第四話
「なんとか終わりましたね」
タンネが熊の生死を確認した後、クリスを気遣った。走り去った際に背後から感じた戸惑い。彼女には、おそらく、クリスのものだったように思えた。くまのぷーさんからのビカチュウ。なにか取り乱すことでもあるのだろうか。いいや、ないはずだ。確かに魔物が人に従っている姿は奇妙だ。彼女も心底驚いた。しかし、くまのぷーさんで驚き、その上電気ねずみで驚くなんて、二匹の共通点を知っていなければそんなことは起きない。二匹の共通点なんて、それこそ生まれたときからこの地に住んでいないとわからないことだ。召喚された勇者がそんなことを知っているわけがない。タンネは瞬間、ある疑惑を抱いた。
もしかして、クリス様は人に味方をしたといわれる、伝説の魔族『エルフ』なのかも?
この突拍子もなく、真実から外れた疑いは、けれども様々な推測に発展させるのに十分な信憑性があった。容姿端麗。緑色の衣に弓を携え、魔法の才能に溢れている。博識と思える、かねてよりこの地に住んでいたとも考えられる反応。サイトウ・タケシという名前にした驚き。並べてみれば並べてみるほど、『エルフ』と疑ってもしかたのない布陣とも考えられる。タンネは少し、クリスの領域に踏み入れてみた。
「大丈夫ですか?」
「ウン、大丈夫……。ちょっと混乱しただけダカラ」
「混乱ですか? 何かおかしなことでも?」
「ええ……。くまのぷーさんにビカチュウ? 冗談じゃないワ。これでトレーナーのサトシとか言い出したら、もう……」
「みなさん、はじめまして。俺はトレーナーのサトシです! コイツは相棒のビカチュウといいます。なっ、ビカチュウ」
「ビカチュウ!」
「そうくると思ったワヨ……」
「ク、クリス様はどうして!」
いいや。どうして知っているのですか、と聞くのも野暮なことなのかもしれない。だって、たぶん、誰にも知られないようにエルフであることを隠していらっしゃるのかもしれないし……。ということは、魔族が勇者様ということになるの? それはどういうこと? いいや。でも、クリス様はクリス様だ。人であろうと、エルフであろうと。人のために命をかけて行動される、素晴らしき勇者様なのだから……。
他の勇者たちは、何も疑問に抱かずに握手をしていた。タンネの疑惑は確信へと移り変るのも時間の問題だった。クリスもおずおぞとサトシと握手を交わしている。いつもは堂々としているクリスが、である。計らずも、タンネの疑問に答える形となってしまった。
「安心してください。誰にも話しませんから」
「タ、タンネ? 何か勘違いしてナイ?」
「大丈夫です。クリス様はクリス様ですから。どなたがどのようにおっしゃろうと、勇者様ですから」
「うん、わけがわからナイ」
「ところで、サトシさんはどうしてこんなところに?」
裕也の質問に、サトシは礼儀正しく答えた。
サトシの年齢は十四、五くらいか。にもかかわらず、礼儀を知っている。タンネは、シャイアンツの有望な人材であることを見抜いた。そして、それは間違いなかった。
「はい。俺はシャイアンツ軍所属の者なのですが、この近辺の村で、スパイダーマンが暴れていると聞いて、やってきたんですよ」
「スパイダーマンって、蜘蛛のモンスターでしょうか?」
「たぶん違うワ、綾瀬。人型のモンスターだと思うワ」
「よくご存知で。そうです。そのとおり、人型です。そいつが現れたので、討伐するために俺が派遣されたのです」
クリス様ッ!
これ以上はご身分がッ……!
見当違いにもほどがあるが、しかし、タンネはハラハラしていた。魔族と疑われて、攻撃されるかもしれない。たとえ魔物使いといえど、敵となれば容赦はしないだろう。真剣に、タンネは、ひっそりと臨戦態勢を整えた。世に言う一人相撲とはこのことである。
「この先に、そいつが占拠した村があります。その近くの村には前の勇者様のご子息もいらっしゃいます。勇者様方にご子息を保護していただければ、これは幸いかと。どうです? 共に行きませんか、勇者様」
「だが、俺たちには別の任務がある」
「援軍要請として、キャプテンアベジン様にお会いになられるというのでしょう? 任せてください。すでに、伝達を放っております」
「行こうよ、裕也」
「勇人。だが」
「私たちは勇者ですよ、青木くん」
「綾瀬さんまで。クリス……」
「行くしか、ないワネ」
「変更しても大丈夫か、コルト?」
「そうですね。サトシさん、村までどのくらいの距離でしょうか?」
「風の馬で、三十分もかかりません」
「大丈夫でしょう。どう思う、タンネ」
「ぷーさんとの消耗もそれほどでもないし、スパイダーマンなら、魔力、体力ともに問題ないと思うわ。裕也様、行けます」
「よし、行くぞ。元々、保護する予定だった勇者の子どもだ。すっきり解決といこうじゃないか」
まとまりかけた方向性。だが、それを急かすものが乱入してきた。
傷だらけのハーピィである。純白の衣を着込んだ人の姿に白い羽はまるで天使のようだが、見るも無残な状態であった。命からがら飛んできたのであろう。サトシの元までたどり着くと、着地もできずに転んでしまった。その上、ピンクな髪色の彼女の羽はボロボロで、ところどころに血が付着している。派手に散らばる羽に目もくれず、彼女は必死な形相でサトシに懇願した。
魔族が人に?
おかしなことだ。だが、どうやらサトシにとってはそうではないらしい。当然のように受け入れ、介抱していた。ということは、知り合いなのだろう。クリスのことも相まって、そういうこともあるのだろうとタンネは自身を納得させた。
「助けてくださいッ! ミルク様が、ミルク様が……ッ」
「まさか、スパイダーマンが」
サトシはそのように推測したらしい。
タンネもと同じ予想をつけた。
「スパイダーマンが村を襲ってきたんです。だから早くッ! お願いします! シルク様が向かっておられますが、状況は悪く。サトシさん、勇者様方、お願いします!」
「わかった。だが、どうして俺たちが勇者だとわかった?」
「黒髪は勇者様の証拠です! そんなことよりも早くッ! エルフ様もお願いします!」
「え、えるふ?」
「あーあーあー! 行きましょう! さぁ、風の馬に乗って、急ぐのですっ」
さらにこの後は戦闘なのだ。ハーピィが爆弾を投下したが、タンネは上手く誤魔化せたはずだと考えた。
疑惑は確信へ、そして確信は真実へ。
タンネの誤解は、この日、急速に育っていった。




