2023年 4月19日 午前11時43分
B
2023年 4月19日 午前0時 [交信]
M·F「お勤めご苦労様、ヘラルド」
H「なんてことないさ。ただ、ひとつ厄介なことが」ヘラルドが答える。
M·F「どうしたの?」
H「実は、ケヴィンという男にわたしの存在を悟られてしまったんだ。つまり、その男を追放しなくちゃならない」ヘラルドの言葉には、少し不安が感じられる。
M·F「あら、それは大変ね。で、どうやるつもり?というか、その前にどういういきさつで悟られたのか教えてちょうだい。いや、そもそもケヴィンって人は何者?」マチルダは、畳み掛けるようにして聞いた。
H「姓:モスリー 名:ケヴィン 生年月日:1999年9月1日 職業:出版会社広報部部長補佐」
H「趣味は音楽、ゲームはしない」
H「ケヴィンは、仕事をしているわたしに話しかけてきたんだ。最初は、何かの間違いかと思ったんだが話を聞いているとどうも違うようだった。あいつは、完璧に言い当てていたんだよ、我々のことを」
M·F「それで、どうするのよ」彼女は唐突に冷淡になった。
H「今まさにそれを考えてるんだ!しばらく時間をくれ!」
M·F「あら、そう。それにしても…不思議ね。『フォンカインド』に、思い至るなんてね。そう思わないかしら?」
H「呑気なことを言わないでくれ。『追放』なんて始めてのことだ、失敗したらどうするんだ」
M·F「とにかく、気を付けてね。最近『フォンカインド』が度々消滅してるんだから」
H「ああ、せいぜい気を付けるさ」
--以上で、「交信」は終了。
A
2023年 4月19日 午前7時30分
翌朝、ケヴィンは何事もなかったかのように朝食をとり、音楽に合わせて体をくねらせるなどしていた(とてもダンスには思えない)。何事もなかったかのように振る舞っているのが、まったくもって恐ろしい。彼はクローゼットから、とびきり仕立てのいい服をだした。よっぽど偉い人にでも会うのか、一昔前の舞踏会にでも行けそうな格好をしている。彼は戸締まりをし、今にも家を出ようとしている。わたしはというと、明け方のうちにケヴィンのスマートフォンから出て、例の出窓の本のところに移動していた。「決行」の時、我々はそれを見届けなければいけない決まりになっているのだ。扉の開く音がした、もうそろそろだな。彼が通りに出ようとした瞬間、「追放」が無事決行される手筈だ。当の本人は、そんなことも知らずにスマートフォンをいじっている、呑気なやつだ。ねんのため、彼の意識を覗いてみる。どうやら、もう彼は移動を始めるようだ。ん、まてよ。彼は···.気づいているのか!彼は今、自分に金属の塊が近づいてくるのをぼんやりと感じている!
次の瞬間、隣のビルの足場が彼のほうに崩れ落ちた。成功……したのか?通りの反対側から叫び声も聞こえる。だが、通りの奥のほうに、赤いアストロが見えた。まさか、と思った。信じられないことが起こったということを、戸惑いとともにわたしは理解した。即座にわたしはケヴィンのスマートフォンに移動した。もちろん、それはケヴィンとともにアルフレッドのアストロの車内にいた。彼らの会話が聞こえる。
「いや、大変なことが起こったもんだ。そういや、昨日変な夢を見た気がするんだけど、思い出せないや」ケヴィンは実にのんきな口調だ。
「いやいや、そんなことより。今日の主役の話を聞かせてくれよ。お前が誕生日を4日も間違えたっていう、丸眼鏡のかわいこちゃんの話を」
——なるほど、これが偶然っていうやつ、なのだろうか。
2023年 4月19日 午前9時17分
車内のふたりは、先ほどの事故(無論、わたしが起こしたものだが)を忘れておしゃべりに夢中だ。その話題の多さは、「尽きない」の一言に尽きる。まあ、ケヴィンの嫌疑も晴れて、おまけにあの足場に関わった人を除けば誰一人、被害を被ってないから、一件落着ということでわたしは勝手に安心している。そして、もう一つの謎も解けた。ケヴィンは仕事のお偉いさんがたとではなく、交際相手、リーナと出かけるつもりだったのだ。と、ここでアルフレッドのアストロが停車した。小さなビルがひしめき合うバークスポットの地で、ひときわ存在感を放つヨーロッパ風のレンガ造りの建物。これがまさに、アルフレッドの自宅であり.彼の父でありバークスポット市長のアルバート·B·コーレイの自宅である。ちなみに彼は、市民からは親しみを込めて「Mr.abc」と呼ばれている。アルフレッドがアストロをガレージに駐車し、ふたりとも車から降りた。わたしは車内にいることにした。スマートフォンの中に飽きたともいえなくもない。丁度、庭にいたアルバートがゴルフクラブを持ったままやってきた。
「やあ、ケヴィン。久しぶりだ。調子はどうかね?」彼はにこやかにそういった。
「ご無沙汰してました。すこぶる元気です」ケヴィンも、そう返す。
