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 今はもう昔のこと。

 とある町のとある店に、花のように美しいと評判の娘が居た。彼女はもうすぐその店の番頭になろうという男、佐助と恋仲であった。ほんのささやかな恋で、手すら繋いだことは無いが、いずれ独立した後には夫婦になりたいと双方が思っていた。

 ところがある年、その町に新たな店ができた。扱うものは娘と佐助の店と殆ど同じだが、その質は格段に良く、また商売人としても遥かに上であった。あの手この手で新たな店は人気を得て、かつての大店は見る影も無く、借金を抱えて落ちぶれた。

 さて、その新しい店であるが、丁度娘と同じ年頃の息子が居た。彼は馬鹿にしてやろうと偶然訪れた店で娘を見て、一目で心奪われ、こう言ったのである。

 その娘を娶らせろ。そうすれば、店を助けてやろう。

 無論、佐助を慕う娘はそれを拒んだ。店のためであろうともそれは受け入れがたい事。けれども、娘の母親はしきりにかの店の息子に嫁ぐことを勧めた。娘の父だけは、反対もしないが賛成もしないという立場を取っていたが、その目は嫁げと言外に伝えてくる。

 いつしか2人は、結ばれぬのならばいっそのこと、と決心を固める。

 佐助と娘は手を取り合い、共に死のうと町の外へ向かい――その途中で捕えられ、離れ離れにされた。

 哀れ、娘は無理矢理手篭めにされて、望まぬ婚姻をすることになる。

 ――すまんな、店のためだ――と、信じていた筈の娘の父の声を聞きながら、佐助は井戸の底に落とされた。


 惨い事に、佐助はすぐには死ななかった。落ちた時に骨が何箇所も砕け、血を吐きながらも死ねなかった。空腹も、周りに生えた苔を無理矢理口に入れて満たし、井戸は枯れていたものの時折降る雨に生かされ続けていた。

 そして、ある秋の日。ついに苔を食べつくし、更に秋晴れが続き、男は餓えに苦しんだ。

 幾度も井戸を上ろうとしたせいで爪は剥げ落ち、周りには生々しい血の痕や突き刺さった爪の破片が残される。痛みと空腹とに耐えながら、ただ娘への思慕だけを胸に生き永らえ。

 そんな時に、かの息子が井戸の真上に立った。

 おい、もう死んでいるだろうな。

 あの女だが、昨日死んだよ。朝起きたら、隣で冷たくなっていやがった。

 ふん、まあ、どうでもいい。いつになっても靡かん、つまらん女だった。

 そして――彼が歪んだ笑みを浮かべたかと思うと、漬物石のような重い石が落とされた。

 ついに、佐助はこの世を去った。――また、哀れな娘の名を、撫子と言った。



 やがて時は流れる。ある秋の日の枯れ井戸の底で、ふと佐助だったものは目を覚ました。怨みのあまりか白くなった髪に、骨となった体。もはや怨みだけしか残らない、空虚な髑髏。

 彼としての意識は薄く、ただ井戸から出ては通りがかる人間を脅し、暴れ、後から後から溢れる怨みを飲み下そうとした。そしてますます人は近寄らなくなる。

 いつしか入れ替わりに寄ってくるようになったのは他の妖怪だ。佐助は――その頃には既に時とともにサスケが変化したのか、ススキと呼ばれていたが――時折正気に戻り、ほんの一時だけ元々の彼の性格を取り戻したかと思うと、また暴れた。

 百と数年ほど経つと、もはや暴れる事すら嫌になるほどに恨みが染み付き、毎日ぶつぶつと怨み言を言いながら井戸の底で蹲った。昭和の頃に一度側に家が建ったが、その賑やかな声が疎ましくなって脅しをかけると、すぐに引っ越していった。


 そんな日々の中で、訪れたある妖怪がこう呼び掛けた。


 ――なあ、薄。近頃じゃあ、人間を嫁に取るのが流行ってるんだと。

 ――お前も嫁さん貰ったら落ち着くんじゃないか?


 その時も蹲っていた彼には、最早佐助だった頃の記憶は無かった。しかし、嫁という言葉には僅かに反応した。

 それから暫くして、撫子が現れたのである。







 えー、九十九屋、九十九屋でござい。

 妖力ランプに妖力テレビ、各種取り揃えておりやす。

 着物に履物、食べ物やら小物やら、買えないもんはありやせん。

 どうぞどうぞ、寄っていってくださいやし。

 

 そんな声を背に去っていく、白髪に着流しの痩せた男。店の前に揃って頭を下げていた店員たちは、顔を上げて胸を撫で下ろした。


「はー……怖かった怖かった」

「いやあもう、いつ暴れだすかと」

「しっかし、丸くなったもんだなー」


 まだ年若い妖怪は首を傾げるばかりだが、比較的年老いた力の弱い妖怪ほどその様子は顕著だ。――原因は無論、上機嫌で去って行ったあの男にある。

 狂骨の薄といえば、もういっそ災害だと思った方がいいとまで言われた妖怪である。

 自我が怨念に殆ど飲み込まれ、非常に扱いに困っていたという妖怪だ。

 一度暴れれば人間妖怪見境なしに破壊の限りを尽くし、そうでない時は井戸の底で蹲ってぶつぶつと何か言っている。妖怪から見ても不気味すぎる薄にまともに付き合えるのは、力が相当強い妖怪のみだ。

 彼らは辛抱強く、正気の時には話しかけ、狂気に染まれば力で止めていた。

 

 そしてその薄がついにまともになった。

 

 どうやら妻を娶ったらしく、今日はその妻のために、服やら食材やら小物やらを楽しげに選んで帰って行った。


「……ま、落ち着いて幸いさね」

「だよな」


 衣服担当の2人、絡新婦じょろうぐもと一反木綿がそんな会話をしている。

 彼らもまた古参の妖であるため、暴れながら怨みを撒き散らす薄を見てきたのだ。

 安心はしたようだが、別に驚いた様子はない。彼らも薄が妖怪に到る経緯を知っているから、むしろ納得している。


 ただ、後日嫁を連れてきた薄のべたべたっぷりには流石に仰天したそうだが。









にわか知識はいつもの事ですが、いつにも増して突っ込みどころが多いかと思います。何か重大なアレがあったらボソッとお願いします……


それにしても、井戸からよじ登ろうとして爪が剥がれるって何かホラー映画で見ましたね。痛そう。


ここまでが拍手に掲載していた分です。残りは小話になります

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