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偶然  作者: 相良洋之
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2023年 4月19日 午後9時17分

2023年 4月19日 午後5時48分


 レンズベイに入り、予約をとっていた店の近くにアルフレッドのLSがついたのは午後5時半、実に店が開く30分前である。運転手に礼を言って車から降りた二人は、しばらくその辺りを散歩することにした。レンズベイという街は、その名のとおり真横から見たレンズを想起させる形をした港街だ。もちろん、上空から見ないと分からないが。この街は歴史こそ浅いが、その町並みは中世のヨーロッパのような石造りだ。この街ができたのは、というより、この外観になったのは今からおよそ70年前のことで、ルイス·ダウネというひとりの富豪によってなされた。戦争によって祖国を追われた彼が、故郷の町並みを残したいと自分が酒造業によって築いた資産をなげうって建設したのがこの街だ。それまでは、漁業でようやく食いつないできたようなみすぼらしい町だったようだが、今やその面影はない。70年前か、わたしはいなかった頃だ。いや、わたしはいつからこの世に…。

「ねえ、すごくきれいな街じゃない?」リーナは、この上なくご機嫌だ。

「うん、すごく。すごく歴史がありそうだ」ご機嫌なのはケヴィンもだった。おい、歴史がありそうだと?まったく。二人のゴキゲンな会話は、まだ続く。

「この石畳、歩いているだけで気分が高揚するよ」

「街全体が、独特な雰囲気を纏っている感じがする」

「君みたいだ」

「あら、それどういうこと?」

「存在だけで、人の心を動かす力があるってこと、かな」

リーナは、ふふっ、と笑ってから、そろそろ行きましょうよ、と言った。

二人は店のほうに、足を向けた。どこにあるのか、わたしは知らない。予約をしたということも、今日になってはじめて知った。何かがおかしい。なぜ、わたしは知らなかったのかを、わたしは知らない。そのことが、少し不安だ。

「いらっしゃいませ。モスリーさん、ウィリングさん。お席はあちらになります」いつの間にか、二人は目当ての店につき、給仕にテーブルを案内されていた。やけにこった料理が出されるようだが、わたしには関係なく、そして興味もない。料理、芸術などというものは我々にとっては、煩雑な幻想に過ぎない。そんなことを考えながら、二人の会話に意識を向ける。

「そういえば、仕事の調子はどうなの?」リーナが聞く。

「楽しいよ。近々出版する予定の本なんだけど、これがすごく興味深い内容なんだ」

「どんな内容なの?」

「偶然について深く掘り下げようとした作品なんだけど、殺し屋の主人公が、ある科学者を殺す仕事を請け負うんだ。しかし、その科学者によって殺し屋の仕事は失敗に終わってしまう。殺す殺されるの関係に会ったふたりが、なぜか『偶然』について議論を重ねていく間柄になる。そこから、物語が展開していくっていう話なんだけど…」

ほお、偶然、か。それもまた、人間の作り出した幻想に過ぎないのにな。人間の知能、知恵、知識といったものは言ってしまえば単なる幻想だ。少なくとも、わたしはそう思っている。彼ら人間は我々のように「使命」を持たない。だから、あのように愚行を繰り返すんだろう。待てよ、なぜわたしはこれほど脈絡のないことを…。

「待って待って、すごく面白そうね。でも、これ以上あなたに語られるとわたしが読む分は新聞の一面くらいになっちゃうじゃない」

「そうだった。ごめん。君のほうは、仕事はどんな感じかい?」

「順調よ。今、わたしはバークスポット大学の能率的行動開発学部門――能学部と呼ばれてるんだけど――が行っている『SeLF』という試みに関するの仕事をしてるの」

「僕の頭じゃ理解できないかもしれないけど、どんな試みなんだい?その、セルフってのは。」

「やろうとしてること事態は簡単なのよ。『Science Language Formation』の略称で、要するに科学における実験や現象を全て、人間とAIが共通して理解できるような言語を作ろうということなの。それで、わたしはその言語監修部門のチーフに任命されちゃったの」

ほお、面白いことを考えたものだ。AIと人間の社会的な共生をこんな形でサポートするものがあるとは。確かに、人間の感情を容易に汲み取るAIも存在する。正直、わたしは信じられないし、どこで利用されているのかも知らないが。まてよ、なんのためにそんなものが必要なんだ?

「それは…、なんというか….。大変そうだ」ケヴィンは、あまり理解できていないようだ。まあ、ワインの影響もあるかもしれないな。

「そうね。でも、いいことがひとつ」そういって、リーナは微笑んだ。

「なんだろう?」

「バークスポット大学でその研究をすることになったっていったでしょ。それで、その研究はかなり長くなりそうだから大学近辺に特別に住居が用意されたの」

「てことは、僕らまたご近所になるね。確かに、いいことだ」喜びを噛み締めるようにして頷いてそういうケヴィンを見て、リーナは再び微笑んだ。これは、長くなりそうだな。良くも悪くも、ふたりは出来上がっている。少しばかり、うんざりしてきたが他にすることもないのでケヴィンのスマートフォンで仕事を続けることにする。


2023年 4月19日 午後9時17分


「おかしいな、そろそろ来る頃なんだけど」なかなかアルフレッドが迎えに来ないため、ケヴィンは辺りを見回している。食事を終えて、電話をくれたらすぐに行くとのことだったんだが…。

ちょっとそこで待ってて、そういってリーナを待たせてケヴィンはアルフレッド――性格には、アルフレッドLSの姿――を探しに行った。ゆっくりと近づく車の音がして、ケヴィンははっとして振り向いてみるがそれは清掃車だった。彼は少し落胆しつつまた路地をさまよい始めた。彼は二ブロックほど進んで、また辺りを見回した。もちろん、アルフレッドがいるはずがない。ひきかえそうとして彼が踵を返したその時、

「「動くな」」ケヴィンの左右から声が聞こえた。左には、拳銃をかまえた男。右には、ナイフをかまえた男がいた。街灯は薄暗いために顔はよく見えないが、そんなことはどうでもいい。ケヴィン、君は何をやったんだ。わたしはそう問いたかった。

「観念しろ、いいか、動くんじゃないぞ」銃男が落ち着いた様子で言う。

「やっぱりお前か!許さない!」ナイフ男が激昂して言う。

「僕には何がなんだか…」ケヴィンがおろおろと言う。彼がそう言う間にも、ふたりはゆっくりと距離を詰めてくる。

遠くから、足音が聞こえる。リーナが、異変を察知したのか駆け寄ってきている。しかし、彼女には銃男もヴィンセントも角度の問題で見えていない。

「来ちゃいけない!」ケヴィンが叫ぶ。

「どうしたのよ?」一応、彼女は足を止めた。

「仲間がいるのか!そいつも殺してやる!覚悟しろ!」ケヴィン以外にも人がいることに気づいたのかナイフ男が駆け出した。仕方がないので、わたしは近くの建物の外壁から全体を俯瞰することにした。次の瞬間、まず銃声が聞こえた。次に、悲鳴。ヒールの足音。ナイフが落ちる音。人間が崩れ落ちる音。そして、ケヴィンの足元に広がる血…

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