贖罪の基準
タイトル通りの物語です。超•短編なんで良ければトイレのお供にでも。
とある喫茶店にて、ふたりの男が向かい合って座っている。片方はもう棺桶に肩まで入っている紳士風情の老人、片方は長身痩軀の優男で色がぬけたオーバーコートを身にまとっている。老人と比べて男の雰囲気は独特で一般人とはいいがたいものであった。そして脇のふくらみが彼の職業を暗示していた。
ウェイトレスがオーダーのコーヒーを二人分運び、一礼して立ち去る。入れたてのコーヒーから湯気があがり、二人の間に流れ漂う。しばらくの無言の後老人がコーヒーカップを手に取り、一口飲んだ。そして老人は口をひらいた。
「もう十年経ちました。早いもんです、娘を亡くしてから時がすぎるのは」
「心中、お察します」
「いえいえ、もう吹っ切れたことです。貴方にはお家族は?」
「職業柄、まだ妻はいません。両親はそろって少し前に病気で先にいきました。親類ともとっくに縁はきれてます」
「そうですか、天涯孤独、というわけですかな?」
「僕には丁度いいですよ」
優しく微笑む男を見て老人は、この男が殺し屋とは到底信じられなかった。
またしばらくの沈黙、老人は黙々とカップに口をつけるが男は自分のコーヒーには手をつけない。またもや不意に老人が口火をきる。
「私は思うんですわ、人間の罪は一体なんではかられて、償われるのか」
「ほう」
「娘を手にかけた下手人はこの国の法律に裁かれ、刑期をつとめました。公から見れば立派に罪を償ったことになります」
「••••••」
「しかし、しかし、納得できないのが人の性とでもよびましょうか。無念のなか死んでいった娘に父としてなにができましょうか?」
「••••••••••」
「復讐することしか思い浮かばない私は、間違っているのでしょうか?どうにか私に贖罪の基準を教えてほしい。私はあなたに下手人の殺しを依頼していいのかわからんのです」
「••••••そう、ですね」
男は、再び微笑んで優雅に自分のカップを手にもつ。
「奴は罪を償った、けれど自分は納得していない、というわけですね。そして更なる罰を与えていいものか悩んでいらっしゃる。」
「だったら、こんな提案はいかがでしょう?『僕が頼んだこのコーヒーが冷めていたら、殺す』なんていうのは?」
「••••••そうですな、そんなもので良いのかもしれませんな。」
老人は初めて柔らかい表情をみせて男の提案を飲んだ。男は微笑んだまま、薄い唇をカップにつけた。
そしてそのまま飲み干す。青白い男ののどが規則的にうごめくの老人は凝視していた。
ウエイトレスがコーヒーのおかわりはいらないか聞いて来た。老人は体をこわばらせながら断った。そして男は微笑んだまま脇からピストルを抜いた。ウェイトレスの顔が青ざめる。
消音機のくぐもった音ののち、赤黒い小さな穴を額にあけたウェイトレスは、喫茶店の床に崩れ落ちた。
「あれ、そういえば、僕が頼んだのアイスコーヒーだっけ」