第三話
シルクは英雄たちの姿に、羨望の眼差しを向けていた。
この人たちがお父さんと一緒に旅をしてきた人なんだ……。
使者はすでに退席し、リュービ率いる義勇軍の軍師コーメイを呼びにいっている。なんでも自分は挨拶にきただけで、説明するのであれば、コーメイの方が適任というのだ。テントの中にいる人物は、シルクを含めてこれで7人。コーメイを入れて8人になるのだが、シルク以外、みんなが父の姿を知っていること喜びを禁じえなかった。
すごい!
偉い人ばっかり!
やっぱりすごい人なんだ、お父さんは!
シルクは当たり前のようにアベジンと挨拶を交わしているリュービを眺めた。
「はじめまして。私、実は、勇者タケシ様より『リュービ』と名付けられた、しがないむしろ売りです。細々とむしろを売っていたのですが、このたびの戦、かつて勇者様と交わした約束により、一念発起いたしまして、義勇軍を立ち上げた次第でございます。抗菌の乱の際には、ぜひ、と言われていたのですが、もしやこのことかと思いまして」
「ほぉ。タケシ様と。だが、根拠はどこに?」
「こちらです」
大事そうに、懐から木製の短い棒を取り出した。
なにあれ?
あんな小さな棒にアベジンさんたちみんなが驚いてる。
シルクが首を傾げていると、納得したのか、英雄たちは自己紹介をしはじめた。
「失礼した。それは誰も知らない秘宝。大切に仕舞われるがいい。俺は『キャプテンアベジン』と名付けられた騎士だ。仲間からはアベジンと呼ばれている」
「これはこれは。かの英傑と対面できるとは。なんという僥倖でしょうか」
大げさに嬉しさを表現したリュービは、その後も、英雄たちと、さも自身も似たような立場であるかのように挨拶を交わしていた。リュービの曲者ぶりに、シルクは苦笑した。
お父さんが『名付け』した人って、どうしてこんなに変わった人が多いんだろう?
シルクはリュービの経歴を思い出していた。
父との出会いは、病魔に冒されていたリュービの母のために、えっちらおっちら頑張って貯めたお金を使ってお茶を買いに出かけていたときらしい。そのとき賊に捕まり、なんとか自力で命からがら逃げ、追手と戦っているところをプランコとともに助けられたのだという。本来の名前は別だったのだけれど、それまでの経緯や話の流れで自宅の庭に桑の木があることを知ると、非常に喜ばれて『リュービ』との名前を付けられたのだと、リュービは楽しそうに語っていた。
シルクは知れば知るほど、父のことがよくわからなくなってきてしまっていた。すごい人物で母のことを愛していたことはよく理解できるのだが、それ以外の突拍子も無い行動には理解ができなかったのだ。けれど、みんなが感謝をしているように感じれたので、やっぱりすごい人だったんだなぁ、とシルクは父親の幻想に浸るのであった。
さらに、ゾンローも父に命を助けられたらしい。そのおかげで、シルクは以前、スパイダーマンに襲われたときに命を拾ったのだ。人にも魔族にも等しく優しい父。シルクは幼い頃から、父の温もりを常に探してきた。結果、今、その柔らかで上質な毛布にくるまっているかのような幸福感を得ることになっているのだ。母が生きていたら、父の話を聞いてどんなに喜んだことだろう、と想像を膨らませ、そして、シルクはより素晴らしい父の幻想に浸るのであった。
また、コーメイも父のことをよく知る人物のようだった。義勇軍を立ち上げたときに合流した人で、過去にリュービの補佐をして欲しいと頼まれたというのだけれど、これが中々の美丈夫で、その上、頭がものすごく良かった。行く先々での戦いで義勇軍を指揮して、圧倒的なペースで勝ち進んできたのだ。シルクの父への評価はうなぎのぼりだった。
「コーメイ殿、到着いたしました」
使者が作戦会議室の入り口でかしこまっていた。
そこに、噂の美青年が姿を現した。
使者はすぐに退席した。
それを見計らい、コーメイは、自身の主張を始めた。
「お呼びいただき、光栄でございます。私の名前は『コーメイ』。勇者武様の命により、リュービ殿の補佐をする役割を担っております。さっそくですが、策の説明をしてもよろしいでしょうか?」
「うむ。いいぞ」
「ありがとうございます。まず、私が伝えたいことは、この戦争、すでに勝ち戦が決まっているものだということです」
「貴様……。いや、どういうことだ。言ってみろ」
「寛大なお心に感謝します。戦争とは、国家の一大事でございます。となれば、一つの決断は、必ず勝てるはずだと、正確に判断できる状況でなければ行うべきではありません。その基本的な判断要素は、私が考えるに、五つあります」
