第四話
夜半。
義勇軍が陣営に到着した後、ヴァミは、ハーピィ族と人間の混成軍を喧嘩仲間である裕也に紹介していた。彼もまた、義勇軍に参加しており、ハーピィ族を指揮するシルクの補佐の一人として在籍しているのだった。
「どうだ。これだけの人数が集まったんだぜ。これで戦争も勝てるだろぉが」
「まぁ、そうかもしれん。しっかし、よく人間と魔族がともに戦うようになれたな」
「シルクの嬢ちゃんとレティの嬢ちゃんのおかげよ。あの二人の頑張りが、今回の軍を作ったと言っていいからなぁ」
ヴァミはあの不思議な村での生活を思い浮かべていた。
当初、ヴァミもゾンローも、村人たちと大きな壁があった。二人の住まいにはシルクとレティしかよりつかなかったし、ヴァミもゾンローも不必要な接触は避けていた。寝る場所があれば十分とばかりに、適当に動物を狩りして食を保ち、適当に日々を過ごしていた。
しかし、徐々にその生活にも変化が起きた。
シルクとレティが、二人では処理しきれない村人からの頼み事を、こちらにもってきたのだ。もとより、狩り以外することもない。何の気なしに手伝いをしていたら、その出来が良かったのか、次から次へと頼み事が増えていった。そうして頼み事をこなしていく日が過ぎていくと、なんと、お礼として品物をもらっていることから、こちらの生活用品がどんどんと充実していった。服なんかも作ってくれるようになり、手先の不器用な二人には、大変助かる事柄が増えていったのだ。
そうして接する機会が多くなっていくと、だんだんと、会話をすることが多くなっていく。気が付けば、リュービと友だちになっていた。そして、村での会話の中心にヴァミはいた。人を笑わせ、自身も楽しみ、リュービから教わった歌を歌った。
特に、「あんぱまん」は最高だった。「あんぱまん」がどんな生物なのかはさっぱりわからなかったが、その歌詞の内容は素晴らしかった。なんのために生まれてきたのか。夢をまもるとはどういうことなのか、考えさせられた。そしてヴァミは決意した。魔と人の共存のために生きるのだと。これは兄のゾンローも大いに共感してくれた。
「村での生活はどうだ?」
「最高だ。歌って踊って。酒はないが、気楽にやれてる」
「それはよかった。仲良くやれてるみたいだな」
「あぁ。知ってるか? オレ様はリュービから教わったんだが、あんぱまんって歌があるんだぜ?」
ヴァミは歌った。
楽しそうに。
誇らしく。
だが途中で裕也が一緒に歌いだしたことにヴァミはびっくりしてしまった。
表情を確認して、それが面白かったのか、裕也は高笑いをした。
「なんだよ。知ってたのか」
「あっはっはっ。いや、そうだな。それは俺たちの国の歌だからな」
「勇者の国のか?」
「あぁ。勇者の住む国の、誰もが知っている歌だ。懐かしいな。こんなところで聞くとは思わなかった」
「素晴らしい歌だ」
「そうだな。こうして勇者になってみて、本当、身に染みるよ……」
「おっ。なんだ。泣きそうじゃないか。オレ様には歌の才能もあったのかぁ?」
「馬鹿いうな。少し、いろいろ思い出しただけだよ」
「ちっ。確かにまぁ、素晴らしい歌だからな。いろんな思いも詰まってるだろうよ。かくいうオレ様だって、いろいろと学ばせてもらったからな」
「歌にか?」
「あぁ。歌にだ」
「そうか……」
裕也が空を見上げた。
満開の星空だ。
伝え聞いた話では、勇者の国では、星が見えないほどに空気が汚れた過酷な環境らしい。想像もできないが、だからこそ、あのような異常な生物ができあがっていくのだろうと、ヴァミはなんとなく、考えた。
「なぁ」
「あん?」
「あんぱまんって、なんなんだ?」
裕也は、「そうだなぁ……」と考え込んでいた。
「そんなに難しい質問だったか?」
「いや。なんていうのかな。上手い言葉が見つからなくて」
「いいんだよ、そんなの。お前が思ったことを口にしてくれれば、オレ様はそれで満足なんだ」
「そうか、それなら……、そうだな。自己犠牲のヒーロー。みんなのために、自分のことを犠牲にして。みんなが幸せになれるように、自分の幸せを省いて……」
「なるほどな。ようやく理解したぜ」
「あん?」
「あの歌だよ」
「そうか」
「そうだよ」
風が吹いた。
穏やかな気候とはいえ、少し、肌寒いのかもしれない。
ヴァミと裕也はその覆われた筋肉のおかげでなんともないが、ハーピィ族は総じて厚い衣を纏っていた。今ではなんとも思わなくなったが、義勇軍に合流してきた彼らを見て、当初は、人間と同じようにヴァミは困惑してしまった。魔族の自分が、である。自身が望み、目指している夢なのだが、なんともおかしなことになってきた。それがたまらなく愉快だった。
「その歌……」
「なんだ?」
「その歌、リュービさんから教わったって言ったよな?」
「あぁ。そうだが?」
「リュービって、もしかして前の勇者から」
「らしいな。前は違う名前だったそうだ」
「だよな……」
「どうしたんだよ、らしくねぇ」
「いや、な。最近、考えてるんだ」
「何をだよ。オレ様とユウヤの仲じゃねぇか。おら、教えやがれ」
「上から目線かよ。冗談にしてもたちが悪いぞ」
「それは悪かった。だが、話をしてみるのも楽になるもんだぜ?」
「そうだよな。いや、これはまだ誰にも相談したことがないんだが……」
「どうしたんだよ?」
「ああ。前の勇者って、もしかすると、俺の知ってるヤツかもしれん」
「何言ってんだぁ? カエンダーとかいうふざけた野郎だろうが」
「あー、やっぱ、そうだよなぁ……」
「ったく。シルクの嬢ちゃんに、さっさと会っちまえばいいんだよ。あの子がどれだけさみしい思いをしてるのか、ちっともわかっちゃいねぇ」
「魔王になってるしなぁ……」
「ハーピィ族でお前たちをカエンダー城へ運ぶ計画をしてるみたいだから、そのときに会えるとは思うんだがなぁ」
「なんだそれ? 俺は聞いてないぞ?」
「あぁ、今、コーメイが話をしに行っている。たぶん、可決されるはずだ。アイツは口が上手いからな」
「そうか。いや、それよりもコーメイって、まさか……」
「あぁ。リュービと同じように、名付けられたみたいだな」
「何してんだよ、武……」
ヴァミは考える。
シルクにカエンダーの正体を教えるかどうかを。
いろいろ思案して。
いつも。
結局、やめてしまうのだ。
本人たちの問題なのだ。
これは、他人が関わってはいけないことなのかもしれない。
第一、本当にカエンダーがあの勇者とは、絶対に言い切れないのだから。
ヴァミは、夜空を眺めた。
こんなにも空は綺麗なのに。
世の中は、なんでスッキリしないのだろう、と。




