第十七話
女性魔道士タンネは、勇者クリスの魔術指導を行っていた。
魔力の流れを感じ、操作し、手の平に集める。そうして集まった魔力を一気に身体を駆け巡らせ、また手の平に集める。繰り返すことで魔力回路がつながりやすくなり、魔法が打ちやすくなる。この基本動作で魔力の流れを掴んでおけば、後は才能だ。イメージと詠唱でどのようにでもなる。それが魔法だった。
クリスはコツを掴むのが早く、ある程度経つと、魔力操作がスムーズにできるようになった。しかしそれからが難しい。手の平に集めた魔力を、外の魔素を利用して魔法と成す。簡単にできることではない。詠唱一つにしたって人それぞれで、タンネが使った「ファイアボール」にしても、人によっては「ファイア」であったり「火の玉」であったり長い長い詠唱であったりで、決まった形式は存在しないのだ。つまりは想像力の問題であって、同じ「ファイアボール」でも使う人が違えば違う魔法になる。
けれどもついに、クリスは水玉を作り出すことに成功した。
「ウォーター」
ふよふよと手の平の上を浮いている水弾に命令する。
「シュート!」
すると的に目掛けて飛んでゆき、ピシャン、と命中して弾けた。
「やったっ。成功したヨ!」
「すごいです! 才能ありますよ、クリス様」
「アリガト。でもワタシはみんな魔法使えるって聞いたよ?」
「それはそうなんですけど……。そうですねぇ。クリス様は水を使われるじゃないですか。でもそれってとっても珍しいことなんです。ほとんどの人が身体強化で、ちょっと力が出るおまじないって感覚で使ってるんですよ。それに、使っちゃうと身体中が痛くなったりするので、滅多なことじゃ使いません。水ってだけでもすごい才能なんですよ」
「そうなんダ。でもアレ見た後じゃ、ネ?」
「カエンダー様ですか……」
勇者カエンダー。素顔も名前もベールに包まれた、なぞの人物。
蒼い炎を作り出し、周囲を驚かせたその魔法は、魔道士とされるタンネにおいても未知のレベルであった。色もそうなのだが、いや、色こそはじめてみるもので心底驚いたけれども、タンネの度肝を抜いたのは色ではなかった。魔法に込められた桁外れの魔力量であった。
アレができるということは、つまり、目の前の生き物を一瞬で燃やし尽くすことができるという証明であり、それは、過去に戦ったことのある魔族でもやらなかった行為だ。アレが魔族にできるのならタンネは瞬殺されていたはずなので、まず間違いなくやらなかったのではなく、魔族でもできないと考えていい。それを軽々とカエンダーはやってのけた。
戦闘には役割というものがある。魔道士が、タンネの使ったような火の塊などを相手にぶつける。そこで敵に隙を作り、剣士が止めをさす。そうして助け合い、戦い抜いていく。時には魔法ではなく弓矢を使用するが、魔法は弓矢とは違った方向性をもたせることができるので、より様々な援護が可能になっている。役割を担い、全うする。戦いとはそういうものだ。一人でするものではない。
しかしカエンダーにはそれができるはずだ。魔族のような、否、魔族以上の戦いぶりが容易に想像できる。一人で魔族級を圧倒することが容易に想像できる。魔族が命乞いする姿が容易に想像できる。とても異常なことだ。タンネには断定できた。クライス隊長でも勝てない、と。タンネはカエンダーを恐ろしく思った。
「魔法に関してですが、私もあの方のようなことはできません。おそらく、同じことができる人はいないのではないでしょうか」
「えっ!? 簡単そうにしてたヨ?」
「簡単にできたら、全滅寸前にまで追い込まれません」
「そっか。そうだよネ。ごめんネ」
「いいえ。大丈夫です。ですがあの方は以前、どのようなことをされていらっしゃったのですか?」
懸命にクリスは思い出そうと少し頭をひねるが、
「ゴメン。ワタシもあんまり知らないノ。でも、なんかバスケですごかったらしいヨ。う~ん。バスケって言ってもワカラナイか。この世界でいったら……。そうだネ、誰も勝てない剣士って感じかナ」
「あんな魔法が使えて、凄腕の剣士なのですか……」
どうやったら、どんなパーティなら勝てるだろうか。剣の腕にもよるけれど。模擬戦をしたらいいかもしれい。カエンダー一人と他の勇者様方四人のパーティで。もちろん、手加減をしてもらって。いざとなったら隊長もいるし、大丈夫。
「クリス様」
「ウン?」
「頑張りましょう」
「ウン!」
クリス様は習得が早い。後は当て方のバリエーションさえ覚えれば、すぐにでも実戦で活躍されるはず。後は……。
気付けばタンネは、剣士たちの様子を伺っていた。




