24. 水晶
なんとか息を整えると、ジェイは辺りを見渡した。真っ暗なはずの洞窟は、なぜか淡い白色に光っている。外からの光は絶えたはずなのに、なぜ?
ジェイは岩壁をそっと触ってみた。
「気をつけろよ。ぽろっと取れてガラッと崩れるかもしれねーぞ」
地面に尻をついてTシャツをパタパタと仰いでいるロベルトが言う。
「うん、そうなんだけど……あ、これ、水晶じゃないかな?」
ザラザラとして岩とは違う感触のツルツルした表面が指に当たった。硬くてひんやりする。
「水晶って天井からぶら下がってるんじゃないのか?」
興味を惹かれたらしいロベルトが肩越しに覗き込んできた。
「それは鍾乳洞だろ」
「こことか、先がとんがってるな。水晶っぽい」
ロベルトが触っているのは尖った先端だ。まるで人工物のように直線に平らになっている。中にひび割れのあるもの、透明度の高いものなどさまざまだが、宝石類にまったく興味のない男二人にも違いがわかるほど立派な石だ。
飛び出ている水晶を手で掴んで、ロベルトはそれを外そうとする。ジェイは慌ててその手を払った。
「おい、崩れたらどうするんだってお前が言ったんだぞ」
「そうだけどさ、エリカの土産にしようと思って」
「……たしかに。僕もばあちゃんに持って帰ろうかな」
こんなにたくさんあるのだ。少しくらいもらっても罰は当たらないだろう。
こんなことしている場合じゃない、早く避難しないとと思うのに、魅せられたように二人は水晶を取り外そうと躍起になった。
本当は何かが怖いのかもしれない。
何かって何が?
それはわからないけど、何かだよ。
――本当はわかってるくせに。
頭の中で何度も同じことを繰り返し思う。その度に頭を振って思考をクリアにしようと思うのに、また考えてしまう。
「これがあるから村の人はここに入るなって言ったのかな」
ぼんやりと考えながらジェイは思ったことを口にする。
「ああ、めっちゃ怒られたやつな。そうかもな。これだけの水晶だ、売ればかなりの額になるはずだ。おかしいと思ったんだよな、自給自足するにはいろいろ足りてないだろ、あそこ」
たしかにとジェイは頷いた。作物は育てているがそれだけで生活がまかなえるような時代でもないし国でもない。この国は資本主義国家だ。社会主義の国のように国が全てを管理しているわけではないだろう。
「国の補助金か、村の北側の林を伐採して売ってるのかもって思ってたけど」
林業には詳しくないジェイでも、林があまり手入れされていない状態であるのは明らかだった。
「村直通の道路が機能してないあたりから、すでに国の関心は低そうだしな」
しばらく二人は黙々と作業をする。
カンカンと石を水晶にぶつける音と、ポタポタと水が落ちる音。音がよく響く洞窟内では、誰かが声を発しないとこの二つの音しか聞こえてこなくなる。それに混じるのはジェイたちの息の音だ。
息が苦しい。まるで水を含んだ布を顔に押し付けられたように息がしづらい。自分の息もこもって聞こえる。水中で叫んでも音は聞こえないように、このまま一生声が出ないんじゃないかという気持ちになってくる。
ジェイは何度も唾を飲み込んだ。それでも不快感は払拭できない。キインと耳鳴りがした。それが去ると、水滴の落ちる音はさらに近くに聞こえ出した。
範囲が狭まった。何かに囲われている。そんな思いに囚われる。
閉所恐怖症ではないはずなのに、心臓がバクバク言い出した。
「そういえば、さっき久美に聞いたんだけどさ」
ロベルトがくすりと笑う。この密閉空間で、それはやや場違いのように思えるほど明るかった。
「どうしたんだ?」
ロベルトの声に救われたように、ジェイは返事をした。
ああ、声は出る。隣にロベルトがいる。こんな時でも笑えるロベルトの強さにジェイは勇気をもらった。
「俺らが村に入った時にさ、小学生くらいの女の子が『ゴホーム』って言ってきただろう? あれ、久美の妹なんだって」
ああ、そういえばそんなこともあったなとジェイは思い出した。
あの時は気づかなかったけど、あの子はだいぶ緊張していたんじゃないかと思う。
「もしかしたら僕たちに忠告してくれてたのかもしれないな。子どもなりにいろいろ察することがあったのかもしれない」
ジェイはしんみりとしながら言った。
あの村長の家で生まれて生きるというのは、どういう気持ちだろう。あの村長や息子たちが妹に優しくしてやっているのか、ジェイにはわからない。いや一回だけしか会ったことない人のことを決めつけるのは良くないとはわかっているのだけど。
「久美のところにさ、妹から連絡が来たんだと。『なんか変な外人が入ってきた』って。お父さんも村の人もピリピリしてるって、お姉ちゃんどうしようって言われたんだってさ。すぐに駆けつけるべきだったんだけど、バイトがどうしても休めなかったんだって。久美は授業料を全部自分で払うっていうのを条件に大学進学を許されたらしいんだ。もちろん生活費も寮費も出してくれないらしくて、それで来るのが遅くなってしまった。ごめんなさいって謝られたよ」
「あーそれは悪いことしたなあ」
久美があんなに痩せていたのは、きちんと食べれていないからじゃないだろうか。ジェイは久美のことが心配になってきた。ロベルトもおそらくそうなんだろう。だからわざわざ久美のところに行ったのだ。
「いっそのこと海外の大学に編入すればって言ったんだけど、俺。久美は英語もしゃべれるんだしさ。海外の方がスカラッシップとかたくさんあるし。でも妹がまだ小さいから遠くにはいけないって、悲しそうに首を振るんだ」
「やりきれないな」
ジェイたちがどうにかしてあげられる問題じゃない。でも、誰か久美のことを支えてくれる人がいればいいのにと、ジェイは祈った。
もしそれが自分であったら。
心の奥から突如として湧いてきた気持ちに戸惑う。ここを出ることができたら、もう一度久美に会いたい。




