18. 衝突
ジェイの推測通り、二人は村長の長男次男だそうだ。無言でクリスの向かいに座ったのは末の弟らしい。三人とも成人しているらしく、村でビジネスをしていると久美が説明する。何のビジネスかは突っ込んで聞かなかった。久美が忙しそうにずっと通訳をして回っているからだ。
村長が杯を上げて何かを言う。それに倣って三兄弟も盃を上げた。ジェイたちも久美に促されて同じ動きをする。
「乾杯!」
村長の声に続いて三兄弟が同じセリフを言う。
おお、これが噂の『カンパイ』か。これも映画で見たことがある。
感動しながらジェイも「カンパイ!」と言った。
出された料理をつまみつつ、ジェイは酒が美味しいことを伝えた。褒められると嬉しいのは万国共通のようで、村長家族もやや態度が柔らかくなってきた気がした。ジェイはどうにかこの穏和な雰囲気のまま乗り切れればいいと祈るように笑顔を作った。
「久美は食べないの?」
忙しそうに通訳しながらお酌をして回っている久美にロベルトが聞いた。
久美は「私は後で母と妹といただきますので」と当然のような顔をして言う。
「一緒に食べようよ。せっかくなんだしさ」
ロベルトは近い距離で話すにはやや大きすぎる声を発した。久美はぴくりと肩を震わせて動きを止めた。
「えっと、その……」
久美は言い淀む。
「お母さんと妹さんも呼んでさ。家族なんだし」
久美の動揺に気がつかないふりをしながら、ピカピカの笑顔付きでロベルトはさらに言う。
それを横目で見ていたジェイは、ああやっぱりこいつやりやがったと頭を抱えたい気分と、胸のモヤモヤが晴れた気分を同時に味わった。
ロベルトは分かってやっているのだ。女性を平等に扱わないことが、ロベルトは大嫌いだ。
『世界にはそんな所ばっかりだ。男は肉の一番良いところを食って、女は筋の硬いところを食うとか。男が食事が終わった後に、女はその残飯を食べるとか。ほんとそういうのマジうんざりなんだよな。』
世界中を飛び回って帰ってきては、ロベルトはそんなことをよくこぼす。
ちらりと村長を伺ってみても、村長は何も気づかないように酒を飲み続けている。息子たちも同じだ。
「お酒のおかわりを持ってきます。お父様」
久美は小さい声で呟くと、徳利を持って部屋の外に出ていった。
言葉の架け橋である久美がいなくなると、途端に会話がぎこちなくなる。それでもジェイは頑張った。身振り手振りで村の素晴らしいところを褒め、「ベリーグッド」と繰り返す。どうやら三兄弟は簡単なフレーズなら理解できるらしいということがわかった。
久美がバーボンを持ってくると、村長は急に機嫌が良くなった。どうやらお気に召したらしい。この村の歴史や伝統について上機嫌に話し出す。村長はやはりここ一番の権力者で、すべての決定権は村長が持っているらしい。屋敷の前にある小中高一貫のスクールも、村長が実権を握っているのだそうだ。
「大学はな、息子たち三人とも都会の一流校を出ている。それくらいみっちり勉強ができる環境が整っているんだよ、ここは。で、君たちはどこの大学なのか? ハーバードか?」
村長は息子たちを自慢げに見た。
ジェイが母校の名を答えると「そんな大学聞いたことねえな」と息子たちは鼻で笑った。さっきから、特に長男がニヤニヤした顔をして三人のことを小馬鹿にするように見てくるのが地味に気になる。
「オレは女には教育なんて必要ないと思ってるんだがな。このバカ娘がどうしても大学に行きたいって駄々をこねるから。まったく女の我儘は困ったもんだ」
村長がじろりと久美を睨んだ。それまですべての会話を汗だくで訳していた久美は、肩を震わせて俯いた。
「何してるんだ。さっさと学者さんたちに訳して差し上げろ。それくらいできないなら、大学なんて辞めてさっさと帰ってこい。いつまでもふらふら遊び歩いていたら嫁き遅れるぞ」
村長の言葉に、息子たちが嘲るように笑う。
久美は拳を握りしめて、村長の言葉を三人に伝える。言葉は震えているが、紙のように真っ白な顔で訳し切った。
「それは流石にちょっと……」
ジェイが声を上げようとしたところを、ロベルトが手で制する。
