Q
B
2023年 4月20日 午前0時0分
「調子はどう?ヘラルド」マチルダが聞く。
「いや、色々あって整理が追いつかないんだ。はっきりいって、調子は良くない」
「あらあら、なにがあったの?」
「昨日、『追放』追放を決めていた男だが、その必要はなくなった。そのまま、そいつの付近にいたら、その男はこれまたたいそうな災難にあったんだよ。正直言って、こちらが混乱してしまった。あまりこういう言葉は使いたくないが、『偶然』が起こりすぎた。」ヘラルドは、心底疲れ果てているようだ。
「無理しないでね、前にも言ったとおり…」
「ああ、分かってるさ。同僚が消えてるんだろ?ただ、一体何が起こってるんだ?まさか、死ぬわけでもあるまい」ヘラルドは「同僚」という言葉を気に入っていた。
「『死』という言葉がふさわしいのかは分からないけど、そういう事態になっているのは事実よ。とにかく、気を付けてちょうだい」
――以上で、「交信」は終了。
A
2023年 4月20日 午前7時00分
ヴィンセント·グレイこと、ヘルマンティ·ルカッソが警官の発砲により重傷を負い、入院手続きを緊急でとられたのと、彼に対する逮捕状が出たのはほぼ同時だった。レンズベイで起きた、4件の殺人事件の容疑のためだ。彼はごみ収集員として働く傍ら、3人の命を奪ったとされる。遺体よりも犯人が先に発見された仕掛けは、彼の仕事道具である清掃車が大方説明してくれるだろうとレンズベイの所轄警官たちは考えている。血痕のようなものが複数箇所にあったからだ。
ケヴィンはというと、元気にリーナと電話をしている。結局、ふたりは昨日、警察によって家へ送り届けられた。アルフレッドはどうしたかというと、彼はただ電話を待っていたのである。つまり、ケヴィンは彼に電話をし忘れたまま迎えを待っていたのである。酔いというのは恐ろしい。
ちなみに、ケヴィンを含め襲われた人間は、ヘルマンティには「金持ち」に見えたそうだ。彼にはそれが気に入らなかった、自分を貶められたような心地になった、そういう理由からあのような行動に出たようだ。まあ、そんなことはどうだっていい。ふたりの電話に意識を向ける。
「昨日は、ありがとう。すごく楽しかったわ、あれが起こるまでは…」
「ほんとだよ、君には申し訳ないよ。まさか、あんなことになるとは思わなかったよ。昨日から、『偶然』がたくさん起こりすぎだ。怪我こそしてないけど、二度とも死の危険にあった」
二度とも?違和感のある表現だな、まだ酔いが抜けていないんだろうか。それにしても、人間のいう『偶然』という考え方はまったく理解できない。わたしは、思考の深みにはいってゆく。
主観的な要素を覗けば、「偶然」とはすべての事象のことじゃないか。人間の感覚も、物質がそれの一端を担っているならそれだって「偶然」だ。意識も、またそうである。やはり、意識も幻想に過ぎないんだろう。その儚さに気づいたから、哲学なんてものが生まれたんだろう。『我思う、ゆえに我あり』などという言葉も、「幻想」の考えを踏まえれば、『我思うのみ、ゆえに我幻想なり』だ。まてよ、「幻想」と言えばわたしのことだってそうじゃないか!しかし、わたしには「使命」がある。そして、それを実行するための能力もある…。それがもし、「偶然」なら?わたしの描いた幻想通りに、「たまたま」物事が動いているなら?わたしは、単なる意識。あり得ない。そんなはずない。しかし……いや、それ以前に私自身誰かの意識によって動かされているのでは?何かが、おかしい。否定できない。わたしが存在してるいないの問題ではない。
全てが幻想であることを否定する術が私にはないのだ。
わたしは、なんだ。意識は、どこからやってきた。なぜ「思う」ことが、存在の証明になるのだ。考えることをやめよう、そう思ったときに今まで同僚が消えていった理由を分かった気がしたが、まあそれも幻想なんだろう……
B
2023年 4月20日 午前7時13分
「ケヴィン、じゃなくてアーサー。終了よ」リーナ·ウィリングこと、マチルダ·フォークナーが神妙な声でそういった。彼女には、今回の試験で一つ気になることがあった。
「そうか、残念」ケヴィン·モスリーこと、アーサー·ドラフツマンが電話先で無感動な声で言った。
DARPA《国防高等研究計画局》にて行われた、無形人工意識「フォンカインド」の二十二回目の試運転が終了した。アーサーもマチルダもそこの研究員で、今回の試験でも別の用意された名前で「参加」していた。前触れ、先駆者、を意味する「herald」という名をつけられたその計画は、マイクロボットやその他のデバイスを通して任意の情報を被験プログラムであるヘラルドに送り込むことによって遂行された。つまり、ヘラルドという「自我」に、任意のデバイスを操る権限を与え、さながら妖精のような働きを行わせたのだ。今回の試験、特にヘラルドの視覚については実用化されていない新開発の技術がおしみなく使われる一方で、自動車のルームミラーにカメラを埋め込むという汎用的な技術も用いられた。
「今回の試験は、準備時間を計算からはずして、およそ41時間続いたわ。」試験終了から40分後、研究施設に車でやってきたアーサーにマチルダがそう伝えた。
「そうか、それじゃあ、報告事項は?」
「4月18日、異常無し。特記事項として、『追放』の判断をします。
4月19日、午後に何度か『記憶』の齟齬が生まれます。車両機械等の即時自動点検機能は正確に作動しました。使用したのは、LEXUS LSです」ここでいう「記憶」は、あらかじめヘラルドに与えられたデータのことである。「即時自動点検機能」というのは、文字どおり機械を自動で点検する機能だ。スマートフォンでの「仕事」もこれにあたる。マチルダの報告は続く。
「4月20日、思考プログラムに異常をきたし、自己終了しました。他、特記事項は…
研究所での仕事を終え、マチルダはアーサーに気になったことを打ち明けた。
「ねえ、アーサー。今回の実験は、どこかおかしくないかしら?」
「そうかな?まあ、僕は君と違って常に観察してたんじゃなくて、ヘラルドに観察されてる側だったから良く分からないけど」
「ヘラルドはあなたの、いえ、あなたを含めいろんな人間の思考や意識を汲み取っていたのよ。それも『偶然』って片付けていいの?彼には、そんな機能なんてなかったはずなのに……




