第十三話
一方そのころ。
偉大なる風の精霊は迷子になっていた。
「なんてことだ。これではあやつに笑われてしまうぞ……」
こうなってしまったのはつい先程のやりとりに原因がある。
相方とも呼べる男の第二の故郷で、そいつにイイところがあるから付いて来い、と案内され。わけもわからず歩いていくと、そこには空一面の輝く星。ゆっくりした語らいの途中、夜の見張り台で、相方が古い知り合いと出会う。気持ちを察し、積もる話もあるだろう、とローブをなびかせてその場を去るというクサイ演出をする。その上キザな台詞を置くのも忘れていない。道化だ。すると結果は迷子だ。そしてさみしくての独り言だ。
「恥ずかしい。恥ずかしいにも程がある」
コツン、コツン。
真っ暗な廊下をアテもなく歩く。
「しかしまぁ、西洋風の城というのは、どうしてこうも肌に合わないのか」
「それはキミがこちらの住人じゃないからだよ」
「誰だッ!?」
「炎の精霊さ」
ウィンが緊張して辺りを警戒していると、目の前から炎に包まれた人型が歩いてくる。白いジャケットと黒シャツを合わせた白パンツ男だった。スラリとして長身。柔和な顔つきで好青年という印象を受ける。赤い髪というのがいかにも炎な感じだ。
いやもうこれ以上登場人物増やすのは止めた方がいい。まだ召喚一日目だというのに設定崩壊するぞ!
風の精霊は戦慄した。
「あれ? 服おかしいかな? タケシの記憶を頼りに作ってみたんだ」
「我にはなんとも言えんな」
「そっかぁ。人じゃないもんね」
「ッ!?」
瞬時に戦闘体勢。後ろに飛んで間合いを作る。
自称炎の精霊は、ただただ、笑っている。
「目は大丈夫か?」
「ごまかしても無駄だよ」
「確かに我は風の精霊だ」
「それも嘘。わかるよ。だって感覚が違うもん」
「なんだそれは?」
「感覚は感覚だよ。でもモンスターでもないみたいだね。おかしいな。キミからはタケシの匂いがするよ」
「お前は誰だ」
「だから、炎の精霊だよ。勇者タケシのパートナーさ」
「なぜココにいる?」
「キミは質問ばかりだね。その前に、なんでキミからタケシの匂いがするのかな?」
「タケシと契約しているからだ」
「精霊でもないのに?」
「我はタケシの世界における見えない存在だ。妖怪、と分類される。モンスターと精霊の中間のようなものだ」
「なるほどねぇ。浮気されちゃったわけだ」
「あやつが浮気性なのは知ってるはずだろう」
「あはは。その通りだね」
和らぐ精霊の表情。
だが警戒は解かない。ウィンは違和感を覚えているからだ。
ありえない、と。邪な力が見えるのだ。
「コレかい? コレは魔王の魔力だよ」
「お前こそ浮気性ではないか」
「あはは。確かにそうだね。でも、ちゃんとした理由があるんだよ?」
「言ってみろ。事と次第によっては黙っておいてやる」
「妖怪ってのは優しいんだね」
「いやでもあの阿呆の近くに入ればな」
「あはははは。そう、そうだねその通りだ」
「それで、理由とは何だ?」
「せっかちは嫌われるよ?」
「好かれようと思わん」
「あはは。いいね、いいよ、妖怪さん」
「ウィンだ」
「おっ? 嬉しいね。エンだよ。よろしく」
「話を聞いてからだ」
「全く、ウィンはマジメだなぁ」
ウィンにはその表情が純粋なものにどうしても見えなかった。
「そうだねぇ。僕たち精霊は人の魔力を食べて生きている。それでね。勇者の魔力は特においしいんだよ。今までは魔王の魔力を食べてたんだけどね。あの味は忘れられなかったなぁ。だから、タケシの魔力を感じて飛んできちゃった。でも、キミも似たようなモノでしょ?」
「一緒にするな。我はそのような寄生行為はしとらんわ。食物から与えられる生気をありがたく頂いておる」
「ふぅん。だからそんなにちっぽけなんだ」
突如。
圧倒的恐怖が発せられた。
反射で頭をかばう。
熱風。
激しく。狂おしい。愛憎の交じり合う痛み。
全身を突き抜ける。
「っぐぅ……」
「あらら。ちょっと力を入れただけだよ?」
ちょっと、だと? バカなッ!?
「うん? ああ、そうか。僕が大きくなりすぎちゃってるんだ。相乗効果ってやつかな。勇者と魔王だもんね。あはははは。でも大丈夫。僕は味方だよ。ホラ、キチンと周りを見てごらん。熱くないでしょ? 壊れてないでしょ? だって、本当に何もしてないからね」
なんという絶望的な力の差!
なんという破壊的な存在感ッ!!
「何を根拠に信じろと……ッ!」
「困ったなぁ。全く信用されないよ」
「当然だ」
「ウィンとのお話は面白いから仲良くなりたいんだけど……、これならどうかな」
水晶玉だろうか。突如、エンの手の平に浮かび上がった。
「タケシと契約しているなら見えるはずだよ。コレはね、タケシと僕の過去さ。それも、勇者も魔王も仲間が倒れてしまって、ついには一騎打ちになったときのヤツ。タケシと僕と魔王と、それから魔王の娘しか知らない記憶だよ」
ウィンは、歴史の真実に触れた……ッ!