「パパ、急いでるんだよ!」少しお茶でも、とでも言いかねない父親の雰囲気を察したのかアルフレッドが言った。
「じゃあ、俺は着替えてくるから。ケヴィン、LSをガレージから出しておいてくれ」ケヴィンにLSのキーを渡して、アルフレッドは自宅に入っていった。
「一人で大丈夫かね?」アルバートが聞いた。
ケヴィンはうーむ、とイェスともノーともつかない返事をした。
「私が見ておく、まあ、やってごらんなさい」アルバートは優しくそういった。
決心がついたのか、ケヴィンが運転席のドアを開けたと同時にアルバート宅のドアも開きアルフレッドが出てきた。着ているネイビーブル-のスーツには皺一つない。まさしくショーファーの格好だ。手袋まで用意したようだ。
「待たせたな… は?車が移動されてないように見えるのは俺だけ?」彼は単に驚愕していた。
「ごめん、自信がなくてね」ケヴィンは、車こそ持っているものの、あまり乗らない方だ。彼のミニ・クラブマンは、アルフレッドのLSと比べるとあまりにも「ミニ」だ。
「まあ、いいや。パパ、行ってくるよ」アルフレッドは、切り替えが早い。よくも悪くも。わたしもすでにケヴィンのスマートフォンに移動している。
「しっかり送ってくれよ、運転手君」アルバートが笑顔で返す。
「よろしく頼むよ、運転手さん。じゃあ、これで失礼します」
アルフレッドが開いた後部座席から、ケヴィンはそう言ってから乗り込んだ。ふむ、この車はとても丁寧に扱われているようだ。エンジン·計器類含め、一切不具合がない。ゆっくりとLSは走り出した。人間のように重い体、不便な骨格、不合理な関節を持っていないわたしにとっても、この乗り心地はこの上なく素晴らしく感じられる。なんにせよ、振動はわたしの仕事の妨げになる。仕事をしながら、ふたりの会話に意識を傾ける。
2023年 4月19日 午前10時3分
「ええっと、行き先はレンズベイの方だったよな」
アルフレッドが後部座席にいるケヴィンに向かってたずねた。もう、ショーファーのお芝居はやめにしたようだ。
「そうさ、でもその前に彼女を迎えに行かないと」
彼女というのは、リーナのことだろう。彼女は確か、ポロトーチに住んでいたな。その名のとおり、ポロが盛んである。交通状況を考慮すると、あと3時間はかかる、つまり1時に着くわけだ。
「そうだった。とすると、どこかに昼飯を食べに行かないとな」
アルフレッドもわたしと同じ時間計算をしたようだ。
「あの店が呼んでるさ」
どこのことだろう。ケヴィンの意識を探ってみる。「麺処 鴨麺」か、なるほど「Come on men!」というわけだな。ううむ、呼ぶという解釈でいいのやら。まあ、その店なら12時過ぎにそこに着くことが出来るだろう、アルフレッドの頭にはナビが内蔵されているようだ。
「で、リーナっていうのはどんな人なんだ?」
アルフレッドが言った。
「すごく…、聡明な女性だよ」
ゆっくりと言葉を選んで、ケヴィンが言う。
「へえ!そうなのか」
アルフレッドの目は、興味に輝いている。
「でもって、虫が死ぬほど嫌い」
深刻そうに言った。
「ふうん、虫、ね」
なぜか真剣な目つきをしている。
「そして、かわいい」
嬉々として言った。
「あ、そう」
目が死んでいた。
それにしても、ルームミラー越しに見る会話というのは面白い。
2023年 4月19日 午前11時43分
道は少し混んでいるが、12時半には間に合いそうだ。思った以上にスムーズな車運びだ。
「そういや、レンズベイで殺人事件があったらしいな」
アルフレッドが少しおそるおそる言った。
「ああ、なんでも無差別殺人だとか」
レンズベイの殺人事件は巷でも有名になっている。3人殺されたとか、4人だとか色々と噂されているが、わたしにも分からない。この事件は、他の事件とは明らかに一見を画していた。期間はバラバラだが、犯人の目撃証言がある、なんといっても不可思議なのは、死体よりも先に犯人の姿が目撃されていることだ。妙な動きをしている人物がいたから、その人物が立ち去ってからその場所に行ってみたら死体があった、という事例が三件ある。警察もそれを同一犯の仕業と見ている。
「物騒だからな、気をつけてくれよ」
「大丈夫だよ。問題ないさ」
こういうセリフを、「フラグ」などというんだろう。
ケヴィンがなぜこうも高を括っていられるのか、さっぱり分からない。
「にしても、どんなやつがそんなことをしたんだろうか」
「殺人狂とかじゃないかな。まともなやつだったら、まずもってそんなことはするまい」
ケヴィンは、至極全うそうなことを言った。
「そうだな」
そして、しばらくの沈黙。その沈黙を際立たせるのが、この車の静かさだった。少しばかり、二人の会話に気を取られすぎてしまった。仕事に戻ろう。わたしは、ケヴィンのスマートフォンの検索履歴の整理に取りかかる。なるほど、ケヴィンは何度か、レンズベイに来たことがあるようだ。




