第九話
「助かった」
ゾンローがクリスに話しかけてきた。
「何がデスカ?」
「ヴァミのことだ」
クリスは目の前で喧嘩をしている二人を眺めた。笑いあい、泣きながら、殴り合っている。避けようと思えば簡単に避けれる攻撃も、全てお互いが受け止めて。フェイントすればいいのに、一発一発、力を込めて全力で振るっている。痛いはずなのに、それでも我慢して。ガードしたいはずなのに、それでも防御せずに耐えて。嬉しそうに戦っている。
クリスには理解できない。
なんなの、アレ?
はっきり言って、わけがわからナイ。
痛いことシテ、でも笑ってル?
二人がしていることは、戦闘でもなんでもない、ただの喧嘩だ。それも、子どものような喧嘩である。意味がわからなかった。戦う必要だってなかった。そのまま村を助けて終わりなはずだった。けれど、裕也は喧嘩を吹っかけ、ヴァミはそれに応えた。頭のネジが一本、抜けているように思えた。
その上、ゾンローは弟のことで、助かった、と言う。なんのことやらさっぱりだ。
「どういうことデスカ?」
「ずっと落ち込んでいたからな。頼っていた兄上が殺されたんだ。それも、魔王にだ。それからグジグジグジグジ、なめくじ状態だった。見てられない、見てるコッチがイライラする。そんな状態だった」
「よく、スパイダーマンを倒せましたね」
「全部俺だよ。まぁ、だから感謝している。抱えていた怒りや悔しさ、悲しみを吐き出すことができるチャンスをくれたんだからな。しかし一対一での殴り合いとは。対等に渡り合ってるじゃないか。あの人間のあまりの成長ぶりは驚嘆に値する」
「ずっと、努力してましたから」
「ほぉ。その目、なるほどな。エルフと人間か。時代は変わっていくということか。人間の間では知らないが、魔族ではハーフは奇異に思われたり、生き物として扱われなかったりと、ひどい差別をされると聞いている。ヴァミの礼だ。俺たちは、そのようなことをしないことを誓おう」
「エルフではないデス」
「まぁ、隠そうと隠さまいと、俺にはどちらでもいい。誓ったという事実さえあればな」
「ク、クリスさん……」
勇人だった。後ろには綾瀬やコルト、タンネ、サトシがいた。みんな、どうすれば良いのか判断に困っているようだった。
「ボクたち、どうしようか」
「そうネ。村人の手当てに行ったらいいワ。レティなんかもう行ってるワヨ」
「でも、裕也が……」
「裕也はワタシ一人で大丈夫。ダメなときと言ったら、魔王がここに攻めてくるときくらいヨ」
「アテにされても困るな」
「アテにしてるワ」
「全く……。まぁ、いいだろう。おい、勇者。約束しよう。ユウヤとクリスに危害は加えないと。また、敵がきたら守ってやると。だから行ってやれ。村人たちは村の中央の大きな広場にいる。俺もせっかく助けたんだ。無駄にして欲しくない」
「じゃ、じゃあ、行くよ?」
「エエ。行ってらっしゃイ」
勇人たちはサトシの案内で、村の中央へと歩いていった。
なんというカ……。
戦ってるときは頼りになるのニ……。
「戦闘のときとは別人のようだな」
「ホント。顔はイイけど、普段はあんなカンジ。綾瀬もあれのどこがいいんダカ」
「面白いな。魔族も人間も。多面性がある」
「そうネ。それはワタシもそう思うワ」
どうやら決着がついたようだ。
先に裕也が倒れ、それからヴァミも力尽きたかのように大の字になった。地面に寝転がり、互いが見つめあい、互いが大笑いしている。呆れた。なんだそれは。青春ですか、友情ですか。昨日の敵は今日の友ですか。まるで少年漫画のようだ。
「力を使って、スッキリしたようだ。感謝する」
「裕也も、何かスッキリしたみたいデスカラ。こちらも感謝しマス」
「いい。しかし、人間か。変わらないのだな」
「そうですネ」
裕也とヴァミが握手をしていた。絆が生まれたようだった。
「ところで、黒髪のハーピィというのはまさか、勇者の子どもでしょうカ?」
「おそらく、そうだろう。サイトウ・タケシへの借りを返しただけだと伝えると、嬉しそうに泣いていたからな」
「今は、カエンダーと名乗っていマス。それに、そのことは勇者たちの中でワタシしか辿り着いていない答えデス」
最初は不思議だったけど、よく考えてみれば、不自然なところはたくさんあっタ。女神様とも親しかったし、クライスさんの態度も恭しかっタ。ビューテ姫の視線も凄かっタ。料理のことだったり、魔法のことだったり、剣のことだったり、いろいろ手馴れすぎていたしネ。前の勇者と考えたら、辻妻が合うことばかりダ。
「ほぉ。そういえば、カエンダーだったか。しかし、あのクレイジーな魔力量。明らかにあの勇者だ。体格が変わっているようだが、分かるやつには分かるぞ」
「でしょうネ。ですガ、それは内密にお願いできマスカ?」
みんなに言っても信じないだろうし、本人も隠したがってるしネ。突拍子もない話だし、説明のしようもないのはわかるけれど、もう少しおとなしく行動して欲しかったナ。この世界の人とならまだしも、ハーピィとの子どもってのは正直引くワ。ありえナイ。何がどうなってそうなったことヤラ。だから名前を隠しているのかもしれないけど、チョットネ。
「いいだろう。二度と敵対したくないからな」
「ありがとうございマス」
殴り合っていた二人はクタクタのようで、一歩も動かない。いいや、動けないのだろう。地面に座り込んでいる。これから救助もあるというのに、なんという体たらくであろうか。クリスまで笑顔になってしまった。
雲の流れは想像以上で、太陽の光をすぐさま遮ってしまう。
クリスは強い風の音に耳を澄ませた。
暖かく、力強く、誇らしく。
けれどもしばらくすると、クリスとゾンローの顔色が一変した。
絶叫が混じり始めたのだ。
それは段々と大きくなり、ついには正体が判明された。
悲鳴の主は飛んできた生首だった。
地面に転がる首。
血と砂が入り混じり、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
しかし何より不気味なのは、未だに生きていることだった。
「助けてくれェッ! あ、悪魔が……、いや、勇者の子どもはどうなった!? 教えてくれぇぇぇッ!」
クリスは嘔吐した。




