第十九話
「くそっ、くそっ、くそっ!」
武がしょんぼりと立ち去っていく姿を背景に、勇人の目の前で、コルトが悔しがっていた。無理もない。教える側であるはずの騎士が、教えられる側に一方的にやられてしまったのだから、心中、穏やかでいるはずがない。眺めることしかできない勇人に、裕也が声をかけてきた。
「あいつ、すげぇな」
勇人は頷いた。
「昨日いなかったのは、秘密の特訓でもしてたのかな?」
「特訓? 特訓か……。確かに人目に付かないところでも練習するようなヤツだったが」
「だったらそうだよ。ボクたちが頑張ろうと話し合ってたときにはもう、行動してたんだよ。すごいよね。タケ……、カエンダーは。先を見据えていて。努力する天才って感じだねぇ。見習わなきゃ」
「そんな高尚なもんじゃないと思うぞ」
「じゃあ何さ」
「ただのかっこつけじゃないか?」
「あぁー。それもありえそう」
「ユウト様、ユウヤ様。なんなんですか、あのカエンダーというものは!」
鼻息荒く、コルトが質問を投げかけてきた。
そうだよね。勇者は最初、力を扱いきれていない状態で召喚されるって聞いてたみたいだから、そりゃぁ、こうなるよね。あんなに何もできなくて、クライスさんが途中で助けに入るぐらいだったし、こうなるよねぇ。クライスさんのこと尊敬しているみたいだし。
「あいつと戦ったやつはみんなそう言う。な、勇人」
裕也の問いかけに、中学時代でのバスケットボールの対戦を思い出して、苦笑した。
「そうだねぇ。ボクも言ったことあるかも。理不尽だってね」
「俺も思ったことがある。そう思って、鍛えたよ。これがその証拠」
と、片腕を上げた。筋肉の盛り上がりは、鎧の厚みにプラスされて反映されていた。
「一度も勝ったことはないが」
「勝ちましょう! 僕たちの手で、勝利をつかむのです!」
「いいねぇ。ボクも賛成だよ。みんなでカエンダーを追い抜こう!」
「そうだな。よし、やるか!」
わいのわいのと団結していると、ゴホン、と咳払いが聞こえた。
「さて、みなさん。目標ができてよかったです。大いにこのことが剣の道につながることでしょう」
あれ? クライスさん、目が笑ってない……?
「コルト。カエンダー様との戦いは短いものでしたが、今までで一番動きがよかったです。上段斬り、横払い、突き。そして体当たり。どれも回避されましたけれど、素晴らしい一撃でした」
「ありがとうございます!」
けれども段々と目つきが鋭くなってくる。
こ、怖い……。
勇人には背中に黒いオーラが見えるような気がした。
「しかしカエンダー様は手加減をされていました。突き、小手。そして最後の一撃。どれももう少し力が加えられていたらあなたは地面を転げまわっていました。これは理解できますね?」
「は、はい……」
「よろしい。では、最後です。あなたはカエンダー様を侮辱されましたね?」
なんか知らないけどヤバイ!
コルトが挙動不審だ。
「えっ!? いや、その……」
「問答無用。その罪、身体でもって知りなさい」
「え? う、うわあぁぁぁぁ!」
そうして。
コルトは綾瀬の回復魔法の練習に付き合うハメになった。




