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04. 村人

 ◆◇◆◇


 三人のテンションは朝からどん底だった。布団から這い出てきたものの、何もする気になれない。

 日が沈んでも下がらない気温。まとわり付くような湿気。息苦しさを感じて窓を全開にして開けたら、体中を蚊に刺されていた。疲れの取れない体が重くてこのまま床に沈んでいきそうだ。

 ジェイは何とか座っていられるが、ロベルトは畳に撃沈しているし、クリスは頭が痛いとずっとこめかみをぐりぐり押さえている。ジェイは何度目かになるかわからない生あくびをした。目がずっとうるうるしているので涙が溢れて仕方がない。

 ウミガメの産卵かよ、とロベルトが半目を開けて突っ込んだ。ジェイは無言でロベルトを足蹴りにした。それで目が覚めたらしいロベルトに羽交い締めにされる。


 ストップ、ストップ、まじこの家壊れるから!


 ギシギシと音を立てる木造建築からやばそうな音がしてきたあたりでロベルトはやっと手を離した。


 そのタイミングで運ばれてきたのは、本日の朝食だった。ジェイは口を開けたまま食事にチラリと視線を投げてから、項垂れて目頭を揉んだ。

 食べ物を期待して腹が鳴っている。コーヒーの匂いとチーズサンドの焼けた匂い。ベーコンは厚切りでカリカリ。卵は目玉焼きを二つ。フレンチフライ? もちろんいただきます。

 これは全てジェイの想像だ。一昨日まで食べていたはずのブレックファーストが遠い。どれくらい遠いって、海を渡るほどの距離だ。


 目の前に置かれたのは、質素な食事だ。


「鳥の餌かよ」とロベルトがつぶやいた。

 ジェイは食事を運んできてくれたおばあさんに聞こえるといけないと、ロベルトの背中を叩いた。ロベルトは『どうせ言ってることなんてわかんないだろう』という目でジェイを見返した。

 クリスに関しては箸の使い方がわからず、小鉢に入った何かの野菜だと思われるものをつっついている。疑わしそうな目でその料理が入った小鉢をつかんで匂いを嗅いだ。顔をしかめる。小鉢を押し除けると、「僕はこれは食べないよ」と言って自分のバックックパックからポテトチップスを取り出して食べ始めた。


 チェダーチーズの何とも美味しそうな匂いがしてくる。自分のバックパックからも取り出したい誘惑に駆られながら、せっかく作ってくれたものを残すのは申し訳ないとジェイは一口食べてみた。


 しょっぱい。とてつもなくしょっぱくて、硬い。

 ジェイは目を瞑って無言で咀嚼した。

「どうだ? この国の郷土料理は」

 ロベルトがからかうように聞く。

「ノーコメント」

 ボソリと呟くと、『これはハンバーガーだ』と自分に言い聞かせながらジェイは黙々と食べ続けた。


 いくら寝起きが最悪でも、外に出れば多少は気持ちも明るくなる。

 今日も天気は良くなさそうだが、曇り空でも太陽光は感じられる。三人は張り切って(いるのはジェイだけだが)調査を始めた。


 今日はとりあえず村をぐるりと一周回ってみることにした。ジェイたちに与えられた家は集落の端の端にあるようで、一番森に近い。東の方面にあるのは畑だ。真夏ということもあり、何らかの作物が植えられているようだ。


 稲作じゃないよな。水路もなさそうだし、後で近くで見てみようとジェイは頭のメモに書き残す。豊かに実っている何かをお裾分けしてくれないかなという下心もある。


 ジェイたちは集落が密集した(といっても、それほどではないが)方に向かって歩いていった。村の中心に向かうにつれ、建物はやや立派になっていく。真ん中にあるのはやはり学校のようだ。学校の裏、方角としては北にあるのは大きな屋敷だ。ジェイの基準で言えばさほど大きくはないが、この村にしては大きい部類に入るのだろう。他の家が簡素な造りをしているのに対し、屋敷は瓦屋根の立派な造りをしている。


 村長さんとか、そういう偉い人が住んでるんだろうな。

 ジェイはスケッチブックに書き足す。


 フィールドワークに行くときは現地の偉い人に手土産を持っていけと教授が言っていたこともあり、一応飛行機に来る前に慌てて免税店でバーボンを買ったが(予想外に高かった)、いつか渡しに行くチャンスはあるのだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていく。じわりと額に汗が滲んできた。ペンを握る手はじっとりと湿り、ジェイは何度かペンを落としている。それを拾う動作も億劫だ。まるでプールの中を歩いているように体が緩慢にしか動かない。

 僕だけじゃないよな? とさりげなく横目でロベルトとクリスを伺うと、予想通りというか、ロベルトは涼しげな顔をしているし、クリスはすでにフルマラソンでも走ってきたかのように汗をかいている。


 何人かの村人とすれ違い、これは顔を売っておくチャンスだとジェイはにこやかに挨拶をするが、不審者を見るような目で見られてしまう。それでもジェイは笑顔を崩さなかった。というか、他の二人がまったく使えないのだ。ロベルトはデカいサングラスをかけているし、クリスは暑さで今にも倒れそうな様子だ。

 まあ、側から見たらだいぶ怪しいよな、僕たち。引きつりそうになる頬に力を込めて、ジェイは口角を上げ続けた。


 一軒の家の戸が開いて、若い娘が顔をそうっと出した。ジェイは笑顔で「ハイ!」と手を振るが、娘は微動だにしない。ジェイは笑顔のまま固まってしまった。どうしたものかと目を右往左往していると、隣でロベルトがサングラスを取って爽やかな笑みを娘に向けた。娘は「きゃあ!」と頬を赤らめて奥へ引っ込んでいった。


「……」

 ジェイは無言で手を引っ込めた。手のやり場に困ったのでジーパンのポケットに捩じ込む。隣でロベルトが鼻で笑った。

 悔しくなったので、ジェイはロベルトの尻に蹴りを入れておいた。ロベルトはおかしそうに声をあげている。


 どう見てもあまり裕福そうではないこの村だが、今のところ見かける村人全員が肥満体系のように見える。全身がパンパンなのだ。いわゆるビール腹や産後太りとは違い、全身が膨張しているように見える。年齢が上に行くほどその傾向は顕著で、年寄りは杖をついて歩く人が多い。

 これがこの国の標準なのだろうか。いや、空港で見た人々は個人差はあれどもっとすらっとしていた。それともあれはみんな外国人だったのだろうか。


 村人は重そうに体を引きずりながら、暑い中を歩いていく。やはりずっとここに住んでいてもこの湿気と暑さは堪えるのだろう。今日も湿度は100%だ。いい加減うんざりしながらジェイは歩いていった。


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