失敗を隠そうとする時。

 渚は、一瞬考えてから静かに口を開いた。


「…あんた、やってないわね」


 そう言った途端、真奈が目を丸くして数センチ飛び上がった。


「な、何言っちゃってるのかな。私が宿題を忘れるとか、そんな事…」

「ちなみに、先週の漢字プリントまだ出してないのあんただけ」

「にゅう……」


 大人に窘められた子供のような反応をする真奈。

 その仕草の一つ一つがとても愛らしい。


「………」

「ん? どうしたの、なっちゃん?」

「な、何でもない!」


 つい見惚れてしまったのを隠すように、渚は慌ててそっぽを向く。


「べ、別に、あんたはどうせまたずっと海外にでも行くんでしょ。それくらいなら、学校行ってからでも書けるじゃない」

「え~、そんなこと無いよ。お仕事だってあるし、なっちゃんと行きたい所だっていっぱいあるもん」


 父親が経営する会社が海外で大成功し、真奈の家が日本で十本の指に入るほどの大金持ちになったのは、つい最近の事ではない。その上、真奈自身も日本で大ブレーク中の人気アイドルグループに所属し、その愛らしいキャラで一部のファンから絶大な人気を得ている。


「はいはい。真奈が全部払ってくれるなら、私はどこにだって行ってあげるわよ」

「むぅ…私がそう言われるの一番嫌いだって知ってるのに、なっちゃんのイジワル……」

「ゴメンゴメン、軽い冗談よ。どうせ私は暇だから、あんたの予定に合わせるわ…っと」


 そんな話をしている間に、二人の目の前に長い坂道が現れる。

 二人の通う高校は、この坂を上りきった所にあるのだ。


「…いつも思うんだけど、この学校を作った人って絶対ドMよね。毎日毎日この坂を登ろうだなんて、一般人には考えられないわよ」

「一番高い所に建てたかったんじゃないかな? ほら、偉い人とかってそういう習性があるから」

「習性って……」


 そう言いながらも真奈の表情が曇ったことを見逃さず、渚は努めて明るく続けた。


「ま、どうせこの坂ともあと数カ月もすればお別れなんだし、もう少しくらいは付き合ってあげるわよ。ほら、行くわよ真奈」

「…うん。行こう、なっちゃん」


 そして、二人は並んで歩き始める。

 話の話題はすでに、今日の放課後にどこに寄り道をするかに移っていた。




***




「それでは、明日から夏休みに入りますが、皆さんはこの学校の生徒だという気持ちを忘れず、規則正しい日々を送ってください。では、また新学期に会いましょう」


 担任の言葉に、一瞬で喧騒に包まれる教室を抜け、二人は足早に学校を後にする。


「今日もやっぱり行く?」

「当然でしょ。行くよ、真奈」

   

 この三年間、何度となく通った道を二人で走る。

 坂道を下り、市街地を抜け、街の外れにある小さな森へ。

 二人だけの秘密の場所は、その奥にあった。


「もう…三年生の夏休みか……」

「うん……」


 ここ数日、二人で芝生に寝転んで話すお決まりの内容。

 それは、これからの進路の事。


「真奈はもう決まってるんだし、心配は無いわよね」

「なっちゃんも、そろそろ決めないと、これから大変じゃないの…?」

「…分かってる。分かっては、いるのよ……」


 高校卒業後、大学へは行かずに芸能界に入る事を決めた真奈。

 対して、渚はまだ何も決まっていない。

 何をやりたいかも分からず、志望校も決まらない。

 ただ、それなりの大学に行けるように勉強をしているだけの毎日。

 漠然とした不安はあるが、それが何なのかすら渚には分からなかった。


「夏休み中に、見つかると良いね、なっちゃんのやりたい事」

「そうね…」


 真奈の言葉にも、曖昧な返答しか出来ない。

 このまま時間が過ぎても、きっと解決なんてしないだろう。

 分かっていても、渚にはどうする事も出来なかった。


「…♪~~♪~」

「真奈…」


 会話が途切れると、真奈はよく歌を歌ってくれる。

 誰もが小学生の時に習った歌。渚も真奈も、大好きな歌。

 渚はしばらく目を閉じ、真奈の歌声に耳を傾ける。


(初めて会った時も、この歌が聞こえてきたっけ…)



