【短編版】インフィニティ・オンライン〜テイマー向き魔王と聖剣を手にした魔法使い〜
「ふあ~あ……っと」
手にはスーパーの軽い買い物袋。背伸びをした綺羅々を、隣で歩いている鵜久森が身を屈めて心配そうに覗きこんだ。
「大丈夫?綺羅々ちゃん、最近頻繁にあくびしてるけど」
「んー、ちょっとね……。試験と新作ゲームとで板挟みってゆーか、」
「なら、今日の買い出しも断ればよかったのに。時間、大切でしょ?」
「だいじょーぶい。買い出し人任せにしてるのも、なんだか悪いし」
「でも、したいんでしょ?ゲーム」
「う。それはそうだけど……」
鵜久森に指摘され、綺羅々はバツが悪そうな顔をする。
ーーそこへ、唐突なクラクション。
「危ない綺羅々ちゃんっ!!」
「へっ……?!」
綺羅々を庇って飛び出す鵜久森。2人の姿が眩いライトに照らされた。
◇◇◇
「ーー遅いね。鵜久森さんと綺羅々さん」
「もう夜8時を過ぎる頃ですけど……」
ましろが呟き、林檎が壁にかけられた時計を見る。
「2人が買い出しに出掛けたのはいつですの?」
「確か5時くらいだったかな」
「スマホも繋がらないねぇ……。どうしたものか」
アーバンが鵜久森に電話をかけても応答しない。珍しいことだった。
『ーー!アーバン・レジェンド内で物語の気配を感じる』
「え!?」
『ましろ、こっちだ』
食堂を飛び出すラプスにましろと林檎、来夢が続く。ラプスが辿り着いた先は綺羅々の部屋だった。
『この中だ』
「ほんとに……?勝手に入ったらまずい気がするけど……って、ラプス」
閉まっている扉に体当たりをするラプスを見て、やれやれとましろはため息を吐きながらドアノブを回す。鍵は掛かっていない。
「不用心だなぁ、綺羅々さん……」
「幾らましろさんと鵜久森さんが人畜無害そうでしても、部屋の鍵くらいは掛けておくべきですわ」
綺羅々の部屋の中央には液晶テレビがある。そのテレビ画面が電源が付けたままになっているようだ。テレビから伸びる幾つかのコンセントは、床に置かれたゲーム機に繋がっていた。ましろはふと画面を見る。
「インフィニティ……オンライン?わわっ!?」
ましろが画面に映っていたゲームタイトルを読み上げた途端、空間の歪みが発生した。歪みはまるで生きているかのようにうねり、ましろたちを包み込む。
『気を付けて!!いつもの物語の歪みとは違うみたいだ!!』
「そ、そんなこと言われましても!?」
「おおいーーどうしたんだい、ましろくん?」
階段に居るアーバンが声を上げる。
「アーバンさんーー」
手を伸ばすも虚しく、ましろたちは空間の歪みに呑み込まれ消えていった。
◇◇◇
『ーーご機嫌よう。現実世界の方々』
「ーーはっ!?」
綺羅々を守るように覆い被さっていた鵜久森が意識を取り戻す。
「うー!おーもーいー、どいてー!」
「ご、ごめん綺羅々ちゃんっ!!」
鵜久森に押し潰されている綺羅々が唸っている。謝ると同時に鵜久森はその場から飛び退いた。
『危ないところでしたね。私が空間を歪め転移させてなければ、あなた方は死んでいたところです』
「だ、誰っ……!?」
声は届くが姿が見えない。光溢れる空間で鵜久森は声の主を探す。
「え……、この声、女神インフィニティじゃん!」
「綺羅々ちゃん知ってるの!?」
ほこりを払って起き上がった綺羅々は上空を見上げる。
「……うん。やっぱり女神インフィニティだよ。1番最初で有名声優キター!って思ったし。あたしが聞き間違える筈ないって」
『如何にも。私は女神インフィニティですが』
「え?空間転移ってことは、死後の世界からの転生でもなければ、もしかして物語案件?インフィニティ・オンライン、確かに発売前の期待値が高くて予約も殺到してたけど」
『物語……?私は存じ上げませんが、私が空間転移を使えることは確かです。生命の危機が迫った現実世界の人間をこちらの世界に転移させ、救い上げる……。そして、この世界を魔王の手から救い出すことの出来る、真の勇者を見出すことを任務としています』
「勇者……魔王……。ははは、今回はゲームの物語が相手かぁ……」
鵜久森はどこか呆れてしまい、明後日の方向を見る。綺羅々は引き続きインフィニティとの会話を試みた。
「ねぇ、インフィニティ!ゲームの序盤であったみたいに、あたしたちに装備をくれないの?」
