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16. 家族

 ◆◇◆◇


「タイム、タイム! もう動けないよ」

 ジェイは校庭のグラウンドに腰を下ろした。汗はかいているが、やはり運動をしてかく汗は違う。久しぶりに運動した体は明日筋肉痛になっているかもしれないと思いつつ、ジェイは自然と笑顔になった。


 グラウンドでは疲れ知らずのロベルトが村の子どもたちがサッカーをして遊んでいる。ロベルト曰く、「どこの国に行ってもサッカーボールさえ持っていけば、子どもたちと仲良くなれる」だそうだ。

 いろいろ気がかりな事はあれど、家でモヤモヤしても仕方ない。ダメ元で子どもたちを誘ってみようぜと外に出たジェイとロベルトは、とりあえず二人で学校まで行ってみた。申し訳程度の遊具があるグラウンドでは子どもたちが遊んでいる。それに軽く手を振ると、二人は子どもたちには声をかけずにサッカーボールを蹴り始めた。

 子どもたちはチラチラとジェイたちの方を見ている。それを横目で見ながら、ややオーバーに楽しそうな雰囲気を出しながら二人はボールを追いかけた。やがて子どもたちは遊ぶのをやめてジェイたちの様子を伺い始めた。


 あともうちょいといったところか。

 ロベルトはニカっと人好きのする笑顔を作ると、遠くにボールを蹴った。ちょうど子どもたちのいる方角だ。ジェイはそれを取り逃したふりをして、ボールを追いかけていく。


「Catch the ball! (ボール取って!)」

 ジェイは子どもたちに声をかけた。それに反応した一人の男の子がボールの前まで走ってきて、足でボールを受け止める。小学生くらいだろうか。ジェイは膝に手をついて子どもと目線を合わせると、サンキューとお礼を言う。子どもは無言で頷いてジェイにボールを蹴り返してきた。

「Do you wanna play with us? (一緒にやる?)」

 ジェイはボールを蹴る真似をしながらロベルトのいる方を指差した。子どもは戸惑ったようにジェイの後ろにいるロベルトと、自分の後ろを交互に見ている。

 子どもの後ろには、何人かのお母さんたちが集まってきていた。誰かが呼びに行ったのだろうか。これはチャンスとばかりに、ジェイはお母さんたちに笑いかける。後ろではロベルトが両手を振って『来い来い』アピールをしている。


 目線を交わし合ったお母さんたちは、仕方ないわねというふうに男の子の背中を押した。男の子はニカっと笑うと、元気よくロベルトの方へ走っていった。それに続くように、他の子どもたちもグラウンドに走り出した。すぐに楽しそうな声が聞こえてくる。


 こんなに暑い中だというのに、子どもたちはくるくるとよく動き回る。彼らは大人のように体がむくんでいるわけではない。いたって標準体型だ。むしろジェイの国子どもたちよりだいぶスリムだ。子どもたちの年齢が大きくなるにつれてやや体型に変化はあるが、それが成長期特有のものなのか、それともこの村独特のものなのか、見た目では判断できない。


 参戦したものの早々に離脱したインドア派のジェイと違って、ロベルトは子どもたちの体力にも負けないくらい元気いっぱいに走り回っている。


 帰ったら少し運動しないとなあ。ジェイは最近めっきり出てきた腹をさすった。体が重く感じられるのは、水っ腹のせいだということにしておこう。決して脂肪がついてるわけではないはずだ。だってこんな粗食しか食べてないのだから。


 子どもとじゃれついているロベルトを見て、ジェイは思わずため息をついた。

 あいつは子どもには好かれるからな。きっと結婚したら可愛い子どもが生まれて、いいお父さんをするんだろうなあ。


 親友のことなのに、喜ばしいことなのに。心から喜べないのは、どうしても自分と比べてしまうからだ。両親は離婚し、母と妹とは疎遠。父親とも顔を合わす事はほとんどないし、祖父母とは時々メッセージのやりとりをするだけ。


『婆さんの具合が悪い。』

 その一報を受けたのは夏休みに入る直前のことだった。一度は帰省して顔を見に行ったが、すぐに戻ってきてしまった。だってフィールドワークがあるんだから。

 いや違う、とジェイは首を振った。ジェイがいきなりこんな遥か遠くの地までフィールドワークに来ることを決めたのは、その連絡を受けた後だった。その連絡があったから、こんな無謀なことをしようと決めたのかもしれない、と今になって冷静に考える。

 自分はなんて薄情な孫なんだろう。逃げるようにこの地にやってきたのは、これ以上辛い別れを経験したくなかったからなのかもしれない。母が去り、妹が去り、父親が去り、ジェイの大切な人たちは、みんなジェイの元を去ってゆく。

 そういえば、ガールフレンドたちにも振られてばっかりだ。僕の何かがいけないんだろうなあ。どこかで逃げ道を探そうとするジェイの弱いところを、女の子は敏感に察知するのかもしれない。


 家族が欲しいと思う。

 自分の家庭を築きたいと思う。

 でも自分の生まれた家族も大切にすることができないくせに、自分の家庭を築くことなんてできるのだろうか。

 子どもかあ。いいなあ。ロベルトも結婚すれば、今までと同じようにつるむことができなくなるだろう。もちろんおめでたいことではあるのだけど。


 ジェイはつきそうになるため息をすんでのところで飲み込んだ。まあ、ジェイがグラウンドの端でため息をついたところで誰に訊かれるわけでもないけど。

 よし、と気合を入れて立ち上がると、ジェイはグラウンドの中心に駆けていった。


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