第十六話
朝、武は白い仮面越しに、他の勇者パーティと一緒に訓練場でプランコの武器さばきを見ていた。
ロングソードを斬り下げると、流れるように膝のバネを利用して斬り上げる。さらにベクトルにならって回転斬り。芸術と思える流動は剣舞といわれるもので、主に貴賓を楽しませるための見世物である。しかしその舞いで振り下ろされる刃の鋭さは武が以前見た戦いのときよりも増しており、なかなかに迫力がある。殺気をチラつかせながらの演舞だったので、勇者一行を本気で鍛えようとしている姿勢が伝わってきた。
次に、プランコの横にいたコルトという若い騎士が同じ動きを見せてくれた。武には筋肉の動かし方や力の入れ具合、抜き具合のタイミングの稚拙さがはっきりと理解できてしまったが、裕也や勇人、それから女性陣にはその差がわからなかったらしく、「流石だなぁ」と感心しきっていた。
本日行うことになる訓練は、プランコとプランコの部下である騎士コルト、同じくプランコの部下である女性魔道士タンネ、応急処置としてヒーラーであるビューテ姫とマスコット的に幼子シータが協力してくれるらしい。シータは武とビューテの子で、黒い髪の毛がくるくると癖のある、好奇心旺盛な男の子だ。しゅごい、しゅごいと小さな手を叩いて喜んでいる。武はそんな様子に頬が緩んだ。
最後にタンネが魔力を練り、「ファイアボール」と唱え、火の塊を空中に作り上げた。それを設置してある的に向けて発射する。見事に真ん中に命中させ、シータや勇者たちを喜ばせた。
久しぶりに目撃する魔法らしい魔法に武は懐かしむ。
へぇ~。この国も、底力をつけるように努力してきたんだなぁ。
感慨深げに頷くが、隣の二人はどうにも不機嫌だ。ウィンとエンだ。
ウィンは朝からイライラしていた。
召喚初日から朝帰りを果たした勇者武を待っていたのはお説教だった。いきなり朝帰りなんて聞いたことがない。何を考えているんだ。もっと考えて行動しろ。その場のノリで答えるな。相談してから決めるべきだ。この諸悪の根源が。この世界の人たちに謝れ。などなど。朝帰りはビューテをなだめたり子どもの寝顔を見たりとやましいことはないのだけれど、正直、反省していることが多いので、耳の痛い話だった。
しかしそれを止めた懐かしいパートナーがいた。炎の精霊エンである。
彼は、どうやらウィンとは昨晩知り合ったようで、ウィンとともに武の帰りを待ってくれていたらしい。変わったところは魔力の大きさと服装。魔力の大幅増量に武は驚いたが、極端に魔法の使いづらい地球で、冬は暖房代わりに、夏は冷房代わりと常に魔力制御や魔法を使っていたために、御しきれないほどではないと判断できた。服については、痛々しい自身の過去を刺激してしまったために、あまり直視できないツラさがあった。けれども裕也たちにたまたま仲がよくなった身分が高い特殊な騎士候補生として紹介しなければならなかったときにはそうしなければいけなかったが。
そんなエンが不機嫌になっているのはあの小さなファイアボールのせいだ。炎の精霊としての矜持が傷つけられたらしく「小さすぎる」「遅い」「もっと派手に」「なんなら僕が」と恐ろしいことを呟いていた。加減のできないエンがそんなことをしてしまうと訓練場の壁を破壊するだけに収まらないのだ。
そんな流れで二人の機嫌は悪かった。
しかたない。ちょっくら流れをかえますか。カッコイイ親父の姿も見せたいし。
武は成長した姿を魅せるべく、行動に移した。
「ちょいちょい、ウィンさんや」
「なんだ?」
「相談事なんですがね。例のアレ、やってみようと思うんですが」
まずは相談。
ウィンに反省している姿勢を見せる。
「ヨゴバマぼっち計画のためにも、いいんじゃねぇですか?」
計画とはつまり武を囮にするという、前日出た安全策のことだ。そのためにも、囮ができるほど他の勇者とは実力が違うんですよー、とアピールする必要がある。それにはウィンも納得していたので、おそらく例のアレには頷くはずだと武は計算していた。
案の定、しばらく考えた後、
「好きにしろ」
とOKサインが出た。
ではでは、と魔法を必死に行使しようと悪戦苦闘している勇者たちを尻目に、一歩、前に出た。
「見ていただきたいモノがある」
「どうなさいましたか? カエンダー様」
プランコが台本通りに反応した。
残念。コイツ真面目過ぎて演技力ってもんが全くないな。大根すぎる。でも。こっから先はアドリブだぜぃ。ふひひひひ。どんな反応するかなぁ。
「蒼炎」
魔力を込めた言葉に反応して、両足の間から青い火が出現した。存在しないはずの蒼い種火。火は炎へ。そして業火へ。どんどんと膨れ上がり、最終的には武を包み込んでしまった。それには戦いの場を経験したプランコもコルトもタンネもビューテも、何も知らない裕也や勇人や綾瀬やクリスやシータも、炎の魔法を熟知しているはずのエンも、青い炎が例のアレだと知っているはずのウィンも、全員驚愕した。
蒼炎とはタネを明かせば複合魔法である。武本来の属性は炎であるが、妖怪ウィンと契約したために風の魔力を練ることもできるようになったのだ。地球にいるときは電気の必要ないクーラーとして大活躍させていた風の魔法だが、遊びで炎の魔力と合わせてみるとアラ不思議。青い炎が出来上がったのである。
予定では手のひらサイズだったが、それを派手にしてみたのだ。しかし、ただ単に大きくしただけでは面白くない。そう思った武は、自分を炎で焼いてみたというわけだ。きちんとクーラーの魔法を重複して使い、温度管理もばっちりな仕様にして。これだけ高高度な魔法だ。さぞ、賞賛や絶賛の嵐に違いない。
武は憧れの目線を期待した。
だがしかし。
悲鳴。
驚嘆。
混乱。
誰も知らない魔法のさきにあるのはパニックだった。
シータは泣き叫び、プランコは「姫様、回復魔法を!」と必死に指示を飛ばし、ビューテはヒステリックに取り乱しながらも魔力を練る。コルトとタンネは希望の勇者が燃え盛るという状況に上手く対応できずに涙目でオロオロしており、勇者一行はあまりの事態に立ち尽くしている。ウィンは頭を抱え、エンですらも、僕が魔王の魔力を食べたからこんなことになったのだろうか、と嘆いていた。阿鼻叫喚。まさに、阿鼻叫喚であった。
あれぇ? なんか期待したのとは違ったけど。まぁいいや。
予想以上の反応に満足して、スッ、と炎を消す。
「フッフッフ。どうだ、すごいだろう」
「阿呆やりすぎだッ!」
スパーン!
ウィンのハリセンが武の頭で炸裂した。