『装備の代わりに、この世界で使える通貨……ルピーをあげましょう』
「やったー!」
中くらいの袋に入った金貨の山が、綺羅々の両手にずっしりと乗る。
『ーーどうやら、貴方がたは既に固有の能力をお持ちの様子。いつかその手で魔王を倒す日が来るのを、心待ちにしております、勇者よ』
「ーーん?ちょっと待って!勇者ってもしかして、僕?」
『他にそれっぽい者が誰かいるのですか?』
「それっぽいって急に砕けたこと言われても!?」
『期待してますよ勇者』
「王子って言われるのも慣れないけど、勇者って言われるのも慣れないよ!!」
『こほん。私は忙しい身。次の転移パーティのところへ行かなくては……』
インフィニティの声は徐々に遠退き、眩い空間は一瞬で田舎村の夜空へと描き変わった。
「……あははー。本当にゲームの世界だぁ……」
「お金は貰ったから、宿屋に泊まろ♪」
「楽しそうだねー綺羅々ちゃん……」
「こうなったら楽しまなきゃゲーマーとして損じゃん。装備は明日の朝整えようねー勇者様♪」
「う、うん」
綺羅々と2人きりの冒険。ある意味まんざらでもない鵜久森であった。
◇◇◇
「もー!ここは何処ですのー!?出てきなさい駄女神ー!!」
インフィニティと名乗った女神が消えたと思えば暗がりの遺跡に放り出され、来夢が箒に乗り怒り散らしている様。
「お金だけ渡されても……こんな寂れた遺跡からスタートだなんて……」
世界観的に合わない制服姿の3人は途方にくれる。
「……とりあえず、近くに商人がいないか少し見てこよう。テントでも買えればいいけど……」
「ましろさん!あそこに怪しげなローブと荷物を背負った商人らしき人物がいますわ!」
「ナイス来夢!林檎、行こう」
箒に乗った来夢を先頭にし、ましろは逸れないように林檎の手を引いて走る。
「ーーあの、すみません。行商人さんですか?」
「あ?そうだが……。なんだい、珍しい格好した若者2人がこんな夜更けに」
箒に乗った来夢が異変がないか空で見守る中、ましろはキャンプ中の商人らしき人物に話しかける。
「あはは……。実は道に迷っちゃいまして。テントとついでに地図なんかあったら購入したいんですけど」
「ああ、いいぜ。全部で30ルピーだ」
「ありがとうございます」
林檎は手にしていた袋から金貨を30枚取り出す。
「ちなみに、ここから1番近い村は何処ですか?」
「西にあるアスクの村だが……。徒歩で行くと結構距離があるぞ。西はこの方角だな」
「ありがとうございます」
お礼に金貨をもう一枚追加し、テントと地図を貰いましろたちは西へと進路を取る。
『ふぅ……。近くに行商人が居てよかったね。僕はともかく、お金だけ手渡されたんじゃましろたちが大変だよ』
「それでも、何にもないよりは全然マシだよ」
野宿の用意をする為、ましろは買ったばかりのテント一式を広げ、添え付けの杭を持つ。手伝います、と駆け寄った林檎のお腹が鳴った。
「しまった……。食料を分けて貰えばよかったね」
「ええ……、そういえば夕飯前でした」
「仕方ありませんわ。今晩は我慢しましょう」
箒から降りてきた来夢もどうやらお腹が空いているようだ。ましろはポケットから綺羅々のポーションクッキーを二枚取り出す。
「2人で食べて。ボクはいいから」
「ましろさん……」
遠慮がちにだが、2人はクッキーを受け取り、口にした。
「ポケットにスマホを入れてたから、お菓子があまり入ってなかったんだよね」
ダメで元々。ましろが一か八かで鵜久森に電話してみると、意外にもあっさり通話が繋がった。一体どういう仕組みだろうか。
『あ!もしもし鵜久森さん、大丈夫ですか?今どちらに?』
『もしもしましろくん?今僕たち、どうやらゲームの世界に居るみたいでーー』
◇◇◇
「ーーんん、朝……」
「ーーおはよう、来夢」
来夢がテントから顔を出すと、ましろが振り返った。
「おはようって貴方、ずっと見張りで寝ていなくて?」
「うん。まぁ、そうだね……」
眠いけど仕方ないよ、小動物に見張りは任せられないし、とましろはうつらうつら状態で答える。
『ひどいなあ。僕がそんなに信用ないのかい?』
「うん」
『本当にひどいなあましろは』
「ーーさあ、林檎を起こして行こうか、アスクの村とやらへ。どうやら鵜久森さんたちもそこに居るみたいだし」
