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BAR トキカサネ ~くだらん話が救う夜もある~  作者: MMPP.key-_-bou


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第4話:黒の幕と、もう一人の演出家 後編 ~魂の叫びと未来の渦~

「……ほな、消したらええやん」舞鶴の声が、静かに、しかし明確に響いた。


「俺の演技は、あんたらの言う“記録”とちゃうんや。ただのデータになんか収まらへん。俺の芝居は、その場の空気、観客の呼吸、そして俺の心臓の音で出来とんねん!」


 舞鶴はグローム所長をまっすぐに見据え、役者としての矜持を叩きつけるように叫んだ。


「せやけどな、俺の芝居は“見る人”の心に残っとるわ!」


 彼の言葉が、空間の歪みの中に力強く吸い込まれていった。まるで、彼の“存在証明の一人芝居”が、この瞬間から始まっているかのようだった。今夜、舞台役者の“存在”をかけた、最もパーソナルな勝負が幕を開けようとしていた。


「記録の監査官、グロームだ。本日は“冷徹人格”にて、粛々と職務を遂行する」


 彼は無表情のまま、舞鶴に向けてホログラムを展開した。宙に浮かび上がるのは、ノイズまみれの映像と、ボロボロにちぎれた台本の一部。それは、舞鶴が若かりし頃、初めて主役を張った舞台の記録だった。


「未来において、あなたの演技は“記録抹消対象”とされました。理由:非再現性・感情過多・定義不能の演技構造。よって、全記録より削除されます」


 舞鶴は、そのカスカスの映像を食い入るように見つめ、思わず声を荒げた。


「な、なんやこれ!? 台本がちぎれとるし、声もカスカスやないかい!こんなもん、誰が再現できるっちゅうねん!」


 グローム所長は淡々と返す。


「その“カスカス”こそが、あなたの記録の現実だ。記録されぬものに、価値はない」


 弁野が腕組みをして、冷徹な表情のグロームを睨む。


「記録が残ってないものを再現しろ、とな? それは弁護士的に“無理難題”としか言いようがないな」


 工藤はジャックダニエルのグラスを揺らしながら、ため息をついた。


「いや、それ以前に、これは役者に失礼ちゃうか? 演出家として怒るで、ワシ」


 ミラ=ミラは、舞鶴のホログラムデータを分析し続ける。彼女の冷徹な声には、微かな戸惑いが滲んでいるようだった。


「感情ノイズ過多により、データ破損確率は89.7%でした。演算不能な領域に属します」


 舞鶴は大きく息を吸い込むと、カウンターに手を置き、バーの空間を舞台に見立てた。彼の瞳に、かつての舞台の熱が宿り始める。


「アホぬかせ! ワシの芝居は記録なんかに残らんでも、観客の脳裏に焼き付いとんねん!」


 彼は台本にはない身振り手振りを加え、断片的なセリフを繋ぎ合わせ始める。


「(震える声で)……風が、吹いて、夜が、明ける……この街の、隅っこで……」


 その演技は、データ上ではただのノイズと矛盾の塊だったが、舞鶴の感情が乗るたびに、奇妙なリアリティを帯びていく。


 突然、舞鶴は膝から崩れ落ち、うめき声をあげた。


「ああ……喉が、喉がぁ……この役者にとっての命が枯れていくぅ……!」


 工藤が思わずツッコミを入れる。


「いや、そこまでやる必要あるか?」


 弁野も呆れたように言う。「なんでやねん、まだ始まって数分やぞ!」


 グローム所長は、眉間にわずかに皺を寄せた。


「感情過多。ノイズの増幅。観測に支障をきたす」


 グローム所長は、舞鶴の演技を完全に消し去ろうと、より強力な“演出削除装置”を構えた。装置からは、空間の歪みのような音が響く。それは、まるで舞台の幕引きを強制するような不気味さだった。


