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偶然  作者: 相良洋之
3/5

~2023年 4月19日 午後4時47分

2023年 4月19日 午前12時28分


「よっしゃ、着いたぜ」

 アルフレッドが後部座席を振り返った。

「この格好でいくのもなあ」

 まあ、彼の格好は鴨麺には少し似つかわしくない。

「いいさ、気にするな」

 そう言ってアルフレッドは車外に出ようとした。

「いや、ちょっと待ってくれ!」

 小声だが、緊迫した面持ちでケヴィンが言った。彼は、窓の外を、その外のある一点に目を向けていた。アルフレッドもそちらを見て、硬直した。わたしもスマートフォンから出て自由な身なので、二人が見ているものを確かめてみた。そこには、一台の清掃車がとまっていた。だが、ケヴィンの目についたのはその中にいる人物の形相だろう。こちらを睨んでいるようにしか見えない。だが、なにかを言ってきそうな様子はなかった。『シックスセンス』のヴィンセント·グレイのようにも見えるから、今にもこちらを撃ってくるかもしれないと思った。

「確かに、変なやつだ。だがそうも言ってられないさ、行こうぜ」

 アルフレッドがケヴィンにうながす。

「行くか、うん」

 そう言って、ケヴィンも店の方に歩いていった。ヴィンセントはまだこちらを見ていたが、わたしも二人と一緒に店に入った。

「らっしゃい」

 店主の、オサム·ダイコクが言った。もちろん、日本語で。噂によれば彼は10ヶ国語を話せるらしい。

「『壱』を二つ」

 アルフレッドはそう言った。もちろん、英語で。そして、二人はカウンター席に座った。『壱』というのは、注文の組み合わせの一つで、鴨麺ではもっともオーソドックスかつ簡単な注文だ。5分もすると、『壱』が二人前で出てきた。まあ、端的に言えば鴨南蛮定食だ。その内容は鴨南蛮とおにぎり、そして緑茶である。おしぼりも用意され、使うのはもちろん箸だ。店には、カウンターが6席と四人席が3組そして、二人席が1組ある。空いてる席は…あと3席だ。

「これから、結婚式か何かあるのかね?」

 オサムが黙々と食べる二人に聞いた。もちろん英語で。

「ええ、まあそんなところです」

 と、ケヴィン。

「ショーファー付きで?」

 オサムは少し驚いたように聞いた。

「今日付けの仕事ですよ。こいつは彼女と食事に行くんです。その送り迎えを、頼まれたって訳です」

 アルフレッドが答えた。

「もしや、レンズベイの方かい?」

「ええ、そうです」

「なるほど、それならそんな格好をしてるのもうなずける。てっきり、舞踏会か何かに行くのかと思ったよ」

 そういって、初老の店主は笑みを浮かべた。

「しかし、気を付けていきなさい。物騒なことが起こってるからね」

 さっきとは、一変した口調でオサムが言った。

「ええ。気を付けますよ」

 ケヴィンがそう返事をした。

しばらくして二人は食べ終わり、会計をしてオサムと挨拶を交わして店を出た。さっきの清掃車とヴィンセントは、いなくなっていた。


2023年 4月19日 午後4時47分


「なあ、一つ聞いていいか?」

 アルフレッドが言った。

「いいとも」

 ケヴィンは半分眠りかけのまま返事をした。というより、彼は先ほどまで窓の外の、反対車線が見える方を見て眠っていた。

「去年の、リーナの誕生日に何があったんだ?」

「ああ、それは…」

 少し考えてから、ケヴィンは再び口を開いた。

「今から一年と四日前、ぼくのカレンダーのその日の欄にはこう書いてあったんだ。『Linas’』ってね。それを見た僕は焦った、そしてその焦りがほんとにひどかった。僕は近所の花屋で適当に花を買って、急いでその花を彼女のもとへ持っていった。何でかって?そのときはすでに夕方5時で、暮れがたも暮れがただった。まあ、僕はその花束を彼女のところに持って――その当時ぼくの家は彼女のごくごく近所だった――走って行ったよ。あの時ほど冷や汗をかいて彼女のもとに行ったことはなかったな。彼女の家のベルをならした、彼女は笑顔で僕を迎えた。そのときの会話は、今でも覚えてるよ――

『あら、ケヴィンどうしたの?』

『どうしたもこうしたもないよ』

『これを君に渡したくてね』

『かわいい花ね、ますますどうしたのよ?』

『いや、まあ誕生日祝いってことだよ』

『え?わたしのってこと?』

『そうさ、ほら太陽だって君を祝福してるさ。あんなにきれいな夕日が…』

『今日、誕生日じゃないんだけど』

『うっそ』

――この先は、言いたくないからやめておくけど、言うまでもなく彼女は怒ったし、そして悲しんでいた。そりゃもう、二度と口を利いてくれないんじゃないかっていうくらい。僕は、混乱しながら帰った。焦りに身を任せて行動したことを、ものすごく後悔した。僕はすでに彼女の誕生日に飲もうとしていたワインは、すでに注文したあとだったけどその時には全てが遅かった。絶望と混乱のなか、僕は3日間を過ごした。その頃は、カレンダーなんてもう二度と見たくなくなった。なんてったって、カレンダーにはしっかりと彼女の名前が入っていたから、間違えるはずはないと思ってたんだ。そして、4日目の絶望を過ごしていた時、彼女から電話が来た。すごく幸せそうな声だった――

『ねえ、ケヴィン。あなたってほんと、面白い人ね。それと、こないだはごめんなさい』

『は?あのー、どういうこと?』

『ワイン、届いたわよ。わたしの名前が入ってたわ。あなたは忘れてなんかなかったのね、わたしの誕生日』

『えー。あー。う、ん』

――そのあとも、僕は間抜けな返事ができなかった。彼女はすごく喜んでいた。結論から言うと、僕は彼女の誕生日を記憶していて、かつ、忘れていた。僕のカレンダーの4月15日の所には、確かに『Linas’』と書いてあった。そして、4月19日の所には『Lina’s』と書いてあった。つまり、彼女の家にワインを発送する日と、彼女の誕生日を、完全に取り違えていた……こういうわけだ」

 ケヴィンは、一通り話し終えたあと、完全に目を覚ました。

「ほんとに、おかしな人」

 リーナがぽつりと言った。

「い、いつのまに!?」

 ケヴィンが驚いた声で言った。

「あなたが寝てるあいだによ。それにしても、素敵な運転手さんね」

 そう、リーナは今から一時間と少し前にこの車に乗った。もちろんこれは当初からの計画通りだが、ケヴィンは爆睡していたために全くそれに気づかなかったのだ。

「どうも…」アルフレッドは、少し返答に戸惑っている。それもそのはず、彼はケヴィンが起きるまでリーナがいるにもかかわらず、黙りこくっていたのだ。何かしらの気まずさをアルフレッドが感じていたことは、想像に難くない。3人が乗るLSは、ポロトーチを出て、今にもレンズベイの町に入ろうとしている。


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