「ケータイが繋がるなんて、どうなってますの?」
「さあ……?でも、使えるに越したことはないよ」
◇◇◇
「ーーましろくん!!」
「うわっと!鵜久森さんどうしたんですかその格好……」
アスクの村に着くなり、ましろたちを出迎えたのは如何にも勇者な格好をした鵜久森だった。
「うーん。ふざけてうぐのこと勇者様ーって呼んでたらこうなってさー」
「綺羅々さん」
ローブに長い杖を持った、如何にも白魔道士的な格好をした綺羅々が、えへへと若干困った顔をして頬を掻いた。
「ましろたちも色々買い揃えたら?この村小さいけど、結構色んなものが揃ってるし」
◇◇◇
「うーん……。似合ってる、かな?」
部屋に立て掛けてある全身鏡を見て、ましろは顎を撫でる。ましろは王子と小鹿の物語で着ていたものと似たような、魔法使いルックになっていた。
「木の棒、というよりはステッキか。うん。悪くないね」
「ご用意できまして?ましろさん」
同じく魔法使いルック(女性用)になっている来夢が部屋の扉をノックしてから入ってきた。
「林檎は猟師姿かぁ。カッコイイね」
「え、そ、それほどでも……」
来夢の隣で女猟師姿の林檎が服装を気にしている。
「みんな着替えたー?お昼ご飯の用意出来たよー!」
「はーい!」
◇◇◇
宿屋の厨房を借りた鵜久森の特製料理で腹ごしらえをした5人と1匹は状況を整理する。
「この空間ーーインフィニティ・オンラインから出る方法として考えられるのは、魔王とやらを討伐することだと思うんだけど」
「魔王って何処に住んでいるんですの?」
「ここから南東に向かった方角、山道付近に魔王城があるらしい」
ましろたちが買った地図をテーブルの上に広げ、鵜久森が説明する。
「魔王を誰かが倒せばゲームクリアで、みんな現実に帰れるのかなぁ?」
確証がない為か、綺羅々は疑問系である。
「うーん……。ボクはあのインフィニティって女神がアヤシイと思ってるんだけどな。空間転移を使えるのは魔王じゃなくて彼女だろうし」
『ましろの言う事も一理あるね。僕もあの女神が所謂ラスボスというやつだと思う』
「綺羅々ちゃん、女神インフィニティには次いつ会えるかわかる?」
鵜久森に問い掛けられた綺羅々はふるふると首を振った。
「わかんない。まだ途中でクリアしてないゲームだし。ネタバレは見ない主義だけど……。大物声優使ってるから、魔王を倒したラストぐらいには出番があるんじゃないかなって思う!」
「うーん……。魔王の手下とか側近とか、魔王自身を倒さなきゃダメかなぁ」
ましろは壁に寄りかかり、顎に手を添えて考え込む。
「ーーあ。そうだ」
魔法使い用のコートのポケットに入れたスマホの存在を思い出した。
◆◆◆
「くっ……!!こ、ここまでか……!!」
「強すぎる!なんなのこいつ……!?」
「フン。話にならんな。出直してこい!!」
勇者とその仲間と思わしき人物たちが、退去用の魔法陣の光に包まれて消え失せる。魔王城の大広間に残っているのは、黒い2本の角を生やした魔王の姿だけだ。
拍手の音が近づいてくる。
「さっきの勇者御一行で100戦無敗。流石、コアゲーマーは一味違うわね」
同じく2本の角に黒いスーツのような衣装を身に纏った魔王の秘書官、赤羽根榴姫が魔王ーー夜闇鴉を絶賛した。
「当たり前だ。俺をそこらの冒険者ゲーマーと一緒にするな。エンハンスMAXまで上げたフル装備にレベルもカンストしてある。これで負けるわけがない」
「でも負けないとここから出られないんじゃない?魔王は勇者に倒されるものでしょ?」
「ぐっ……、この俺様が負けるわけにはいかない!負けることは俺のプライドが許さない!」
「もうプライドがどうとかそういう問題じゃないと思うけど」
片手で剣を握り締める鴉。そこへ突然、ゲームのボス戦の着信音が鳴り響く。
「着信?誰からだ?」
鴉はこの異世界でスマホが使えることに驚きながらも電話に出た。
『あ、もしもし。ふふふ……久しぶりだね魔王』
「その声はーー月影ましろ!?」
『人気のゲームだって聞いたから、もしかしてそっちも物語の領域展開に巻き込まれているんじゃないかと思ってさ』
「待て。俺の番号をどうやって……」
鴉はっと気付いて赤羽根榴姫を睨みつける。榴姫は目線を逸らすことなくクスクスと笑った。