「そういえば昨日、村の方がお一人亡くなったと聞きましたが」
ロベルトはまるで天気の話をするかのように切り出した。
久美の顔がこわばる。久美が口を開く前に、ロベルトは続けた。
「A man. Dead. Last night.(男。死んだ。昨日)」
一言一言、区切ってはっきりと発音する。
簡単な単語ならわかるのだろう。息子たちが笑みを引っ込めてロベルトを見た。
「Why, may I ask? An accident? Some sort of disease? Or, a murder? (なんでか伺っても? 事故ですか? なんかの病気ですか? それとも、殺人?」
部屋が静まり返った。
「こちらさんはなんと言ってるんだ?」
酒に酔った頬を赤らめて、村長は聞く。
「あー、えっと、その……昨日誰かが亡くなったんじゃないかって心配なさっていて……」
久美は言葉を濁す。目がロベルトと村長の間を行ったり来たりしている。
その一声で村長はバーボンの入ったグラスを膳に叩きつけた。
全員の視線がロベルトに刺さる。
「おい、やめとけよ」ジェイはロベルトの腕を引いた。だがすでに時遅しだろう。村長も息子たちも、まるで憎い敵を見るかのような目でジェイたち三人を睨みつけている。
ここまできたら引くわけにはいかない。
ジェイは深呼吸した。
「僕たちはこの村で起こっている変死現象について調査しています。昨日亡くなった方もそれに関連しているのではないですか? 病か、それとも事故でしょうか? 詳しくお話をお聞かせください」
村長にぎろりと睨まれた久美は、しどろもどろになりながら訳す。心底申し訳ないと思うが、今しかチャンスはない。
「そんな病も事故もねえ。みんなただの老死だ。あんまりコソコソ嗅ぎ回ると追い出すぞ!」
村長は膳をひっくり返して立ち上がった。そして足でジェイの膳を蹴散らすと、足音を立てて広間を出て行った。
「っ!」
膳の角が膝に当たったジェイは、息を呑んだ。畳の上には散らばった食事と汁物。痛いほどの沈黙が降りる。
「行こうぜ」
ロベルトがジェイの肩を叩く。三人は無言で屋敷を後にした。真っ青な顔をした久美が追いかけてきたが、三人といるところを誰かに見られていたら久美によくないだろう。この家での久美の立場はあまり良くないらしいということが、この短期間でもはっきりわかった。ジェイは久美の肩をやんわりと押して屋敷に戻した。
「なんであんな喧嘩ふっかけるような真似したんだよ! 殺されたらどうするんだ!」
家に戻るなり、それまでだんまりだったクリスが声を荒げた。
「ごめん、でもまるで何もなかったかのようにみんな振る舞ってるから」
ジェイは痛む膝を押さえながら言った。明日には青タンになっているだろう。
「あの家クソだな。久美が心配だ」
ロベルトは吐き捨てた。
「他人の心配より僕たちの心配をしろよ!」
「うるせーな。一言も声出さなかったビビリが、でけえ口叩くんじゃねえよ」
ロベルトとクリスが睨み合う。ジェイはその間に入って二人を宥めた。クリスはジェイの手を鬱陶しそうに振り解くと、部屋を出ていった。
「クソッ、久しぶりの酒だったのに酔えやしねえ」
ロベルトが自分のバックパックを蹴る。
「僕、最後の一缶残ってるよ」
ジェイはバックパックからバドワイザーを取り出した。
「さすが兄弟。盃でも交わすか」
「お前は本当にもう……気をつけろよ。ダメージ受けたのは僕なんだからな」
「わかった、わかった。もうさっさと出ようぜ、ここ。俺らがいなくなれば久美も大学に戻れるだろうし」
そうするしかないなとジェイも思った。ジェイたちはアームチェア・ディテクティブでもなければ、インディアナジョーンズでもない。たかが大学生にできることなど知れている。
バーボン、渡さなきゃよかった。
ぬるいビールを啜りながら、ジェイは村長宅にある琥珀色の液体に思いを馳せた。
湿った匂いが村に漂ってくる。
遠くから聞こえてくるのは雷の音。
時折壊れかけた電球のように空が光る。
黒く厚い雲が村に集まり出した。




