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偶然  作者: 相良洋之
1/5

~2023年4月18日午後8時40分

――死は生命にとって唯一にして最高の発明だ

                  スティーブ・ジョブズ


[極秘]年 [極秘]月[極秘]日 [極秘]時[極秘]分


M・F「準備完了。いつでも開始どうぞ」

A・D「了解。では30分の準備時間を経た後『起動』してください」

M・F「了解。時間調節機能は起動させますか?」

A・D「時間はデフォルトで構いません。ですが、『起動』時間は厳守してください」

M・F「了解。成功を祈ります」


2023年4月18日午後5時48分


 一昔前なら宇宙船のように思える音を出しながら、その車は止まった。ハイブリッド車か。

「ありがとう。じゃあ、また明日」

 運転手にそう言いながらレクサスの黒いLSから降りたその男の名を、わたしは知っている。

 彼はケヴィン・モスリー。定年を目前にした上司の補佐として、会社の広報部を切り回している。24歳という年齢ながら、会社のなかでは一目おかれている存在だ。趣味は音楽、ゲームはしない。

 彼は自宅の前まで車(しかも高級車)で送ってもらえるあたり、よっぽどの金銭的余裕があるかのように思われるが、それとこれとは関係ない。あの車の運転手は、アルフレッド・コーレイ、ケヴィンの大学時代からの友人だ。持っている車は2台、さっきのLSと、赤色のシボレーアストロだ。タクシー稼業をしているが、もっぱら道楽といってもいいだろう。ケヴィンもしょっちゅうお世話になっている。スーツならLS、私服ならアストロで。

 ことに、彼がアメリカ車に乗ると荒々しくなるのと、一度も事故を起こしたことがないという「噂」はこのあたりでは有名だ。まあ、それはともかくとして、わたしはケヴィンが帰宅するのを、薄暗い出窓のそばの本のところから見届ける。今日は退屈で仕方がなかった、仕事があることがありがたいと思えるくらいに。それというのも、彼が昨日スマートフォンをまったく手放さなかったためである。それと、外壁の補修工事のために足場を組んで出窓のところの日差しを遮った隣のビルのせいだ。

 玄関のほうからガチャリと鍵の開く音がする。それと同時にケヴィンは電話を始めた。ほお、珍しいことだ。


「やあ、今帰ったよ」

「あら、早いじゃない。どうかしたの?」ケヴィンの電話の相手は、どうやら女らしい。とすると、彼女のリーナ・ウィリングだろう。

「どうって、どうもこうもないじゃないか。備えあればなんとやらってやつだ」

「ふーん、そう。備え、ね」リーナのこの反応に、ケヴィンは妙に焦っている。返事のしかたを間違えたと後悔しているようだ。

「とにかく、楽しみにしててよ。すっ飛んで行くからさ!」

「ありがと。期待しとく。でも……」

「分かってる、大丈夫。虫だけは勘弁なんでしょ?君がまたあの変な表現を使わないように気を付けるさ」なんなんだ、その表現とは。わたしは彼の意識を探る。

『死ななくてもごめんだわ』だと?確かに意味が分からないな。ケヴィン·モスリーに1票だ!そうこうしているうちに、彼らの会話は終わった。

 ケヴィンはいつも、帰宅と同時に音楽をかける。年代物とも言えそうな、彼のCDプレイヤーはほぼ毎日働かされている、それも馬車馬のように。電話が終わったのだからいつも通り音楽をかけるものだと思っていたが、今日は違った。彼は脇目もふらずバスルームへ向かった。ケヴィンが帰宅してすぐに風呂にはいるのは、たいてい次の日に重要なことがあるときだ。いつもならだらだらと歌を口ずさみながら妙に体をひねったりゆれたりする(あれで踊ってるつもりかもしれない)。そうしてしばらくしないと、彼の意識は夕食や風呂といった大事なことを思い出さないようだ。

 それにしても、明日は何かあっただろうか。わたしも彼の全てを知っているわけではないが、彼についてならほとんど知っている自信がある。わたしは考えてみる、思い出せそうな気がするのだ。しかし、ほどなくしてあきらめる。だが、やはり何かがひっかかっている。



