28. 親友
「Oh my god, oh my god, please, please don’t.」
ジェイはロベルトの胸元を押した。肺が動いているか確認したかった。妙に柔らかい感触がする。まるで、魚のはらわたのような。
違う、そんなことはない。ジェイは滲む目元を乱暴に拭って両手をロベルトの胸に置いた。心臓マッサージをするためだ。上半身を使って垂直に腕に力を込める。ぐっとロベルトの肋骨がへこんで、口から勢いよく黒い液体が飛び出してきた。肋骨は元の位置に戻らない。押されたことで上がったロベルトの顎は、静かに落ちていった。
自分の頬にかかった黒い液体を手に取ってジェイは呟く。
「What a–」
力のないロベルトの口元からは、ドロドロと黒いものが流れ出てくる。
虚な目。動かない口。まるで水の中に使っていたかのように冷たい体。
「待ってくれよ、冗談きついよ、さっさと起きろよ。ロベルト、ロベルトったら!」
ジェイはロベルトの胸元を叩く。ロベルトはされるがままだ。いつもなら、速攻でチョップされるところなのに。
「ロベルト、ロベルト!」
ジェイは喉が枯れるのも厭わずにロベルトの耳元で叫ぶ。
うっせえなって言えよ。ちょっと寝てただけだろうって言えよ。言ってくれよ!
何勝手なことしてんだよ。さっきまで元気にしてたじゃないか。こんなとこで昼寝なんかするなよ。
「ロベルト、ロベルト!」
なあ、卒業したら結婚するんだろ。エリカが待ってるぞ。僕がBest manをするんじゃなかったのかよ。結婚式で可愛い子紹介してくれるって言ってただろう。お前が戻らなかったらエリカ、怒るぞ。
「ロベルト、ロベルト!」
お前はこんなところで死んじゃいけないんだよ。ああ、僕が連れてきたから。僕がこんなところに連れてきたから二人とも!
何度胸元を叩いてもロベルトは反応しない。口から流れる黒い液体は、ジェイがロベルトを傷つけている証のようで、それ以上叩く事はできなかった。涙と黒い液体に濡れた顔をロベルトの胸元に押し付ける。心臓の音はしない。
「ロベルト……」
ジェイは涙を拭って顔を上げた。このままここにいてはいけない。こいつは陽の当たるところにいるべき男だ。
ジェイはよろけながら立ち上がると、ロベルトの腕を取って自分に掴まらせようとする。が、すぐにだらんと下がってしまう。背中に背負うのが一番だが、女の子は先ほどから動こうとしない。こんなに激しく動いたのに、それでも声すら上げないこの子は一体?
なんとなく後ろを振り向くのは良くない気がして、ジェイはロベルトに視線を固定するとしゃがんでロベルトの肩を持った。そのまま力を込めてロベルトの上半身を起こす。
くっそ、重い。さすがに姫様抱っこは無理だぞ。
はあはあと息を吐きながらジェイは態勢を整えた。ロベルトの首がぐらりと動いて後ろに仰け反った。それを慌てて引き寄せると、ひんやりしたロベルトの頬がジェイの頬に当たる。生きている人間の体温では決してありえない冷たさに、ジェイはまた涙ぐみそうになった。奥歯をぎゅっと噛んでそれを耐える。
「よし、もう一回だ。ちょっと乱暴にしちゃうけどごめんな。でも必ず連れて帰るから」
ジェイはロベルトの腰に手を回すと、足に力を込めて立ち上がった。腕の筋肉が悲鳴を上げるがそんなことはどうでもいい。それよりこの音をどうにかしてくれないか。さっきからタプタプ音がするのだ。水が揺れるような音。動く度に水音がして、体が重くなっていく。待て、どこからする?
……体の中からだ。クリスもさっきそんなこと言ってなかったか。そんなはずはない。だってジェイはここに来てから一滴も水を飲んでいない。
タプタプ、タプタプ
体のどこからするんだ?
腹? いや、肺だ。肺が重い。息が苦しい、苦しい。
ジェイは喉を掴んだ。息が吸えない。息が吐けない。ヒューっと隙間風のような音が喉から出た。器官につっかえて、ごほっと咳き込む。口からは黒い液体が出てきた。
「なっ……」
チカチカ点滅する頭でジェイは必死に頭を働かせようとする。喉が、肺が、苦しいんだ。
「お兄ちゃん、もうすぐだよ」
耳元で明るい子どもの声がする。ジェイの喉元を占めている女の子の腕の力が強くなった。
……この子、しゃべれる?
途端に恐怖を感じたジェイは、女の子の腕を引っ掻いて外そうとする。だかもがけばもがくほど、腕の力は増していく。ロベルトの体は倒れていった。それを掴もうとしたところでジェイの体の中で何かが弾けた音がした。痛覚を感じる間もなく、ジェイは全身を弛緩させて倒れた。ロベルトの体の上にジェイの体が重なる。薄れゆく意識の中でジェイの目に最後に写ったのはロベルトの顔だった。
……ロベルト、ごめん。




