07. 四㽷村
家に戻り、一応夕食らしきものを食べた三人(クリスは頑として拒否していたが)は、夕涼みしつつ今日の成果について話し合った。
「しかしまあ、こんな田舎で数人死んだくらいで、よくニュースなんかになるな」
ジェイがプリントアウトしてきたこの村の不自然な死に関する記事を読んだロベルトのコメントだ。
もちろん英語翻訳なんてされていないから、偉大なグーグル先生のお力を借りての翻訳だ。
「お前ちゃんとに読めよ。この地はかつて、質の良い水晶が採れることで有名だったんだよ。採掘地に一番近いこの村が、外部の人間が泊まれる唯一の場所だったわけ。それにな、数人だって人が亡くなってることには変わらないんだぞ」
ジェイは眉を顰めた。
山の奥に位置するこの場所は、かつては見向きもされない、いわば『裏』の地域だった。昔から質の良い水晶が採れると噂にはなっていたが、辿り着くのが難しいこと、そして水晶目当てに旅立ったほとんどの人間が帰ってこなかったことから、『不可侵の地』として近隣では恐れられていたのだそうだ。
その流れが変わったのが高度経済成長期だ。森を開き、コンクリートで道を埋めることで、外地とのアクセスが可能になった。さらにバブル期は貴金属を求める国民の欲を満たすため、この地にも外部から人が流入してきた。
人の往来は増え、村にも電気が通り、さて次は上下水道を整備しよう、と言う段階になったところで、開発を担っていた大手企業が倒産。
バブルがはじけたのだ。
そこからはドミノ倒しに次々と企業は撤退していく。投資の割に水晶の採掘量が少ないこの村は、真っ先に切って捨てられた。税収入がなければインフラ設備は整わない。村は今でも宙ぶらりんの状態だ。
「ゴールドラッシュならぬ、クォーツラッシュってやつだな。ブームが去ればただの錆びついた村に成り下がる。本国でもそんな場所はごろごろしてるからな」
ロベルトはそう言いながらいくつかの町の名前を挙げていく。
「それでもマニアの間ではレア価値が高いらしくてさ。ここの水晶はなんかパワーが違うらしいぞ。で、時々そういった熱狂者がこの村にやって来ては、死体を発見して警察に通報してたらしいんだ」
「まあ警察も通報があったら調べないわけにいかないだろうしな。それでジェイがプリントしてきたのは、その目撃者がネットに書き込んだコメントとかなんだろう? 信憑性がないな」
クリスはちゃぶ台にばさりとコピー用紙を投げた。
ムッとしたジェイはそれを拾ってまとめた。
この重いやつを運んできたのは誰だと思ってるんだ。おかげでチップスを二袋も諦めたんだからな。
「じゃあ死体が見つかっているのはほとんど外部の人間がいる時ってことか。それだと……実際にはもっと死んでるんじゃないか? こんな田舎だ。老死ってことにして埋めれば誰も不自然に思わないだろう」
ロベルトはとんとんと新聞記事の切り抜きを叩く。
「怖いこと言うなよ! それにこの国は火葬の文化だぞ」
「だったら余計に都合がいいじゃないか。骨だけになれば検死もできない」
三人の間に沈黙が落ちた。
「……外部の人間も死んでるんじゃないかな。ほら、これとこれ」
クリスは新聞記事の翻訳を指差す。
『山登り中に落下、死因は溺死?』『地理研究者、下山後に死亡、肺に溜まる水の謎』
「ああ、これか。これはこの村の記事が少なかったから、周辺地域の記事を手当たり次第に持って来たんだけど。関係あるのかな?」
そういえば、とジェイはクリスの示した記事を見つめた。
「……僕たちも殺されないように注意しないとね」
ジェイの疑問には答えず、クリスは呟いた。クリスの放った言葉をジョークだと笑い飛ばすことは、ジェイとロベルトにはできなかった。
『外部の人間の死とも関係あり?』
ジェイは日誌に書き込む。
汗がじっとりと流れ落ちる。頬を伝った汗が日誌に落ちた。乾き切っていないインクが汗を吸ってじわりと滲み、広がっていく。
まるでこの村のようだ。実態はあるのに輪郭がはっきりしない。やがて乾いた紙はその部分だけ波状に歪んでいた。