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第3話:正義の値段とドライ・マティーニ 後編 ~未来の法廷ゲーム~

「……また面倒くさい夜になりそうやな」


 弁野は、ふっと苦笑して、山崎をあおった。


 トキカサネの空気が微かにきしんだ。淡々とした電子音。姿を現したのは「未来の墓場」の技術監査官――ミラ=ミラ。


「テーマ:『正義に、心は必要か?』 模擬判断ゲーム形式にて再検証を行います」


「はいはい、いつも通り、勝手に出てきて勝手に始めよる」工藤が苦笑混じりにぼやく。


「いや待てよ、それってつまり……今夜の主役は――」


 舞鶴が勢いよく立ち上がる。


「弁野ぉ! いざ、法廷劇の開幕やないかい!」


「……舞台ちゃうねん。俺の人生や」


【第一問】


「あなたの同僚が、重大なミスをした。報告すれば解雇は確実。しかし彼には、障がいを持つ子どもと介護が必要な親がいる――あなたの判断は?」


「報告する」弁野の声は、静かだが明らかにためらいがなかった。


「即答かい! いや、さすがやけどさ!」舞鶴が肩をすくめる。


「もうちょいこう、迷いとか演出とか入れようや?人間味というか?」


「いや、ほんまやで。ワイなんか1週間悩んで胃潰瘍になってから報告するタイプや」


 工藤が自分のグラスを見つめながらつぶやく。


「……報告せな、他のやつが被る。そんだけや」


 弁野の目はまっすぐだった。けれど、その奥にわずかに揺れるものが見えた。


「けどな……ただ切るだけやなくて、守れる道は探す。会社を辞めさせても、家族ごと崩れる必要はないやろ」


 舞鶴が小声で、「……今の、わりと沁みた」とつぶやいた。


「判断:論理的対応。感情因子:混入。判定保留」


 ミラ=ミラの冷たい声が、感情を削ぐように響く。


「未来ってほんま、しんどいな……」


【第二問】


「無罪を勝ち取った被告が、のちに“やっぱり犯人だった”と判明した場合。あなたは、その弁護を誇れるか?」


 店の空気が一瞬、重くなる。舞鶴が黙り、工藤が眉をしかめた。


 弁野はグラスの中で氷を回し、ゆっくりと口を開いた。


「誇れるかどうかなんて、正直どうでもええ」


「……おい、それ大丈夫なんか?」工藤が真顔で聞く。


「けどな、あのとき証拠が不十分やった。それが“事実”や。感情がどうとか、そんなことで揺れてたら、誰も守られへん」


 言葉は淡々としていたが、拳がグラスを握りしめていた。


「誇りなんか、あとで勝手に他人が決めたらええ。俺が守ったのは、制度と――その日を生き抜いた一人や」


「うぉおお、カットせぇへんで! 今の、完璧や!」


 舞鶴がやたらノリノリで立ち上がり、工藤が呆れた顔をする。


「判断:構造的整合性あり。倫理的迷走あり。判定……継続保留」


【第三問】


「人を救うために、法を破る覚悟はあるか?」


「ない」弁野は即答した。今度は一切の迷いなく。


「でた! 弁護士、覚悟なしか疑惑ぅ~!」舞鶴がカメラの無い方向に叫ぶ。


「うるさいわ。俺は“線”を越えへん。それが俺のルールや。越えるべき時が来たら……そのときは、弁護士をやめる」


「……おおう、それは……なんか、ええな」工藤が少しだけ目を細めた。


「俺は正義を演じてるんやない。ただ、その役を選んだだけや。なら、その舞台でやりきるだけやろ」


「お前、今日……ほんま主役やなあ」舞鶴がぼそりとつぶやく。


 ミラ=ミラがグラスを持ち上げた。


「結果:再検証領域において、弁野正義の判断は“定義不能”。感情による微細な揺らぎ、未来ログに影響を及ぼす可能性あり。記録対象としては“保留”。ただし――否定せず」


「……そない言うてもなあ」工藤が静かにグラスを掲げた。


「いざ、判決後の乾杯や!」舞鶴が叫ぶ。


 時重が静かに一杯のドライ・マティーニを差し出す。ミラ=ミラがそれを受け取り、一口。


「酩酊値:12%。共感反応:わずか。……でも、なんだろう。“記録に残らない感覚”がある」


 弁野が静かに笑い、彼女のグラスに乾杯を合わせた。


「“正義”も、感覚でええときがあるんや」


 そのとき、ミラ=ミラがふと空中を見つめるように首を傾げた。


「……そういえば。未来ログに、小さな異常がありました。無人のはずの稽古場で、“観測不能な演技信号”が検出されています」


「……演技信号?」舞鶴が手を止める。


「セリフの断片。構成不能な即興。記録に残っていないのに、“あった”とされる芝居……」


「誰かが……俺のセリフを勝手に演じてるってことか?」


 ミラは静かに首をかしげる。


「存在しないはずの演出家が、舞台を動かしていたようです。……記録には、何も残っていないのに」

 


第3話をお読みいただき、ありがとうございます。


次回、「第4話:黒の幕と、もう一人の演出家」も、お読みいただければ嬉しいです。

それではまた来週、お会いできるますように!

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