第一話
「ホント、魔法って便利やわぁ」
すっかり禿げた桜の木々の間を、斉藤 武は軽やかに走っている。学校に課題を忘れてしまったのだからしかたない。早く学校に戻らなければと、足に魔力を乗せて加速させ、さらに風の援護も受けながら疾走しているのだ。その速度は自転車を軽く上回るほどで、道行く人が、ギョッとしている。
武は口元をニヤりとさせた。
(驚かして楽しむか。お主は本当に性格悪いな。それに、魔法といっても、現代に生きる高校二年生が何を言う。中二病か?)
武の肩に乗る、妖怪カマイタチのウィンが真面目くさった顔をして武をたしなめた。
(普通なら、我を見ることも感じることもできぬというに……)
「あいにく、普通の経験をしてないんでね」
(元勇者か……。にわかには信じがたいが、お主はのう……)
「なんだよ? なんかいやな含みだな」
(阿呆だからなぁ……)
はぁ、とウィンは顔を背けた。
イラッときた武がウィンを睨む。
「うるせーッ! そのアホに捕まったバカには言われたくねーよ」
(馬鹿!? 馬鹿といったな!?)
「バカだろ! チーズ入りねずみ取りかごに引っかかる妖怪がどこにいる!?」
(逃げれぬようにかごに魔力が通っとるなんぞ、誰も予想できんわ!)
「お前バッカ! お前バァカ! やられたらそこで終了なんだよ。契約したろ!」
(ぐぬぬ……)
「へっ、ばーかばーか」
武のドヤ顔に、ウィンがあさっての方向を向いた。
「俺の勝ちだな。……って、うぉぉぉ!?」
ずしゃぁぁぁぁ、と武は顔面スライディング。突然、風の援護を失った武はバランスを崩してこけてしまったのだ。「いってぇ!」と武はわめいたが、どうやらちょうど校門に着いたようだ。
「我の勝ちだな」
フワリと肩から頭へ飛び移ったウィンは鼻で笑った。
くっそぉぉ、と涙を浮かべながら武は立ち上がる。鼻がヒリヒリしていたので鼻を擦ると、血が出ていた。あー、鼻血まで出てるやん、とポケットを漁るもティッシュがない。そもそもハンカチもない。どうしようかなぁ、と思案に暮れていると、可憐な声が聞こえた。
「ティッシュ、貸しましょうか?」
見ると、そこには大層な美少女がいた。同じクラスの女の子で、垂れ目が印象的な優しげな顔で、大きな瞳は引き込まれそうになる雰囲気をもっている。小さくかわいらしい艶のある桜色の唇もまた、たいへん、おいしそうだとも、武は思っている。スレンダーな体型がこれまたどストライクなのだ。しかし名前は覚えていない。
「すみません。ありがとうございます」
笑顔で受け取り、丸めてつっこんだ。
「助かりました」
お礼を言い、玄関に向かう。すると、彼女も同じ方向に歩いてくる。なんのこっちゃ、と首をひねっていると、
「忘れ物をしたんです」
彼女はハニカんで応えてくれた。
恥ずかしそうにする表情がまた武にとって、それはそれはエロティシズムを刺激され、最高にテンションが上がった。
「実は、ボクもなんですよ」
必殺、ニッコリスマイル。キラんッ☆
「ははは……」
彼女はひきつっている。効果はいまひとつのようだ。
しかし武はゆるぎない。MAXテンションのまま、教室へ一緒に行くことにした。
「いや、俺の勝ちだ」
と、小さくウィンに勝ち誇った表情を向けることも忘れずに。