『番号?それなら赤羽根さんから聞いたよ』
「おい、勝手に教えるな!」
「いいじゃーん。ギルドは違えど物語狩りをする者同士。情報交換は出来た方がラクっしょ」
チェリーブロンドを靡かせ、赤羽根榴姫は夜闇鴉に背を向ける。
『いやー、キミなら悪役サイドになってるかなぁって思ったけど、まさか魔王とはね。なら話が早いや』
一息間をおいて、ましろは囁くように告げた。
『……ねぇ、物語狩りを手際良く済ませる為に、潔く負けてくれないかな?』
「ーー断る!!!」
『うーん、やっぱりはダメかぁ』
「お前は魔王としての尊厳を一体なんだと思ってるんだ!?」
『そこをなんとか』
「だーめーだー!!勇者なら正面から正々堂々と来い!!そして俺と戦え!!」
『ボク、勇者じゃなくて魔法使いなんだけど』
「ええい、魔法使いだろうがなんだろうが俺は貴様に容赦情けはしない!!話はそれだけか!?切るぞ!!」
『あっーー』
一方的に電話を切られ、ましろは静かになったスマホを見つめるしか出来なかった。
「やっぱ戦闘すっ飛ばすなんて、ずるはダメだよましろー。よりによってラスボス戦を飛ばそうとするなんて。神BGMだったらどうすんのさー」
ゲームにこだわりがある綺羅々は、ましろにブーイングを送る。
「どうやら地道にレベル上げしていくしかないみたいだね」
鵜久森が地図をしまい、旅支度を整えていく。綺羅々、来夢、林檎も装備を整え始める中、ましろはコートのポケットにスマホを戻した。
「ましろさんも、早く支度を整えて。お菓子の準備はよろしくて?」
「……そうだね。鞄いっぱいに詰めていくよ」
来夢に急かされ、ましろも仕方なく旅支度を始める。
「村の中に居た他の勇者パーティから聞いたんだけど、ゲームの世界だからか、ステータスが見れるんだって」
おうじ レベル1
HP80
MP20
力40
防御20
俊敏20
魔力3
そこで鵜久森はハッとして来夢を見た。来夢は眉を顰めて鵜久森のステータスを見つめている。
「鵜久森さん……貴方のステータス、おかしいですわよ。勇者なのに王子になってますわ。何かのバグかしら?」
綺羅々は何のことかを察し、腹を抱えて笑い始めた。来夢は首を傾げている。
「綺羅々さん?なんなんですの、もう……」
気を取り直して、来夢は自分のステータスを表示する。
らいむ レベル1
HP50
MP50
力10
防御10
俊敏15
魔力30
「あたしも!」
きらら レベル1
HP40
MP60
力10
防御10
俊敏20
魔力30
「私も……」
りんご レベル1
HP60
MP20
力20
防御20
俊敏20
魔力10
『ましろはどんな感じだい?』
ラプスに言われ、ましろは手を翳してステータス画面を呼び出した。
ましろ レベル1
HP50
MP50
力20
防御10
俊敏10
魔力50
「レベル1からかぁ……。なんだか気が遠くなるね……」
「それがRPGの醍醐味なの!!」
「ええー」
今度は綺羅々にましろがブーイングをする。
「ーーさて。準備は整った?出発するよ!」
◇◇◇
「うう……。マズいな、どうしよう」
効率良く経験値を稼ぐ為、5人と1匹は村を訪れていた田舎でスローライフを満喫したいという隠居勇者パーティから、1匹倒すと10万経験値が貰えるという金のスライムの情報を手に入れた。金のスライムを探しに、水妃の森という場所を訪れている。
水妃の森、と呼ばれるように、お目当て以外は水属性のモンスターばかりに遭遇していた。炎属性のましろは苦戦を強いられている。
「やあっ!!」
鵜久森が勇者らしく、双剣でウォータードラゴンに切り込んでいる。林檎は銃弾で、綺羅々は回復魔法で鵜久森を援護。来夢は星の矢を複数作り出し、複数の敵に打ち込んでいた。
「ああ……ボクだけレベル1のまま……」
『敵が水属性だらけじゃあね……』
「あぶない!ましろくん!!」
「へ?」
敵から濁流攻撃を喰らい、ましろのHPがみるみるうちに減っていく。ましろはその場に倒れ込んだ。
「もー、ましろったら、レベルがあがんないから俊敏で避けることもできないし」
「め、面目ない……」
綺羅々がましろに駆け寄り、気付け薬の入ったボトルを傾けて飲ませる。
「ましろさんはラプスさんとあっちで休んでらして。ここは私たちが引き受けますわ」
