第二十二話
勇人の目の前で戦闘が再開された。
棍棒を手に近づく大柄なヴァミ一人に対してタンネがファイアボールを放ち、棍棒で打ち払っているところをすかさずプランコが足払いを仕掛ける。棍棒で対応しようと慌ててプランコに狙いを定めると同時にコルトが空いたヴァミの左腕に切りかかった。それを見たヴァミが硬くなる魔法をかけた左拳を力任せに振い剣を弾く。隙ありとばかりにプランコが右腕を切り落とそうと鋭い斬撃を加えるとヴァミは腹の底から咆哮をあげて衝撃波を周囲に発生させた。三人が吹き飛ばされる。そしてまた、タンネがファイアボールを唱えた。
勇人は震えていた。いや、勇人だけではない。裕也も震えていた。さらに、綾瀬も震えていた。そして、クリスも震えていた。勇者一行は等しく恐怖で震えていた。初めて見るモンスターに。初めて見る魔族に。撒き散らされる濃厚な死の香りに。勇者という現実に。戦わなければいけないという現実に。勝たなければいけないという現実に。
安全な旅だと聞いた。旅の訓練だと聞いた。一ヶ月もあれば帰れると思った。
それがどうだ。
目の前では命のやり取りが行われている。刃が飛び、血が飛び、魔法が飛んでいる。何が起こっているのか勇人には理解ができなかった。最強と教えられたプランコが成す術もなく、ゼブンと呼ばれたプランコよりも大きい赤鬼に切り傷を作られていたことも。モンスターが会話をして、その上で一人だけで戦っていることも。前の勇者と戦うためにやつらが来たということも。今の勇者が自分自身だということも。ここに、武がいないことも。
怖い。
恐ろしい。
死にたくない。
帰りたい。
こんなところにいたくない。
日本で笑っていたい。
ゲームがしたい。
モンストーハントーがしたい。
コンビニで立ち読みしたい。
今日は週刊少年ヤンプーの発売日だ。
学校に行って、授業して、休憩中にヤンプー読んで、裕也とだべって、授業して、昼休みに弁当食べてバスケして、それから授業して部活だ。バッシュを履いて、走って、バスケットボールを持って、ドリブルして、シュートして、それから……。
わかりたくなかった。
自分自身が勇者であるということを。
勇者とはなんだろうか。勇気を持って戦う人だろうかと答えを導いてみるが、初心者勇者の勇人にはさっぱりわからない。勇気を与える人だろうか。みんなを支え、希望を与える人だろうか。みんなのために行動する人だろうか。みんなを助ける人だろうか。みんなを守る人だろうか。
勇者とは何なのか。さっぱりわからなかった。
日本に帰って……。
でも帰る場所はあるんだろうか。
こんな格好して、魔法を覚えて、本物のモンスターを見てしまって。
今にも棍棒で頭を潰されそうなコルトを見捨てて。
コルトの前に横っ飛びして棍棒を身体で受け止めてた血だらけのクライスを見捨てて。
片腕を抑えながら、それでも魔法を唱えるタンネを見捨てて。
できるのだろうか。
受け止めて、行動することができるのだろうか。
ボクに。
見捨てることが?
それとも助けることが?
できるのだろうか。
わからない。
本当に、わからない。
さっぱりだ。
けれど。
ボクは。
剣を持っている。
盾を持っている。
魔法を持っている。
戦う力を持っている。
足は震えている。
手は震えている。
瞳からは涙が流れている。
鼻水だって出ている。
おしっこだって少し漏らしてしまった。
けれど。
ボクは、戦う力を持っている。
女神様と出会い、世界を助けようと思った自分がいる。
手は動く。
腕は動く。
足は動く。
膝は動く。
血液が波打っている。
そうか、そうなんだ。
相変わらず手足は震える。
でも。
ボクは。
勇者なんだ。
「うおおおおぉぉぉぉッ!!」
そして。
勇人は勇者となった。




