プロローグ
ギィーコ・・・、ギィーコ・・・
すっかり油切れを起こしたチェーンとギアが噛み合い、軋む音が余計に暑さを感じさせる。
はぁ、はぁ、もう無理だ・・・。
早くエアコンの効いたところで冷たいお茶でも飲みたい。
なんでこんな思いをして会社にいかなならんのだ。
季節は7月 いよいよ夏の本番。
こんな蒸し暑い中、汗をダラダラとかきながら通勤している可愛そうな俺の名は岡村 俊介。
丸鷹商事の営業2課で係長として働く31歳だ。
会社が健康のために自転車通勤を推奨しており、月5,000円の手当てが付く。
多くのダンナがそうであるように、俺また昨年結婚したばかりの妻から命じられ自転車通勤をするハメになった。
「ざいまーす・・・」
真夏の灼熱に耐え、なんとか会社にたどり着いた俺は、精一杯の声を出して営業フロアのある2階に入る。
自分の席にかばんを置くと、そのまま給湯室に直行するのが日課だ。
ジョロロロ~~~~~
ゴクゴクゴクゴクッ
ジョロロロ~~~~~
ゴクゴクゴクゴクッ
ジョロロロ~~~~~
ゴクゴクゴクゴクッ
「ぷはーっ、生き返ったーっ」
給茶機からウーロン茶を注いで、一気に3杯を飲み干すと、まるで仕事帰りにビールでも飲んだかのようにこう言ってしまう。
このような光景はこの会社では珍しくない。
手当て目的に妻から自転車通勤を強要されている可愛そうな亭主はかなり多いのだ。
毎朝、給湯室はこのように水分を補給する自転車通勤のダンナ様で埋め尽くされる。
そして彼らは始業開始の時間が近づくと、パタパタとうちわで扇ぎながら席に戻るのだ。
「相変わらず、暑そうだな。」
そう声を掛けてきたのは、同僚の長嶋洋二。
洋二は営業1課の係長であり、入社時から一緒に働いてきたよき理解者でもある。
「まぁ、もう30過ぎてるわけだしな。ダイエットだと思って続けてるよ。」
「はいはい、その前に倒れないようにな。」
俺は自分に言い聞かせるように答えたが、洋二は嫌々やっているのがお見通しのようで、ちょっと小バカにしたように言葉を返した。
いや、この夏の間、毎日これを続けれる自信がない。
せめて夏場だけでも車で通勤させてもらうように妻に交渉しよう。
ギーン、コーン、カーン、コーン・・・
そんな考え事をしている内に、始業のベルが鳴り響いた。
またいつもの一日が始まったのだ。