来夢に敵が出ないセーブポイント付近を指差され、ましろは言われた通りに動く。
「うう……。足手纏いでお荷物だよね……」
『そうだね。僕と同じだね』
「小動物に言われたくない……」
『ましろって本当に失礼だね』
ましろは物語の領域展開の外の人物ーーアーバンに連絡が取れないかどうかを確かめる為、ポケットからスマホを取り出す。ラプスが突き出ている木の根を軽くジャンプして避ける。
「ましろ、あぶない!」
「おっと」
スマホをながら見で歩いていたせいで反応が遅れた。ましろはこけずに蹌踉めくだけで済んだが、手のひらからスマホが抜け落ちる。
ポチャリ
「え」
あまりの一瞬の出来事にましろは反応出来ない。10秒経って頭の中でようやく理解する。
「ええーー!?!ボクのスマホがぁーー!!」
『森の泉にダイブしちゃったねぇ』
ザバーッ
スマホを落とした森の泉の目の前で、ましろが膝をついていると、森の泉の中から神々しい女性が現れた。女性はましろに問い掛ける。
「ーー貴方が我が泉に落としたのは、銅の剣ですか?銀の剣ですか?それとも金の剣ですか?」
「どれも違うよ……。落としたのはiphone13のアルパイングリーンだよ……」
「貴方は正直者ですね。では、これを差し上げましょう」
「えーー」
白い光に包まれた長い杖が、ましろの目の前に現れる。
「これは……」
中央にアルパイングリーンの宝石が嵌め込まれた杖……のようにみえる。手に取ると杖にしては重く、剣よりは軽いと感じた。
「それは仕込み杖です。杖の内部に細身の剣を仕込んだもの。外見からは通常の杖と区別がつかないよう作られています。高い隠蔽性を誇る護身用の武器ですね」
『やったね!ましろが扱うのにぴったりな武器じゃないか!』
「あ、あのー、ボクのスマホは……?」
神々しい、おそらく水妃と呼ばれているであろう女性は、ましろの問い掛けににこりと微笑むと、再び泉の中へと消えていった。
「ちょ、ちょっとーー!!?」
◇◇◇
「戦闘をサボっているかと思えば、新しい武器をゲットしていたなんて……。コレ、高く売れるのではなくて?」
「売らないよ。ボクが貰ったものなんだから。というかボクのスマホが形を変えたものなんだから……」
まじまじと仕込み杖を見て目を輝かせていた来夢から、仕込み杖を抱えて距離を置くましろ。
「暫く眺めていたけど、どうやらコレ……通話が出来るみたい。ーーもしもし、赤羽根さん?」
『はいはい、ましろクンどうしたの?』
「すごーい!機能スマホじゃん」
「困ったことに、魔王に着信拒否にされたみたいで繋がらないんだ」
『だろうねー。魔王サマめっちゃ怒ってたからさー』
「とりあえず、魔王と戦う準備は整いそうだから、そっちに行くって伝えてくれる?」
『了解ー』
どうやらアルパイングリーンの宝石がオンオフの操作を担っているようで、ましろが手を翳すと通話が終了した。
「この装備でステータスに変化はないのかい?」
「ええっと、それが……」
ましろ レベル1
HP50
MP5000
力20
防御10
俊敏300
魔力1250
「え!?すご、なにこれ」
「武器レベルはどれくらいなんです?」
聖剣 レベル100
HP10000
MP10000
力20000
防御1000
俊敏1000
魔力3000
「武器の方が強すぎじゃん!!」
「ちょっと待って!なんか聖剣って書いてあるんだけど!?」
使ってみます?と、ましろが鵜久森に聖剣を貸すと聖剣から『所有者以外の人物が装備しました。機能をオフにします』とアナウンスが流れる。
「ゆ、勇者なのに聖剣が紐付けされてて扱えなくなってる……」
「こりゃましろさんが魔王を倒すしかないってことかしら?」
「はぁ……。やっぱりそうなっちゃうのかなぁ」
落ち込む鵜久森。首を傾げる来夢。ため息を吐くましろ。
「そうと決まれば、金のスライム狩りでレベル上げですね!狩りを続けましょう!」
「狩りの楽しさに目覚めたのか、やけに気合いが入ってるね林檎……」
◇◇◇
「もしもーし、魔王さん?聖剣一点お持ちしました」
「ましろくん、宅配便じゃないんだから……」
「はーい。今開けるわね」
魔王城に辿り着いたましろ、鵜久森、来夢、林檎、綺羅々の5人+1匹を赤羽根榴姫が出迎える。
