第二話
武は上機嫌だ。4月のクラス替えから一ヶ月しかたっていないので、隣の女の子の名前は分からない。親しくも無い。会話をしたことも無い。けれども美少女と歩いているのだから、現在、特定の異性とのお付き合いをしていない武の気持ちは高揚していた。
「帰りの途中で気付いたから、全力疾走ですよ」
「ふふっ。斉藤くん、足が速いって聞きました」
「そりゃぁ、ローラースケートを使ってるんで」
実のところ、ローラースケートではなく魔法を応用しているのだが、そんなことは口が裂けても言えないし、言うつもりも無い。変人扱いされてしまうし、第一、こんなことは隠れて遊ぶから楽しいのだ。ウィンが呆れている気配が伝わってくるが、せっかくの自分だけの特権だ。使わないと面白くない。
「って、何で知ってるんです?」
「有名ですよ。すごく速いって」
(おい、だからいつも言っているだろうが。きちんと周りを見て行動しろと)
ウィンが横槍を入れてきたので、小声で武は返した。
(なんだよ。いいじゃねーか。速いっていっても、足なんだからさ。アッチが早いって噂じゃないんだから)
(阿呆。下品だぞ)
(へっ。こちとら若いんでね)
ひそひそと小声で罵り合っていると、不思議そうな顔をして女の子が首をかしげていた。
「どうしました?」
「あっ、いや。虫が耳元にいたんで」
また何かごちゃごちゃと雑音が聞こえてきたので、武は無視して会話を続けた。
「そんなに噂になってるんですか?」
「青木くんがよく言ってます。斉藤くんはバスケをまたするべきだって。地元で有名だったって。身長も高くてすごい身体能力、それからきれいなシュートフォーム。抜群の才能だったのにって」
あいつ、あきらめてなかったのか……と、武は未だにバスケ部に誘ってくれる友人のことを考えた。まだ間に合う、とも言ってくれる。武の身長は185センチ。体格も良くてその上筋肉質。スポーツするにはもってこいの体だ。
武がまだ、魔法を知らなかったころのクラブ活動だ。背だって今より20センチは低かったかもしれない。とにかく必死にプレイしていた。とにかく楽しかった。その当時のことを評価してくれているのは嬉しいことだった。けれども今は、魔法を知ってしまっている。さらに扱い方も上達している最中だ。武は、スポーツを昔のように楽しめないことを嫌というほど知っていた。
「バスケは止めたから」
「そうなんですか。私から、青木くんに伝えておきます。私、バスケ部のマネージャーしてるんです」
「裕也から聞いたんですね。だから俺の名前を」
「ええ。あ、私の名前、わかります? 綾瀬です」
「ああ、よろしくです」
武の耳に、雨音が聞こえた。
大粒だった。
「こちらこそ。……雨がひどいですね」
最近、奇妙な力が働いている。そのせいで、天候も崩れやすくなっているのを武は感じていた。
「折りたたみ傘、机に掛けといてよかったぁ」
隣で、綾瀬が一人、安堵していた。