第八話
裕也は見た。
村に、いるはずのない人物を。
「お前は、……ヴァミ! どうしてここにッ!?」
勇者パーティ、全員が戦闘体勢だ。
忘れもしない、初日の衝撃。悔しくて、悔しくて。あれからずっと頭の中でも戦ってきた、緑色の鬼。旅で遭遇したどのモンスターやどの魔族よりも強かった。別格の、魔族。ヤツが、目の前にいた。そして、隣には青鬼も。
あいつがいる。
何度も夢に出てきた、あいつが。
このときをずっと待ってたんだ。
リベンジできる。
このときを。
裕也の身体が火照った。
「ちっ。よりにもよって、お前らか」
「ヴァミ、だから言っただろう。早く帰らないと面倒事になると」
「でも兄者、コイツぁ借りだ。あの勇者から命を拾った、その借りだ。返さねぇと夢見が悪い。兄者だってそう言ってたろ」
「それはそうだが」
無視。
この野郎!
握る拳が震えた。
「おいっ! 聞いてるのかッ!?」
「聞いてるぞ。ここにいる理由か。魔王の命令で、勇者の子どもを殺すためだ」
青鬼が淡々と答えた。
確か、ゾンローという名前だった覚えがある。
レティが叫んだ。
「では、シルク様はっ!」
「嬢ちゃんも子どもも無事だってオレ様は言ったろぉが。嬢ちゃんは今、ケガ人の手当てをしてるぜ。ったく、自分もケガしてるくせに、なにしてんだか」
「どういうことだ?」
裕也の疑問は、パーティ全ての総意であった。
ヴァミは面白くなさそうに続けた。
「あぁ? 魔族が人間を救護してんだよ。それも、魔族の嬢ちゃんもケガをしてるんだぜ? おかしいだろうが」
裕也は噛み付いた。
「そこじゃねぇ」
「あぁ?」
「殺しにきたお前らが、どうして何もしない」
「したぜ」
「何をだ」
「胸糞わりぃ魔族ぶった馬鹿どもを、全員殺した」
「どういうことだ?」
「だから、殺したって言ったろぉが」
「はぁ? お前、脳みそ腐ってんのか? 説明しろって言ってんだよ」
「説明してるだろぉが!」
「説明になってないから言ってんだよ!」
「理解しろや、このボケッ!」
「んだとぉ!?」
「あぁ!? やんのかぁ、あぁ!?」
「ヴァミ、よせよ。今はそんな気分でもないくせに」
「裕也も、ちょっと冷静になろうヨ」
「兄者……」
「クリス、でもなぁ……」
罵り合いは、しかしゾンローとクリスによって別のベクトルへと導かれた。
「では、聞きマス。まず、私はクリスといいます。あなたのお名前ハ、ゾンローさんだったと記憶しておりマスが、違いマスカ?」
「ゾンローだ。間違いない。お前は確か、勇者に味方するエルフだったな」
「違います。エルフではありまセン」
「そうか。まぁ、どちらでもいい。先の話だが、俺たちは魔族を殺した。同じく魔王ドラキュリアから命令を受けたやつらを」
「アイツら馬鹿ばっかりで」
「ヴァミ、俺が言うから黙ってろ」
「だってよぉ、兄者……」
「とにかくだな。村で、他のやつらの様子を見てたんだが、やつらはやり過ぎていた。あまりの無法ぶりに不愉快になってな」
「スパイダーマンもデスカ?」
「あの蜘蛛男のことを言っているのなら、そのとおりだ。俺たちは、戦う意思を持たないものや弱いものに攻撃するのは好かん」
「助かりまシタ」
「いや。元々、従う気のなかった命令だ。構わない」
「それでも、人が救われまシタ。ありがとうございマス」
「やめてくれ。くすぐったい」
「ところで、赤いお兄さんはどちらニ?」
けれども。
ゾンローとヴァミの顔が曇った。
どこかおかしい。
そのように裕也は思った。
あのまとめ役がいないはずがないのに、姿も形もないのだ。その上、話をするのに躊躇っている気配すらある。さらに不穏な空気も感じる。裕也は警戒した。
「殺されたよ」
「エッ?」
「あのあと、魔王ドラキュリアにな。だから俺たちはこの作戦を機に、離れようと思ってるのさ。そしていつか、あの魔王を殺してやる」
「あぁ。そういうこった。だからもう、お前らとやり合うこともないってぇわけだ。……そんな気分でもねぇし」
意気地のないヴァミを睨む。
またか。
またなのか。
また見失うのか。
俺の目標。
追いつこうとしている背中。
追い抜こうとしている憧れ。
くそッ。
いつもそうだ。
いつもいつもいつも。
勝手にどっかいきやがる。
走っていると不意にいなくなりやがる。
ちくしょう。
ちくしょうっ。
ちくしょうッ!
だいたいなんだ。
俺が目指した男のくせに。
弱ったような顔をしやがって!
アイツはそんな顔をしなかった。
アイツは親に殴られてる話を笑い話にしてた。
アイツは不倫や離婚のときだって笑ってたんだ!
それがどうして……ッ!
