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13. 分断

 外に一歩も出たくないというクリスを引っ張って、三人は共同の炊事場へ向かった。

 いつも通りの朝だ。女たちはきびきびと食後の後片付けをしている。


「オハヨーゴザイマス」

 ロベルトがにこやかに声をかける。一瞬空気が凍った気がしたが、割烹着を着たふくよかな女が笑みを浮かべて三人の方を見た。


「あら、おはようございます。今朝は早いのね。よかったら、うちのお味噌汁持っていく?」

 女は鍋を指差す。鍋底にはわずかな液体が残っていた。ロベルトは首を振ってそれを断った。

 そう、と女は残念がる仕草も見せずに言う。話はこれでおしまい、と家事に戻ろうとする女にロベルトは食い下がった。


「Um, do you mind if we ask some questions?

(質問してもいいでしょうか?)」

 ロベルトが人好きのする笑顔で聞く。


「クエスチョン?」

 女は首を傾げた。


「Yes! Questions.」


 ロベルトはちらりとジェイを見る。ジェイは頷いた。


「Last night, he kinda saw a dead body, and we were wondering if someone had died.

(昨夜、こいつが死体を見たって言うんですけど、どなたか亡くなったのかと思いまして。)」


「……なんのことか分からないわ」

 女性は困ったように眉を下げた。


「Last night, a dead body.

(昨夜、死体)」

 ロベルトはそう言うと、死んだふりをした。自分の首を絞める真似をして、くてっと首を下げる。


 その場が凍った。手を動かしていた全員の目が三人に集中する。


 ジェイはロベルトのTシャツの袖を引っ張った。


「Maybe it wasn’t a dead body. Maybe someone had slipped and fainted? It was dark. Haha!

(もしかしたら死体じゃなかったかも。誰か転んで気を失ったのかな? 暗かったから。はは!)」

 ジェイは早口で捲し立てる。慌ててジョークにしようとも、時すでに遅し。女たちはひそひそと口元を隠して話し合っている。誰も三人と目を合わせようとしない。完全に分断された女たちとジェイたちの溝に、さすがのロベルトも黙った。


「Maybe we’ll just go. Excuse us.

(もう行きますね、すみません)」

 クリスは引き攣った笑みを浮かべると、二人を引っ張ってその場を後にした。


 ジェイとロベルトは気まずそうにクリスの後をついていく。クリスは怒り肩になっていて、今にも頭のてっぺんから湯気を出しそうだ。相当おかんむりのようだ。


「お前がいけないんだぞ。あんな直接的な言い方するから」

 ジェイはロベルトを突いた。

「仕方ないだろ。あれくらい言わないと通じないし。お前のジョークもめっちゃ滑ってただろうが」

 ロベルトも言い返す。


「どっちもどっちだから。帰ったら荷物まとめて出るよ」

 クリスは二人を睨んで冷たく言い放った。



「……なあ、もうちょっとだけ頑張ってみないか?」

 家に帰ってから、ジェイはクリスにおずおずと切り出した。クリスはジェイに背を向けてバックパックに荷物を詰めている。返事はないが、ジェイは続ける。


「ほら、このまま帰ったらさ、発表にならないだろ? 『お前らこんなに長く滞在したのに、植物の写真しかとってないじゃないか』って教授に言われたらどうするんだよ」


 クリスの手が一瞬止まった。それを見逃さず、ジェイは重ねる。

「少なくとも、もうちょっと形になるまではさ、」


「それで殺されたらどうするんだ?」

 ジェイを遮るようにクリスが言う。ジェイはクリスの前に回ってしゃがみ込んだ。

「あれはきっと事故かなんかだったんだよ。それで村人がちょっとナーバスになってるのかもしれない。少ししたらさ、また話ができる機会があるよ」


「これ以上の成果なんて出ないよ。地元の警察だって保健所だって動いてないんだ。どうにもならないって思ってるからだろ。こんなぽっと出の外国人がどうにかできる問題じゃなかったんだよ、初めっから」


 だったらなんでついてきたんだ、という言葉を飲み込んで、ジェイはさらに言い募ろうとした。それを遮ったのは意外にもロベルトだった。


「俺も帰ることには賛成だけど、あと数日は無理だな」

 ロベルトは壁に体を預けて腕を組んでいる。手にはスマホを持ち、何かを読んでいるようだ。

「なんでだよ?」

 ムッとしたようにクリスがロベルトを睨む。

「ググってみたけど、バスが数日運休停止だそうだ。お盆ホリデーとか言うホリデーの特別ダイヤだとよ」


 帰り道の途中からふらりといなくなったロベルトは、電波の入るところに行っていたらしい。


「ホリデーかあ、じゃあ仕方ないね」

 ジェイは肩をすくめた。クリスは今度はロベルトを睨む。


「僕は歩いてでも帰るよ」

 クリスはバックパックを背負った。行きはぱんぱんだったそれは、ずいぶんとスリムになっている。というか、ペシャンコだ。こいつマジでスナック菓子と缶詰しか持ってきてなかったんだなとジェイは感心すらした。


「いいけど、最悪野宿になるぞ」

 ロベルトが言う。

 クリスは黙り込んだ。

「俺はできるけど、お前できんの?」

 ロベルトが少し小馬鹿にしたようにクリスを見た。

 ああ、だからそういうとこがダメなんだってば、とジェイは間に入る。


「食料も水もないし、寝具もない。真夏の野宿はキツイと思う」

 土地勘がなく、さらにギアも揃っていないんだから無謀だと、ジェイは首を振った。


 クリスは無言でバックパックを下ろした。そしてそのまま横になってそっぽを向いてしまった。


 ジェイとロベルトは顔を見合わせた。ロベルトは肩をすくめて部屋を出ていった。ジェイは天を仰ぐと、スケッチブックを持って外に出た。


 蝉の鳴く音がする。この前まで聞こえていた音色とは違う気がする。違う種類の蝉なのかもしれない。部屋にいるのは気まずく、かといって行く当てもない。人のいるところに行く勇気もない。フィールドワークをするならもう少し図太くならないとなあと反省しながら、今日は村人を刺激してはいけないと思いながらジェイは森に入っていった。

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