「ところで赤羽根さん」
「何?」
「魔王の側近なんでしょ?戦わなくていいの、ボクらと」
「アタシ、負ける戦いはしない主義なの。流石に聖剣アリで100前後のレベルで5対1じゃ負けるっしょ。ーーそれにそろそろこの物語から出たいなって考えてもいるしね」
「魔王サマは意地っ張りだから困るよねー」
「いいのかなぁ、ましろくん魔王城の中でそんなこと言ってると」
「あ。そこ落とし穴あるから気を付けて」
「へ?」
「ほら言わんこっちゃない!」
落とし穴ゾーンに踏み出し一瞬身体が宙に浮いたましろの腕を掴んで、鵜久森がかろうじて引っ張り上げる。
「アハハ。魔王サマ、城内のあちこちに仕掛けを施してるの。今までの勇者たちに1番効いたのは熱毒吐きドラゴンの像だったかしら?」
「ああ、それなら大丈夫かな。よいしょっと」
起き上がったましろが仕込み杖を振ると、5人と1匹が青白い光に包まれる。
「ちょっとー。聖剣のバリアとかましろがチートすぎてあたしの出番がないんだけどー?」
「あはは、ごめんね」
ヒーラー職の綺羅々が不満を溢す。
「とにかく、コレでギミックも回避出来るね!ーーいざ行かん魔王のもとへ!!」
◆◆◆
「くっ……、あいつら、俺が工事費をふんだんに注ぎ込んだギミックを、次から次へとチートスキルでクリアしやがって!!しかもよりにもよって聖剣持ちが月影ましろだと!?」
水晶玉で勇者御一行の様子を見ていた魔王ーー夜闇鴉は玉座から立ち上がる。
「ふふふ……。ようやく魔王の間に到着、だね」
「案外早く着きましたね」
「金のスライムを手当たり次第倒して、レベル上げした甲斐があったね」
「おかげで魔王城のモンスターが雑魚も同然でしたわ。HPギリギリで逃げ出すものたちばかりで余計な犠牲もなく済みましたし」
「おーのーれー!!月影ましろ……俺がこの世界で手懐けたモンスターたちをよくも……!!」
「それって魔王と言うよりは、テイマーの方が向いてる気がするんだけど」
長いレッドカーペットの続く、扉の前に現れた勇者御一行。鵜久森はましろを肘で小突く。
「どうするましろくん?僕が最初に戦ってみた方がいいかな?」
「うーん……。勇者をそっちのけで魔法使いと戦う魔王なんて、聞いたことないけど……」
魔王の鋭い視線が、ましろを射抜いている。魔王がとても、ましろと戦いたがっている。
「はいはい。それじゃあ仕方ないね。魔王の相手はボクがするよ」
「はいは一回でいい!剣を抜け月影ましろ!正々堂々真っ向勝負といこうじゃないか!」
空中で一回転をし、夜闇鴉がましろたちの側のレッドカーペットの上に着地する。
「ましろくん頑張れー!」
「ファイトー!ましろー!」
「頑張ってくださいましー!」
「魔王に勝ったらおやつタイムですよー!」
「……なんだか照れ臭いなぁ。ボクってそういう柄じゃないし」
照れて帽子で顔を隠すましろ。気を取り直し、帽子をピンと跳ね返す。
『ーー来ます!』
「!?」
仕込み杖の細身の剣から発せられた声のおかげで受け身の反応が取れた。
『右!上!下!右です!』
「くっ……!なんだその剣は!?ただの聖剣じゃないのか!?」
剣先を読まれ、大剣を操る魔王に焦りが陰る。
「ふふふ……。それがね、元がスマホの剣だからか、AIで敵の動きを予測出来るらしいんだ」
その予測があってこそ。魔法使いのステータスでは本来補えない、力や俊敏といったステータスを底上げしてくれている。
「ダークネスバインド!!」
『無駄です』
ましろを縛りつけようと無数の細い影が畝り迫り来るが、ましろが細身の剣を一振りするだけで聖剣が作るバリアが生じる。
「おのれ……!!」
「じゃあ次はこっちからいくよ……!炎!!」
スペルカードを顕にし、剣先に当てると無数の炎の球が浮かび上がり、魔王に襲いかかる。ステータスの影響か、ましろが普段使う炎よりも火の球が大きく数段威力が高い。
魔王は防ぐ手段が無く、エンハンスで強化済みのマントを犠牲にして火の球をやり過ごした。
「……まさか、防御力を貫通するほどの威力とはな」
「ふふふ……。今のボクはそれだけじゃないよ」
「何?」
「シャイニングレイ!!」
ましろが杖を振る要領で細身の剣を一振りすると、魔王の頭上に光の矢が降り注いだ。
「ぐっーー!!?」
『効果は抜群。敵個体のHPの半分を損傷』