2023年4月18日午後8時40分


 髪をふきながらケヴィンは歌を口ずさんでいる。今日はビートルズか。昨日はオアシスだったな。キッチンでは、ピザを解凍しようと電子レンジががんばっている。ケヴィンは心なしか生き生きとしている。少なくとも、明日はいいことがあるということがうかがえる。髭も丹念に剃っている。よっぽど大事なことがあるのだろう。仕事の付き合いでどこかに出掛けるのだろうか、わたしはその線が強いとにらむ。なんといっても彼がわざわざ日曜日につくった用事である、よほど大事なことに違いない。

 ピザをたいらげ、朝つくっていたスープも飲みほした彼はそうそうに食器を片付けて洗面所に行ってしまった。もう寝るのかもしれない、早いな。ちょうどスマートフォンが充電されていて助かった。夜中に色々と情報の整理をしておこう。

 スマートフォンを含め、あらゆるメディアのなかに入ると我々――フォンカインド――は、そのメディアに伝わる情報しか感じとれなくなる。慣れてはいるが不便なことだ。今わたしが「仕事」をしているケヴィンのスマートフォンは、いつも通り充電器に繋がれてテーブルの上におかれている。さて、1日ぶりの仕事だ。わたしが何から取りかかるかを決めかねていたそのとき、

「おつかれさま」

 ケヴィンの声が聞こえた。誰に言っているのかは分からない、電話でもないはずだ。誰か来たのかもしれないが、「仕事中」なので声しか伝わってこない。

「君だよ、君。えーっと、何て呼べばいいんだろ?まあ、フォンカインドとでもしておこうか、マンカインドみたいな感じで」

 まさか、わたしに言っているのか?人間は我々の存在を認識することはできないはずなのに。ケヴィンはいつになく気だるげな声で続ける。

「君たちが、僕たち人間の世界を支えているんだろ?君たちの使命は、情報の整理だよね」

 なぜ、そんなことを知っているのだろうか?そもそも、どうやってわたしの存在に気づいたんだろうか?ことと次第によっては、「追放」が必要かもしれないな。

「まあ、仕事がてら聞いてくれればいいさ。僕が暇でしゃべってるだけだからね。君たちにはもう一つの使命がある、この世に確率を成り立たせることだ。僕たちの無意識のなかで君たちはこの使命をまっとうする。そして、僕たちが携帯電話をいじっているときにはそのなかで情報の伝達を助けてくれている。僕らはそりゃもう、大助かりさ。」

 まずいぞ、「追放」された人間の話は何度か聞いたことがあるが、それにしてもこいつは度が過ぎている。万一、我々の存在を口にする人間がいたら我々はその人間を消さなければならない。それを「追放」と呼ぶわけだが、わたしが行う羽目になるのは初めてだ。確か、一週間以内に事故死させるのが規則だったはずだ。

 わたしは未だに耳を疑わずにはいられないが、ケヴィンの話を聞きつつも「追放」の方法について考えていた。どうしたものか。

「それにしてもすごいな、君たちは。僕たちの意識に介入できるんだろ?恐ろしいといってもいいくらいだ。おまけに、スマートフォンとかのなかにいても多少、能力が制限されるだけで僕たちの無意識は覗くことができるときた。」

 まてまて、なぜそこまで分かったんだ。

 わたしはもはや恐怖を感じていた。これは明日にでも決行しなければ。ケヴィン、残念だが明日の予定はキャンセルだな。楽しそうにゆっくり語るケヴィンの声を聞きながら、彼のことをわたしは憐れんですらいた。

「ま、いいや。明日からもよろしく頼むよ」

 ケヴィンはそう言って話を終えた。


『残念ながらわたしは明日で君とお別れだ、ケヴィン』


 思ってもいないことばが浮かんでしまった。わたしは、「追放」の方法に集中する。我々だって交通事故を意のままに起こせるほどの力があるわけではない。我々は物体がどの向きに、どれくらい動くのかという動きを可能性の範囲で決定することしかできないのだ。この家の近くにあるだろうか、事故がおきそうな場所は。わたしは初めて、「使命」にたいしての反感を抱いていた。

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