「なんだよそれ。ふざけんなよ……ッ!」
「あぁ?」
「兄貴が殺された? それで俺と競うのを止める? ふざけんなッ」
「あぁ? 何がおかしいってぇんだよ」
「お前たちはいつもそうだ。ずっとそうだ。昔からそうだ。人がせっかく目標にして必死こいて努力してると、いきなり前触れもなく突然止めちまう。馬鹿にしてんのかッ!?」
「あぁ? 何を言ってんだ?」
「オレ様って言ってただろ。オレ様じゃないのかよッ!」
「それがどうした?」
「オレ様ならさ、もっと格好つけやがれよッ」
「あぁ?」
「このくそ野郎ッ!」
瞬間、ヴァミの横顔を殴っていた。
衝撃波が生まれるほどの、身体強化魔法を乗せた一撃。裕也が、一生懸命、ヴァミを倒すためだけに築き上げた最高傑作だ。
吹き飛ばされるヴァミ。近づくも、いつまで経っても起き上がらない。
さらに裕也は腹が立った。
「おいッ! 聞いてんのかァ!」
「ちょっと、どうしたんだよ、裕也」
「うるせぇッ! バスケだってそうだ! 俺は思いつくできるかぎりのことをしたさッ。またアイツとやるためにな。それがどうだ。まだ一度もリベンジできてねぇ。同じコートに立つことすらできてねぇ。舐めんな!」
「ちっ、くそっ。痛てぇじゃねぇか」
「オラ、立てよ。立ってこいよォッ。一対一だ。タイマンだ、コラァ! お前もオレ様なんだろッ!? ちゃんと格好付けろよ! いつまでも情けない顔してんなよッ! チャレンジャーから勝手に逃げんなッ!」
「くそっ。なんなんだよ」
「まだそんな顔をしやがって!」
もう一発。
起き上がろうとしたヴァミの顔に一撃を加えた。
転がるヴァミに、言葉を乗せた。
「早く立てよ! 立ってこいよォ! 俺はまだ、一度もお前たちに勝ってねぇんだよッ! 小学生から何年間。毎日毎日毎日。朝昼晩! 走りまくってゲロ吐いてダンベル上げて筋肉痛になって。どれだけ努力してきたと思ってんだよッ!」
さらに一発。
今度は転がらない。
怒りの形相が返ってきた。
口元が思わず緩んだ。
「痛てぇじゃねぇかッ! あぁ!? 殺されてぇのか!?」
「舐めんなッ! 女々しい男に殺されるほど、弱くねぇ!」
「アッタマきた! お前、やってやろうじゃねぇか!」
「裕也だ! 腐った頭に叩き込んだらぁッ!」
「あぁ!? お前なんかの名前、覚えてやらねぇよ!」
「んだとぉ!?」
魔法を掛けた右拳でボディを殴る。くの字に身体が曲がるも、ヴァミは見事に耐え、殴り返してきた。テンプルにクリーンヒット。今度は裕也が吹き飛ばされた。
「オラァッ! 喧嘩売ってきたくせに、もうダウンかぁ、あぁ!?」
「うるせぇ! お前はもう三度もダウンしてるだろうがッ!」
すぐさま立ち上がり、ファイティングポーズを取る。
重い一撃だった。
やっぱり強ぇ。強ぇよ、コイツ。
でも、前ほどじゃない。
これなら余裕で耐えられる。
口元を拭うと、手の甲に血がついている。
おもしれぇ。
夢にまで見ていた。
再び、戦うことを。
できるうちにやっとかないと。
勝ち逃げされてしまう。
負けたままは面白くねぇ。
「あぁ!? 二度だ! ダウンは二度だッ! 間違えんじゃねぇ!」
「あんなしょぼくれた顔、ダウンと同じだ」
「ユウヤ、歯ぁ、食いしばれよッ!」
「ヴァミもなぁ!」
ド突き合いがはじまった。
ヴァミがボディを打つ。けれども裕也はそれに耐え、拳を頬にヒットさせた。一瞬ヴァミはグラつくも、力強い右フックが飛んできた。まともに顔で受け止める。衝撃。歯を食いしばって我慢し、今度はショートアッパーを顎に叩き込んだ。揺れる足。だがものともせずに、ヴァミが、アッパーを返してくる。綺麗に決まった。裕也の足が浮いた。
両者互いに全てが必殺のパワーを秘めている。しかし、二人はノーガードで笑った。
そうだ、もっと来い。俺も行くからよ。もっと来い。
左、右。裕也がフックを連打する。左右に弾き飛ぶヴァミの顔。だが、ヴァミの左ジャブ、右ストレートも決まった。ワン、ツー。今度は裕也の顔が後ろに飛んだ。
二人は避けない。全てを受け止め合っている。拳と拳。けれども、想いは伝わる。
「脚にきてるじゃねぇか」
「お前こそ腰が入ってねぇぞ」
「ちっ、くそが。重てぇパンチしやがって」
「今度は勝ち逃げさせねぇ」
青い獣が吼えた。
緑色の鬼が、獰猛に同調した。
そして、二頭は、堪り切った鬱憤を晴らした。