「ご苦労様。アルパイングリーン」
ましろは膝を付いた魔王の目の前で剣の切先を向けた。
「この聖剣相手じゃ、部が悪すぎるよ魔王さん」
「どうやらそのようだな……。くっ……、そんなチート武器、一体何処で手に入れたんだ」
「この聖剣はボクのスマホと引き換えにして手に入れたもの」
「すげーと思ってたらスマホかよ!?道理でアルパイングリーンなわけだな!?」
叫ぶ魔王を他所に、ましろは細身の剣を仕込み杖に戻した。
「ねぇ、魔王。ボクたちと協力して女神インフィニティを倒そう」
「インフィニティ……。あの最初に出てきた女神か……。俺を敗北確定な魔王役になぞしおって」
「ただ、魔王が居なくならないと女神インフィニティには会えないみたいだから……こうしてっと」
「!?」
ましろは杖の先を魔王の心臓ーー闇色に染まる核へと当てがう。すると魔王の姿が光に包まれ、光が分散した後から角を無くし、銀の鎧を身に纏った人物が現れた。
「ほら。キミはもう魔王じゃなくなったよ。勇者パーティの一員さ」
「……礼は言わんぞ」
「御礼なんて。別にいいよ」
さぁて、とましろは杖の後を大理石の上でトントンと打ち応援してくれていたみんなを振り返る。
「女神インフィニティに挑む前に、腹ごしらえといこうか」
「あたしたちはお菓子だけじゃなくて、普通の料理も食べたいよねー!」
「では王都の料亭へ参りましょうか。金のスライムを倒した際の金貨がたんまりとありますし」
「ええ!途中で仕留めた狼やドラゴンの肉も渡して調理してもらいましょう!」
「……あれれ……。僕って、今回王子じゃなくて勇者だよね……?」
若干疑問に思う鵜久森だったが、ほら行こうよと綺羅々に手を引っ張られ、その悩みは数秒の内に消え去った。
◇◇◇
「んー、出てくる気配が全くないねインフィニティ」
「どうやら綺羅々さんの読みはハズレみたいだね」
一行は王都の宿屋に来ていた。スイーツを筆頭に豪華な食事がテーブルにずらりと並んでいる。エンディングになると思いきや、そうはならず。目的の女神に会えずじまいで、とりあえず食事をするのに勤しんでいた。
「ラプスーーいや、アルパイン・グリーンに聞いてみようかな」
『確かに、この世界では僕よりその聖剣の方が有能なのはわかるけど』
「ねぇ、女神インフィニティの居場所はわかる?」
ましろが仕込み杖に尋ねると、仕込み杖は南東の方角を示した。
「あれ?この場所ってーー」
◇◇◇
「戻ってきました魔王城に」
「うーん。ここに女神インフィニティがいるって本当?」
ましろが再度尋ねると、仕込み杖は答えるように光輝いた。
『女神インフィニティは、魔王城最上階の隠し部屋にいます』
「隠し部屋だと?そんなもの俺は作った覚えはないぞ」
元魔王の鴉は魔王城の構図を理解しているが故の発言だ。
『最上階にワープします』
「おっと。助かるよ」
聖剣アルパイン・グリーンの放つ光に包まれた一行は一気に最上階へと辿り着いた。
『皆さん下がって。バリアを張ると同時に、ここをなんかすごいビームで破壊します』
「技名とかないのかなそれ」
みんなが下がり、ましろが石壁に近付きゼロ距離で仕込み杖からビームを放つ。崩れた外壁の中で、お茶とお菓子を摘みながら空中に浮かぶ画面を見つめている女神インフィニティの姿があった。
「こんにちは。女神インフィニティさん」
「?!あ、貴方がた!何故この場所がわかったのです!?」
ましろが声をかけると女神インフィニティは慌てて椅子から飛び退く。
「何故って、この聖剣が教えてくれたよ」
「何で女神の貴方がこんな場所にいるのか説明してもらいましょうか?」
来夢に突き詰められ、女神インフィニティは杖を呼び出す。杖にはジャラジャラとペンライトのようなデコレーションがされていた。女神インフィニティは慌てて杖を一振りし、デコレーションを消した。
「ーーここは、私が勇者の推し活をする場所」
「今なんて?」
聞き間違いかと思い、鵜久森が再び聞き直す。
「魔王と戦う勇者の推し活をする間です」
「推し活」
「そうです。私の趣味は魔王に立ち向かい、苦難を乗り越える勇者を見ること。その為に事故にあう寸前の人間を転移させて救い上げ、勇者と、必要あらば魔王に仕立て上げています」
女神インフィニティは杖の先を夜闇鴉に向けた。