「無意味だ。この記憶は消去される。観客の心? それこそ記録の残らない“ノイズ”に過ぎない」


 装置の冷たい光が舞鶴を照らす中、彼はふらつく体でカウンターの赤玉パンチを掴んだ。その瞳に、まるで舞台のスポットライトを浴びたかのような光が宿る。


「うるさいわ! ワシの血と汗と涙の結晶やぞ! それをデータ破損て、失礼やろが!」


 そして、彼はラストに完全即興の一人芝居を演じ始めた。


 題材は、彼の最大の悩み――「自分が最後に舞台に立った夜。共演者との別れ。そして、その後の沈黙」。


「(震える声で)……あの夜、俺は舞台に立っとった。隣には、いつも一緒にいた親友アイツがおった。最高の演技やった、誰もがそう言うた。けど、それが、最後やった」


 彼の声が、バーの空間に響き渡る。それは、計算された台詞ではなく、魂からの叫びだった。


「(声を張り上げて)記録には残ってへんかもしれん! 誰の記憶からも消え去るかもしれん! それでもな、俺の中では、あの瞬間だけが、生きとるんやぁあああ!!」


 彼は身を震わせながら、まるで本当に舞台の幕が下りるかのように、ゆっくりと膝をついた。その姿は、痛々しくも、どこか滑稽だった。


 工藤はモニターから目を離し、静かにグラスを見つめた。


「……もう、記録なんかどうでもええ思たわ」


 弁野は腕を組み、小さくため息をついた。


「……論理的に説明できない。だが、心の奥に何かが残った。それは……言葉にできないが、確かに“舞台”だった」


 ミラ=ミラは、舞鶴のホログラムを分析し続ける。彼女のAIの表情に、微かな動揺が見える。


「存在確認。記録不能な演技、強制保存。認識アルゴリズム改変……異常発生。感情値、想定外の干渉……データ破損の危険性。危険値を無視し、記録を継続中」


 彼女の指先が、わずかに震えている。舞鶴の魂からの叫びが、グローム所長の持つ削除装置の画面にエラー表示を乱舞させた。 その“冷徹人格”が、感情の嵐に耐えきれず、歪み始める。


「感情が記録を書き換えた……? この演出、理解不能だ! 私の“冷徹人格”が、これほどまでに揺さぶられるとは……!」


 グロームは混乱に目を見開き、装置を引っ込めた。


 その瞬間、時重が静かにカウンターから出てきた。彼の手に握られているのは、湯気を立てる小さな湯呑みと、まるで薬草のような、ただならぬ香りを放つ液体だった。


「……勝負は、現代の勝ちや」時重の低い声がバーに響いた。


 グローム所長は顔をしかめた。


「まさか、この私が……敗北を認めることになるとは……!」


 時重は無言で湯呑みをグローム所長の前に差し出した。


「罰ゲームや。激苦の渋茶や。」


 グローム所長は震える手で湯呑みを掴んだ。彼の“冷徹人格”が崩壊寸前の表情で、湯気立つ液体を見つめる。


「な、なんということだ……! この“苦行”を味わえと……?!」


 彼は一瞬ためらったが、舞鶴たちの視線が集中する中、意を決したようにその湯呑みを一気に呷った。


「ぐっ……うぐぅぅぅ……! こ、この味は……! 記録不能な、まさに“絶望”の苦み……!」


 顔を真っ赤にして、グローム所長は激しく咳き込んだ。普段の冷静さはどこにもない。


「くぅ……くっくっく……やはり、感情と苦味は、私のアルゴリズムを破壊する……!」


 彼は顔をしかめ、混乱した様子で、しかし今回は逃げずにその場に立ち尽くした。そして、よろめきながら非常口へと消えていった。


「今回は……この私が敗北だ……!覚えておけ、舞鶴尚也……!」


 残されたのは、感情の余韻と、ジャックダニエルの香りだけだった。 静寂がバーに戻る。 舞鶴は、荒い息を整えながら、カウンターのギムレットを手に取った。


 「……いざ、千秋楽の乾杯や」彼は静かにグラスを傾け、カクテルを口にした。


 ミラ=ミラは、まだ自身のホログラムデータを分析している。彼女は、まるで初めて味覚を知ったかのように、不思議な表情でグラスを見つめた。


「……演技に“再現性”はない。しかし……記録に残らない感情は、確かにあった。その価値は、未定義。だが、私の演算能力を一部侵食している」


 工藤が、ミラ=ミラにグラスを合わせる。


「そない言うてもなあ。なんや知らんけど、おっさんの叫び聞いたら、明日も頑張れる気ぃしてきたわ」


 弁野は小さく頷き、自分の山崎を一口。


「これでは、AIが感情でバグるという判例が生まれてしまうではないか。……まぁ、世の中そんなもんか」


 その時、舞鶴のスマホが震えた。メッセージ通知。


 石田からのメッセージ:「娘の部屋から、“変な音”が聞こえる言うてる。しかも、“昔の自分の声”みたいやって……」


 舞鶴は顔を上げ、グラスを掲げた。


「ほな、次は誰がターゲットやろな? まぁ、なんぼ未来や時空が絡もうと――この店と、この一杯が、俺らを守る!」


「かんぱーい!」


 グラスのぶつかる音、氷がコロンと転がる音。その余韻の向こうで、未来がまた静かに蠢いていた。

 


第4話をお読みいただき、ありがとうございます。


次回、「第5話:記録された家族音声と、誰かの声」も、お読みいただければ嬉しいです。

それではまた来週、お会いできるますように!

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