 あれはまだ高校に入学してすぐの頃。

 私は友達を作ることが苦手で、いつも一人だった。

 周りでだんだんと仲良しグループが出来てきても、その輪の中に入れなかった。

 そんな中、何となく森を歩いていて見つけたのがここ。

 街の喧騒から切り離された場所。芝生に寝転ぶと、風の香りが心地よかった。

 私は毎日のようにここに足を運び、風の香りを全身で感じた。

どこからか誰かの歌声が聞こえてきたのは、そんな日が何日か続いた後の事。

 最初はぼんやりとしか聞こえなかった歌。

 それを聞いた時、自分だけの場所が壊されたような気持ちになって、逃げるようにそこから離れた。

 次の日も、その次の日も歌声は聞こえてきた。

 それが聞こえる度に逃げていた私は、次第にその声に耳を傾けるようになった。

 よく聞いてみると、その歌声にはどこか寂しさが混じっているように感じた私は、そっと声のする方へ向かった。


 ――そこで私は、天使に出会ったんだ。


 自分でもおかしいと思ったけど、森の木々に囲まれ、夕日に照らされながら歌うその姿は、そうとしか表現できなかった。


『…どうしたの?』

『ッ!?』


 あまりの事に呆然としていた私に、声をかけてくれたのは彼女の方からだった。


『私、斉藤真奈。あなたは?』

『…渚。高島、渚』


 きっかけはその一言。それでも、私達にはそれで十分だった。

 この日を境に、私達は毎日ここで他愛ない事を話し、歌を歌った。

 親友と呼べる仲になるまで、それから一ヶ月とかからなかった。



「…ん、あれ?」


 真奈の歌を聴いている内に浅い眠りに落ちてしまっていたようだ。

 いつの間にか、真奈の歌は終わっていた。

 上体を起こして辺りを見回すと、少し離れた所で街を見下ろしていた真奈を見つける。


「…?」


 その背中がいつもとどこか違っていて、渚は背筋に冷たいものを感じた。


「……真奈…?」

「何? なっちゃん?」


 渚の声に気付いた真奈が、ゆっくりと振り返る。

 いつもと同じはずの無邪気な笑み。

 しかし、渚はその笑みに違和感を覚える。

 普段の暖かな表情とは違う、氷のような冷たさがそこにはあった。


「もうこんな時間だし、帰ろ? 明日から夏休みなんだし、今日は早めに…」

「そうだね。でも、ちょっと待って」


 戸惑いながらも立ち上がり歩き出そうとする渚を、真奈が静かに止める。

 今すぐ走り出したくなる気持ちをぐっと堪えて、渚は真奈に向き直る。


「真奈…? 何か、あった…?」


 自分がうとうととしている間に何かあったのだろうか。

 しかし、親友の返答は全く予想外の物だった。


「……ねぇ、なっちゃんはさ、パラレルワールドって信じる?」

「ど、どうしたのよ一体…」


 いきなりの質問。

 質問の意図も意味も分からず、渚はただ呆然としてしまう。


「だからさ、パラレルワールドだよ。なっちゃん、知らない?」

「知ってるとか知らないとか…。そりゃ、小説とかテレビで聞いた事くらいは…」

「それで、なっちゃんは、パラレルワールドって信じてる?」


 真奈の真剣な表情が渚に突き刺さる。

 その視線は、今までに見た事の無いくらい鋭く、それでいてひどく脆くも見える不思議な物だった。


「真…奈……ッ?!」


 不意に、何か大きな黒い塊が落ちてきたような感覚が渚を襲う。

 頭が痛い。気分も悪く、酷い吐き気に襲われる。

 普段だったらすぐに座り込んでしまう状態でも、真奈から目を背ける事が出来ない。

 どこまでも深い真奈の瞳に縫いつけられたように、渚の視線は真奈へと向けられる。

 息が苦しい。心臓の鼓動がうるさいくらいに聞こえてくる。


「ねぇ、なっちゃん。私の質問に、答えて――」


 綺麗だった世界は姿を変え、今は真っ赤な血の色になっている。

 心地よかったはずの芝生は鋭い剣山に変わり、触れている部分に容赦なく突き刺さる。

 あんなに心地よかった風の香りも、もう感じられない。


「ま……な………」


 そして、渚の意識は暗い闇へと落ちて行った――――



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