「貴方は魔王に相応しいそうな名前なのに優しすぎました。私はもっと殺戮と混沌に満ちた世界が見たかったのに、貴方ときたら挑戦してくる勇者を追い返すばかりで……。私の人選ミスです。次の魔王は冷徹な計算高いインテリ男を選ぶつもりです」
「聞いてないからそういうこと」
「フン。優しくしたつもりなどないんだがな……」
「それと、貴方も。なんですかその聖剣は。私、チートとか許した覚えがないのですが。一体それをどこで手に入れたのです?」
『ーーどこって、水妃の森ですが何か?』
「うわっと。普通に喋れるんだね、アルパイン・グリーン」
聖剣の宝石部分がチカチカと光っている。
『ましろよ。私はアルパイン・グリーンではありません。水妃ファイナイトといいます。今はアルパイン・グリーンを通して会話をしています』
「え。もしかして、泉で出会ったあの女性ですか?」
『そうです。そしてそちらの女神インフィニティと対になる存在……になる筈だったのですが本来は』
ありえない、という顔で女神インフィニティは聖剣を見る。
「ファイナイトは予算の問題で消され筈じゃ……!?」
『ところがどっこい。ゲーム内のバグとして私は残っていたのです。ーーさて、女神インフィニティ。今すぐその悪趣味をやめるというのであれば、見逃してあげましょう。ですが、やめないというのであれば、私は貴方を封印せねばならないでしょう』
「今更やめられるわけないじゃない!」
『わかりました。ではーー』
仕込み杖がましろの手元を離れ、宙に浮かびながら話す。
『短い間でしたが、貴方と冒険出来て楽しかったですよ、ましろ』
「ちょっと待って!ボクのスマホはどうなるの!?」
『女神インフィニティを封印する為に必要なので諦めてください』
「そんなぁ!9万くらいしたんだよ!」
『そちらの世界の金銭感覚はわかりませんが、約9万で永遠に殺戮と混沌に満ちた世界になることを回避できるとは、なかなかリーズナブルな話でしょう』
別れが近いのか、聖剣から溢れる光が隠し部屋を包み込んだ。
『さあーー、貴方たちは元の世界へ戻りなさい』
「待って!他にも空間転移した人たちはーー」
『何名かはこちらの世界でスローライフを希望しているようですが、そちらも踏まえてきちんと元の世界へ帰しますよ。もう突然の転移を心配することはなくなるでしょう』
「それはそれで残念がる人はいるような」
「試験がない平和な世界でスローライフが出来たら文句ないのに~!」
『長話もここまでです。皆さん、お元気で』
「くっ……!いつかきっと私の封印を解いてくれる人物が訪れる筈……!お、覚えてなさいよー!!」
◇◇◇
「ーー朝?」
チュンチュンと窓の外から雀の鳴き声が聞こえる。朝日が差し込む綺羅々の部屋で、ましろたちは意識を取り戻した。
テレビのゲーム画面はスタッフロールが流れている。
「今回は女神と戦わずに済んでよかったですわね。ゲームの物語とは言えど、強さが未知数でしたし」
『封印か……。僕としては粒子回収が出来なくて残念でならないよ』
ラプスは不満気にぺしぺしとしっぽで床を叩く。
「私はもう少し向こうで猟師をしていたかったのですが……」
「ミニドラゴンやら魚のモンスターやらを楽しそうに狩ってたもんね……」
赤ずきんの猟師の呪いか否か、林檎は狩りを楽しむようになっている。
「はぁ……。ボクとしては大事なものを引き換えにしちゃったから、もうゲームの世界はこりごりだよ」
ましろは何も入っていないズボンのポケットを軽く叩いた。
「新しいスマホを早く買う為には、カフェのバイトの時間を増やさなければなりませんわね」
「うん。前回に引き続き、散財続きだ……」
とりあえず、アーバンに今回の件を報告する為、3人と1匹は綺羅々の部屋から出る。
「ただいまー」
「ただいまー!急いで朝ごはん作るからちょっと待ってて!」
朝帰りになった綺羅々と鵜久森がキッチンへと向かった。
暫くしてコーヒーの香りとパンの香りが混ざり合い、上の階まで広がってくる。
「ふふふ。向こうの王都の宿屋も悪くなかったけど、やっぱりアーバン・レジェンドで迎える朝がボクらにはあってるね」
「そうですわね」
アーバンに報告が終わり、廊下に出たましろと来夢は違いに顔を見合わせて笑った。




