17. 村長
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やや日が沈んできた夕刻に、 三人は村長の家を訪ねた。村の中心にある村長の家は、この辺りで一番立派な建物だった。瓦屋根の木造建築の二階建てだ。他の家は平屋がほぼ全てを占めているから、思いのほか高く見える。立派な門構えをくぐると、敷地内は清潔に掃き掃除がされ、花壇には色とりどりの花が咲き誇っていた。
そういえば、花なんて全く見なかったなとジェイは思った。日々の生活で精一杯のこの村は、花を愛でる余裕もないのだろう。
通された家の中は派手さはないが、重厚な作りだった。昔ながらの良い素材を使った大黒柱があったり、素晴らしい刀が飾ってあったり、高価な鎧や壺なんかも置いてあった。ジェイたちにその価値はわからないが、案内人の『どうだ、すごいだろう』という笑みを見る限り、おそらく立派なものだろう。門の前から案内してくれたおそらく下働きだと思われる男は、自慢げに一点一点指を指して足を止めて案内して行く。
ロベルトがジョークで『この刀をちょっと振り回してみてもいいですか?』と派手なチャンバラアクション付きで聞いてみたところ、真っ青な顔をしてノーノーノーと連発された。思わず吹き出しそうになるのをグッと堪えるのもなかなか大変だ。
いいからお前はおとなしくしてろと、ジェイはロベルトを目で制した。ロベルトはいたずらっ子のように舌を出す。
家の隅から隅まで案内されたんじゃないかと思うほど長いお宅訪問ツアーを終えて、三人が最後に通されたのは広間だった。ジェイたちの住処とは比べ物にならないほど立派な畳の部屋で、点々と座布団が敷いてある。部屋の最奥、掛け軸の前にどっしりと構えて座っているのがおそらくこの家の主人の村長だ。六十代か五十代だろうとジェイは目星をつける。着物を着たでっぷりした腹の貫禄のある男だった。この男もやはり全身が浮腫んでいる。
三人は村長に近づいて、午後に一生懸命練習した挨拶を述べた。
「このたびはおまねきいただきありがとうございます。こちらをおおさめください」
ジェイは深々とお辞儀をしてから、代表者として村長にバーボンを差し出した。
だが村長は立ち上がる素振りを見せない。
これは僕も座るべきなのか。それとも座っちゃいけないのか。でもこの態勢だと村長を見下すことになっちゃうかな。
挨拶のしょっぱなからどうしていいかわからなくなったらジェイは、そのままの体勢で目を泳がせた。
村長は一言も声を発しない。
えーと、これは相手の目を見たほうがいいのか。それとも見ると失礼になるのか。あれ? でも侍のハラ切りって座ってるよなあ。じゃあやっぱり座るべきなのか。
そろそろ前に差し出した手がだるくなってきた頃、村長は目線で座るように促した。……ように見えた。
ジェイはこれ幸いとしゃがみ込んであぐらをかいた。村長の唇の端がびくりと動いた。
「それは?」村長が声を発した。
低いこもった声だ。もちろん何を言っているかなんてかわからない。慌てて隣に滑り込んできた久美が通訳をする。
「これはバーボンです。お口に合えばいいんですけど」
ジェイはバーボンを差し出した。村長はむくんだ手でそれを掴むと、「開けてこい」と顎で促す。するとすぐに給仕係が飛んできて「はい!」と足早にいなくなってしまった。
えーと。なんだ?
一応受け取ってもらえたらしいとほっと息を吐くも、いや、下げられたのか? という疑問が湧く。
ジェイは笑顔を貼り付けたまま成り行きを見守ることにした。
「よく来た。座れ」
村長の手前には小さな低いテーブルが置いてある。ジェイたちの家にあるちゃぶ台よりもうんと小さいものだ。テーブルの上には徳利と肴が置いてあり、村長は手酌で酒を杯に注ぐと、くいっと飲み干した。
久美が三人の座る席を指定する。いつの間にか部屋の中には村長の前に置かれているのと同じ小さいテーブルが並んであった。その前に座るようにとの指示だ。この小さいテーブルは『膳』と言うのだと久美が説明してくれる。そしてこのお世辞にもふわふわとは言えないクッションは、座布団と言うらしい。ジェイはその上におとなしく座る。座り心地が悪くて、何とか尻をモゾモゾさせるが、なんとか三人は落ち着いた。
膳の上には細々としたいろいろな料理が入っている。カラトリーは箸だけだ。
これはハードルが高いぞ。
ジェイはちらりと横目でロベルトとクリスを見た。ロベルトは小鉢を手にとって匂いを嗅いでいるし、クリスは嫌そうな表情を顔に出さないように口を真一文字に結んでいる。
こいつら、使えねえ。
ジェイは自分がしっかりするしかないと心に決めた。
「お酒は召し上がりますか?」
簡素な服を着た女中がジェイの脇に座って徳利を差し出してきた。匂いからしてアルコールだろう。飲まないとやっていられないと思ったジェイは、徳利を受け取ろうとする。女中は困った顔をしてジェイに杯を手渡した。
ああ、お酌してくれるのか。
ぱちくりと瞬きしてそう悟ったジェイは、「ありがとうございます」と杯を徳利に近づける。
これは任侠映画で見たことがある。侍が胡座をかいて酒を飲み干すのだ。
映画スターになったつもりで、ジェイは杯を一気に呷った。喉が焼けるほどの辛さだ。だがウォッカほどアルコール度数は高くなさそうだ。ほんのりと甘味が下に残る。
うまい。これは文句なしにうまいぞ。
村に来て初めてうまいと思える物に出会ったジェイのテンションは爆上がりだ。隣ではロベルトも嬉しそうに飲み干している。クリスは「NO」と頑なに拒否している。それをもったいないと思いながら、おかわりも遠慮なく頂戴する。
「なんだよこいつら、もう飲んでるのかよ。品がねえな」
そう言いながら向かい側に座ったのは、村長より若い男だった。村長の息子だろうか。どことなく面影があるような気がしないでもないが、無関係だと言われればそうかもしれない、程度の見分けしかジェイにはつかない。
ジェイは「Hi!」と笑顔で挨拶する。片方の唇だけ吊り上げた表情が返ってきた。
「おうおう、もうお楽しみとは外人さんは図太いねえ」
「まあまあ、兄さん。今夜は無礼講ってことでいいじゃないですか。ねえ、父さん?」
もう一人の男がロベルトの向かいに座る。柔らかそうな笑みは久美と似ていると思ったが、なんか違うんだよなーと空きっ腹にアルコールが回ったジェイはふわふわと考える。嘘くさい笑みっていうか。




