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第2話:黒霧と家族写真と、消されたマンション 後編 ~家族記憶クイズ~

 ――その夜、石田の中で、ひとつの“記憶の裁判”が始まろうとしていた。


 黒霧の湯気が、静かにグラスの縁をなぞっていく。香りの奥にあるのは、数年前の記憶――娘の笑顔。あの日の、温かいたこ焼きの匂い。石田は、わずかに色あせた写真を見つめた。この記憶が、ただの“ノイズ”やったら――いったい何を信じたらええんやろな。


「……ワシの答えが、未来の役に立たんでもええ。けどな、娘が笑った瞬間は、俺の中では世界の中心なんや」


 そのときの言葉が、頭の中で反響する。理屈や証拠では測れん、でもたしかに胸に残る感覚。それを証明するには……もう、やるしかない。


「勝負やろ?いつものように、“変なゲーム”やろうや」


 石田の声に、ミラ=ミラが一瞬だけ表情を止めた。


 クロノ・ヴァイスが、スーツの襟を直しながら口元を歪める。


「……応じよう。“記憶の家族法廷”、開廷する!今宵の勝負は――“時間軸外縁に記録された家族記憶構造の再検証および存在論的価値評価試験Ver.0.9β”」


 テーブルの上に、石田の古い家族写真が置かれる。そして、ミラ=ミラの指先から浮かび上がる、デジタル化された“記憶ログ”。


「これより、“家族記憶の正当性判定”を行う」冷たい声が響いた。


「判定は3問。家族との記憶にまつわる質問に対し、“曖昧な感情”ではなく、“明確な事実”で答えられるか。できなければ、記録は消去される」


「……しゃあないな。やったるわ」


【第一問】


「娘が初めて“ありがとう”と言った瞬間。それはいつ、どこで、何のために?」


 石田は黙って、グラスをひと口飲んだ。


「……あれや。仕事でなかなか参加できへんかってんけど、初めて参加した運動会の帰り。たこ焼き買って、帰りの道で娘が言うた。

“ありがと、パパ”て。俺、泣きそうなってな。けど、家つく前やから、こらえてん」


「日時、場所、対象物は?」


「……日時?いや、何年前かは……うーん、7歳くらいやったかなあ。場所は商店街の……あの店、まだあるんかな」


「曖昧。感情による補完が過剰。判定保留」


 ミラ=ミラが冷たく告げる。


「……けどな。あのときの娘の笑顔だけは、今もはっきり覚えとる」


「……」


【第二問】


「家族写真に写っている“共通する小物”を3つ挙げよ。これにより記憶の物理的整合性を検証する」


「小物ぉ?!」


 石田は写真を凝視する。


「えーっと……ピンクのリュック、これは確実やろ? 娘がよう背負っとったやつや」


「正解」


「あと……嫁の、なんやあの……ユニクロのチェックのストール?」


「メーカー名、不要」


「そない言うてもなあ……!で、最後は……俺の……あ、タバコの箱!」


「不正解。写真内には写っていない」


「えっ、マジで? ワシ、禁煙してた時期か?」


 工藤が思わず横から突っ込む。


「そない時系列まで出題されるとは、難易度高すぎるわ。何年の写真か覚えてへんのに…」


【第三問(最終)】


「家族の中で、“一番大切だった瞬間”を、説明せよ。論理的根拠不要。証拠不問。記憶と感情のみで語れ」


 静寂が降りた。石田は、ゆっくりと黒霧を飲み干した。


「……夜中な。娘が熱出して、病院まで連れてった日があったんや。タクシーん中で、ずっと手握っとった。娘はぐったりしてたけど、途中でな、手ぇぎゅっと握り返してきたんや」


 彼は一瞬、グラスの底を見つめて、こう続けた。


「そんとき、ああ、この子が生きててよかった、って。そのときの“重み”が、たぶん……ワシの全部やと思う」


 ミラ=ミラが沈黙する。


「記録なし。証拠なし。だが……記憶は、明瞭。……ノイズ反応、処理不能」


 ミラ=ミラが一瞬、間を置いた。


「……初期判定とは異なりますが、これは“感情ノイズ”ではなく“記憶の核”と判断されました」


 その言葉とともに、家族写真に映る石田の姿が、ゆっくりと色を取り戻していく。


「……判定終了。“記憶に基づく家族構造”、再認可。干渉はここまでとする」


 ミラ=ミラが静かに身を引く。


 クロノ・ヴァイスが時計をくるりと回しながら言う。


「今日の勝者は、記録ではなく……心か。


 次は、記憶が“なかったことにされた家”で会おう」


「え?」


「消されたマンションの件、まだ終わっていない。では、またな」


 二人の姿が、煙のように消えていった。静かな店内に、ようやく会話が戻る。


「……黒霧、沁みるなあ」石田がふぅと息を吐く。


「そない言うてもなあ」工藤が笑う。


「いざ、家族再建の千秋楽や!」舞鶴が謎のポーズを取る。


「……なんでやねん」


 そのとき。カウンターの隅に、もう一杯のグラスが置かれていた。無色透明の、ストイックなドライ・マティーニ。


「……私も、一杯だけ」戻ってきたミラ=ミラが、グラスを手にする。


「感情値:不明。酩酊確率:11%。……味覚反応:不快ではない」


「ほな、乾杯やな」


 5つのグラスが、カチンと重なった。


第2話 完


第2話をお読みいただき、ありがとうございます。


次回、「第3話:正義の値段とドライ・マティーニ」も、お読みいただければ嬉しいです。

それではまた来週、お会いできるますように!

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