21. 嵐
◆◇◆◇
「クリス! クリス!」
大声で叫びながら、 二人はクリスを探した。
まずは家の周辺。クリスがその辺にうずくなっているんじゃないかと思ったのだ。
それから屋敷のほうに行くか、森のほうに行くかで意見が分かれた。村長が云々って言ってたんだから屋敷の方だろうと言ったのは、ロベルト。
でもクリスは人とコミュニケーションをとるのがあまり好きじゃないから、弱った状態だと森のほうに行くんじゃないかと主張したのはジェイだった。
ロベルトの言うことは正しい。利にかなっている。いつものジェイならロベルトの意見に頷くが、今日はなぜか森のほうに行ったほうがいいと思ったのだ。
大雨の中で議論をする余裕もなく、「お前がそう言うなら」と折れたロベルトと共に、ジェイは森の中に入ってきた。まるで今までの曇り空のリベンジかというように、大粒の雨が絶え間なく降っている。
レインコートのフードに当たる雨粒の勢いは、痛いくらいだ。
クソ! 禿げたらどうしてくれる。ぜったいクリスに慰謝料を請求してやる。
心の中で悪態をつきながら、ジェイは声の限りにクリスの名前を叫んだ。
クリスが着ていたのはピンク色のTシャツだった。華やかさとは無縁のこの森で、その色はだいぶ目立つはずだ。
いくら拭っても顔に落ちてくる水滴に目を瞬かせながら、ジェイは注意深く森の中を見渡した。ちらりとピンク色の何かが見えた気がする。
「おい! あっちにいるかもしれない」
ジェイはロベルトに声をかけた。だが、一瞬目を離した隙にピンク色は見えなくなってしまった。とにかくそちらに進もうと 二人は進んだ。
稲妻が光る。ゴロゴロと音を立てて雷が落ちる。光ってから雷が落ちるまでの間隔が短い。近くに落ちたのだ。振動が体に伝わって、ジェイは思わず身を硬くした。
真っ黒な雲が覆っている空は、絶え間なく光っている。視界を全て覆ってしまいそうな程の雨のカーテンだ。雨はまるで木の葉の影に隠れているジェイたちを探すように、隙間という隙間に侵入してくる。
早く。早く。
焦燥感が胸から迫ってくる。
意思を持って光っているように見える空。
『どれにしようかな』と気まぐれに落ちてくる雷。
モールス信号みたいだとジェイはぼんやりと思った。
近くの木でも落ちてこられたら、たまったもんじゃないぞ。
ジェイはヒヤヒヤしながら慎重に進んで行った。足がぬかるみにとられて滑る。そのまま転びそうになるところを踏ん張って耐えた。冷たい風が吹き抜けて、生温かい空気と冷気が混じる。レインコートの中は蒸し暑いくらいなのに、同時に体中の熱が奪われていくようだ。
ゴロゴロ
バリバリ
ガッシャーン!
バリン!
落雷の音は、まるで分厚い布を引き裂くような不愉快な音だ。
運悪く線状降水帯にでも当たったのだろうか。
雨音とは対照的に、森の中には生き物の気配がしない。こんな土砂降りの中、外に出るなんて酔狂な人間くらいだろう。不気味なほどの静けさと激しく叩きつける雨の音の対比に、ジェイは逃げ出したい気持ちに駆られた。本能が安全な場所を欲しているのだ。が、ジェイはそれを見ないふりをする。
山の上方から雨水がどんどん滑り落ちてくる。盆地になっている村の中心に向かって集まっているのだろう。気を薙ぎ倒しそうな勢いで雨は叩きつけてくる。
今までの鬱憤を晴らすかのように振り続ける雨は、まるで生き物のような意思を感じる。村人を中に閉じ込めているように感じるのは、ジェイのparanoiaだろうか。
逃げられない。
敗北感が胸によぎった。
風が出てきた。気温がぐっと下がる。横殴りの雨に思わずよろけた。鼻に付くのは湿った土の匂いと有機物の匂いの混じり合ったもの。自分もその一部なのだと、いつか土に還るのだと、当たり前で冷酷な事実を突きつけられる。
逃げられない。
『お兄ちゃん』
少女の呼ぶ声が雨音に混じってジェイの耳に届いた。