「ほう。面白いことを言う。いったいその判断要素とはなんだ」
「はい。『道』、『天』、『地』、『将』、『法』にございます。『道』とはすなわち民衆の意思。今回の戦は、魔王による攻撃への反撃にございます。戦争自体は、統治者による決定ではありますが、しかし、今回に限って言えば、民衆の気持ちも反撃へと向かっております。その上、以前の戦争で勝ち得た平和と領土に絶大な信頼が統治者へと寄せられています。統治者と民衆の意思がかみ合っているということは、統治者の言葉に民衆は疑問を抱かないということです。疑問を抱かないということは、物事が素早く対応できるということにあります。信頼があるということは、死生をともにするということです。軍は強固な爪となっていることでしょう」
「なるほどな。タケシ様が見込まれるだけはある。では、他はどうなのだ?」
「はい。『天』でございますが、これは天候にございます。現在の気候は穏やかで、視界も良好。人間にとって大切な環境が整っているのです。これは『天』を味方に付けていると言えるでしょう。そして、次は『地』でございます。これは、地形のことにございます」
「だが、地図は完成していない。斥候を解き放っているが、詳細はそこまで分かっていない」
「アベジン殿!」
「いいではないか、イワゼよ。おそらくコイツは本物だ」
「信用していただき、ありがとうございます。では、続けます。その地形にございますが、地図のことはすでに解決しております」
「ほぉ……。もしや」
「さようでございます。ゾンロー殿、こちらに」
ゾンローが一歩、前に出た。
ざわつく天幕。
それはそうだ。
魔族が人間とともに行動をしているのだ。
けれども、ゾンローは、礼儀正しく頭を下げた。
「お初目にかかる。俺はゾンロー。過去、魔王に恨みを持ち、敵対していたものだ。勇者タケシには兄弟もろとも情けをかけられ、魔王とは違う心意気に恩を感じたゆえに、現在、彼の娘であるシルク嬢の世話をしている。シルク嬢、挨拶を」
「ひゃ、ひゃいっ」
うわー。
舌噛んじゃったよぉ。
恥ずかしいなぁ……。
油断していた。
まさかの、突然の指名にびっくりしてしまったのだ。彼女の見た目はティーンエイジャーだとしても、精神的にはまだ5歳にも満たない子どもなのだ。先ほどは勢いでなんとかできていたのだが、こうしてかしこまった状況になってしまった上で、いきなり対応しろというのも無理があった。
「あ、あの、あの。あたし、シルクって名前で、その、お父さんとお母さんは、えっと……」
「つまり、シルク嬢は今は亡きハーピィ族の皇女と勇者タケシの娘だ。この中にも、ハーピィ族の皇女のことを知っている者もいると思うが?」
「知っているとも。マリアだったか。気品のある女性であった」
「お母さんも知ってるんですか!?」
アベジンがその剣幕に驚いた。
「ああ。知っているぞ。魔王ドラゴンへの通り道を教えてくれた魔族だ。しかし、タケシ様とそのような関係になっているとは露知らず。そうなのか……」
「ほぉ。面白い。魔族に理解がある人間もいるのだな。ありがたいことだ」
「こちらも同じ思いだ。人間に理解がある魔族がここにもいることに驚いている」
「あの勇者を見れば、人間と魔族など些細なことだ」
「確かに。タケシ様にとって、人間と魔族の垣根などないも同然であった。俺たちがそれに気付くのは、だいぶ遅れてからなのだが」
「あの! お母さんは笑ってましたか!? その、お父さんと一緒にいて!」
シルクの必死な様子に、アベジンは、嬉しそうに破顔した。
「はっはっは。あぁ、いや、なに。すまない。そうか、そうだな、父も母もすでに他界しているのか。それは確かに気になるな。そうだな、幸せそうに笑っていたよ。男ばかりのパーティできちんと気付けていなかったが、言われてみれば確かに、タケシ様はよく気にかけていらっしゃった。そして、マリア皇女も同じく。なるほど。だからあのようなことに……」
「そろそろいいですかな?」
咳払いをしたコーメイに、思い出話が中断されてしまった。
残念。
もっと聞きたかったなぁ。
でも良かった。
ふたりとも、幸せに笑ってたんだ……。
「すまない。続けてくれ」
「かしこまりました。では、その『地』ですが、ゾンロー殿の進言により――」
コーメイが説明している。
しかし、シルクは、幸せそうに微笑むふたりを頭に浮かべ。
父と母の温もりを想い。
切なさと。
嬉しさと。
やるせなさを感じ。
自身の翼で身を包み込むのだった。




