第六話
レティは大変珍しい魔族だ。
なぜなら、勇者一行に助けを求めたハーピィである彼女は、シルクとともに人間の村に住んでいるのだから。
二人旅の中、たまたま魔族や魔物と親しいサトシと出会い、たまたま三人で休憩した村なのだが、いろんなことが絡まって彼女たちの住居となったのだ。立ち寄った際、当初は村人たちに警戒されていたが、サトシという希少な人間による仲介のおかげで、頼まれ事やコミュニケーションをしていくうちに、少しずつ、村人たちと彼女たちの距離は縮まっていった。しばらくするとサトシは都に帰ったが、二人は留まることにした。人を、知ろうと思ったのだ。彼女たちへの頼まれ事は多岐に渡っていた。高いところの掃除であったり、人探しであったり。自身が誰かの役に立てていることが嬉しかった。中には危険なこともあったが、けれどもシルクは常に微笑み、レティは常に一生懸命シルクの意に沿えるように努力した。結果、村人たちの信頼を得た。彼女たちの意思と行動力の賜物である。
さらに、勇者タケシの人間性を、サトシも村人も、きちんと理解していた事実が背中を後押ししてくれた。といっても、「確かにあの勇者様なら、まぁ、魔族に手を出していても不思議はないわな」と、女性関係にだらしなかったことが全般的に挙げられるのだが、好意的に受け止められていたために、結果、シルクとレティを守ることにつながった。
レティは忘れない。いつも微笑みを絶やさないシルクが、今は亡き父に守られていると気付き、感極まって泣いてしまったことを。旅に疲れ、父を知るサトシと出会い、人間の生活に興味を持ち、ふらりと立ち寄った村で知った父の温もり。この村に住むというシルクの決断に、表情を伺っていたレティは安心して頷いた。シルクの父母が夢見た理想郷は、シルクとレティに任されたのだった。
レティは、自分の足跡を誇りに思っている。
間違っていないと。
人と魔は、こうあるべきなのだと。
だからこそ、シルクに仕えることに、より喜びを感じているのだ。
私は、正しいお方のおそばにいる。産まれてきて、生死がどうなるかもわからない時代。飢餓に苦しみ、また、一度地獄に嵌れば抜け出せない時代。そんな中、私は正しいお方のそばにいる。それも、この世に生を受けて、いままでずっと。なんと幸福なハーピィなんだろうか。
生活を続けていると、ついには、村の外へのお使いまで頼まれるようになった。物々交換の荷物を持ち、村の外を出る。簡単なことだが、これは、よほどの信頼関係がなければ成立しない。その意味を悟ったとき、二人は、抱き合って喜んだ。レティはシルクに感謝し、シルクは父と母とレティに感謝した。当然、彼女たちは村人たちにも感謝した。お使い役はレティが担うことになった。
レティはきちんとやり遂げた。何度も、何度も。村人とともに近くの村まで歩き、頭を下げて依頼をこなした。村人と一緒にお使いをするうちに、近くの村に、勇者の血を受け継ぐ女の子がいるという噂を聞いた。スパイダーマンが近くで暴れているという噂と一緒に。スパイダーマンについては、すぐにサトシへ伝達を届けた。
前日のことだった。今日もお使いの日で、レティは村人たちと談笑しながら近くの村を訪れた。勇者の娘がいると噂される村だ。偶然、会うことができたのだが、なんともまぁ、小さくて可愛い女の子だった。自己紹介をしていると、突然、攻め込まれた。スパイダーマンを含めた、何人かの魔族が。
レティは必死に戦ったが、人よりも力の弱いレティでは歯が立たなかった。血だらけになりながら、レティは、連絡係をすることになった。救援を呼ぶというのだ。まずはシルクを。それから、スパイダーマン討伐に向かっているはずのサトシを。レティは力の限り飛んだ。
今、レティは勇者たちと共に、援護に走っている。最高の援護だ。綾瀬にキュアをかけてもらったおかげで、血は止まっている。さらに、火事場の馬鹿力なのか、疲労はたまっているのだが、風の馬と同等の速度で飛ぶこともできている。
勇者たちは急いでくれていた。必死に風の馬を操り、村へと向かっている。もうすぐだ。村は、もうすぐで見える。あと少しで助けることができるのだ。これ以上速く飛べない自身を恨んだ。速く、速く、速く……。レティは急ぐ。敬愛するシルクを助けるために。愛する村人たちを助けるために。レティは飛んでいる。
敵は強い。けど大丈夫。シルク様も、村の人も。大丈夫なんだ。
力の限り自身に言い聞かせた。実際は不安ばかりだ。ハーピィ族は弱い。シルクはハーピィにしては強い部類かもしれないが、決して、他の魔族がハーピィ並に弱いことなんてありえない。ゆえに、敵が複数であることもあり、勝てるはずがないのだ。それに、シルクの気性も関係してくる。レティはシルクの芯の強さを知っている。力に屈しない性格をよく知っている。レティの心配は高まるばかりだ。
けど。エルフ様がいる。
伝説では、知識の豊富な種族らしい。美麗で、緑の衣を纏い、弓を得意としている。レティは一目でクリスがエルフであると確信した。助けを求めていたことも手伝って。エルフは人間を助けたという記述も手伝って。シルクとレティが、人間と生活している背景も手伝って。レティはエルフに願った。知識によって、シルクが助けられることを。
そして。
レティは飛び続ける。
シルクを助けるために。
シルクを支えるために。
レティは、翼を使って。
青い青い空を、泳ぐのだ。




