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第1話:時空の隙間とジャックダニエル 後編 ~味覚記憶デュエル~

「さあ、まずは……ジャックダニエルを一杯ずつ。それが、この空間でのルールだろ?」


 クロノの声に、時重が微かに笑ったような気がした。全員の前に並ぶ、氷の入ったグラスと琥珀の液体。“あの夜”の扉は、確かに開かれた……。


 スモーキーな香りをまといながら、ジャケットの内ポケットから銀色の懐中時計を取り出した。


「時の歯車に囚われし亡者たちよ……刻限だ」


「うわ、出たぁクロノ・ヴァイス!今日も中二な風味が濃い~わ!」


  舞鶴がすかさず立ち上がる。カルーアミルクを持ったまま。


「ここはトキカサネ。天王寺の片隅や。未来の小細工が通る思たら、大間違いやぞ」


 クロノが目を細めた。その横に、淡く白ワインを回すミラ=ミラが座っている。まるで人形のように無表情。


「この空間は、一時的な重なりに過ぎません。偶然という現象に似た、確率の異常値。あなた方が今夜、我々と“接続”したのも、その確率が0.001%を超えたからに過ぎません」


「うっわ、理屈っぽいAIに絡まれてしもたわ……」


 石田が苦笑しつつ、お湯割りの黒霧島を一口。


「で?今日のルールは何やねん?こっちは仕事のあとの一杯や。酒がまずなることだけは、避けてもらいたいわな」


「今回は、“味覚記憶デュエル”や」と、背後から別の声。柔らかな、だが奇妙に含みのある口調。


「本日は“中辛人格”でお届けいたします。お相手いたしますのは、私、グローム所長です」


 彼の目の色が少しずつ変わっていく。まるで酒の度数に合わせて人格が切り替わるかのように。


「ゲーム内容は簡単。各自、思い出の一杯を語り、それが現実に影響を与えるかどうか。共鳴がなければ、あなたの“その一杯”は、世界から消えます」


「なんちゅう悪趣味なゲームや!」


 弁野がグラスを握り直す。「酒の記憶を消す?人の人生を削るってことやんけ、それ!」


 俺はあの夜、プロジェクトが炎上して、もう全部終わったと思うた。けどな、一人でこのジャックを飲んで、気ぃついたんや。


「まだ続けてもええんちゃうか」って。


 あの一杯があったから、俺は“俺”を続けてこれたんや。せやからな、この酒だけは、絶対に消させへんで。時重が黙って一礼する。それは“今、この空間では、勝ち目がある”というサイン。


「クロノ、どうする?」と、ミラ=ミラが訊いた。


「負けると世界が0.001%狂うということ、しっかりと理解しているようだ……デュエル成立だな」


 グラスの氷がカラリと鳴った瞬間、空気が変わった。いつの間にか、時重がカウンター奥から静かに言う。時重が氷の音に被せるように、低く、静かに口を開く。


「今夜も、勝負の時刻や」


 工藤がゆっくり立ち上がる。クロノ・ヴァイスの目も光を帯びたように見える。


「勝負言うても、ワシらもうええ歳やで……」と、石田が肩をすくめる。


「されど闘志は枯れぬ!」と、舞鶴が芝居がかった口調で続けた。


 弁野は一度、グラスを回してから言う。「……ルールくらい確認しとこうか」


 ミラ=ミラが妖しく微笑む。「ルール:記憶を一杯飲み干し、名言(迷言)で勝負。三本勝負、二勝先取で勝利」


 時重が淡々と続ける。「勝者には、今夜の“記憶”を未来に刻む権利をやる。敗者は……まあ、知らんでもええ」


 そのとき、酔いの回った様子のグロームがふらりと立ち上がり、くねるように手を振った。


「うう……酔ってきたようね……浪速のおばちゃん風でよろしくぅ~」


 グロームの奇妙な宣言に、場の空気が揺れた。


 最初の対戦は、舞鶴とグロームとなった。


 舞鶴が赤玉パンチをぐいっと煽る。目をつむり、一息つくと、両腕を広げて語り始めた。


「俺の初舞台は火事やった!そして客は逃げまどっとった……芝居ってそういうもんや!」


「火の中で叫んでこそ、本物になるんや!」


 グローム(おばちゃん人格)がニコッと笑いながら、マティーニをちゅっとすすり、首をくるっと回す。


「ほんまそれな~!でもな、うち昔、記憶操作失敗して自分の誕生日忘れてもーてん」


「忘れるんも技術やけど、覚えてるんも才能やで?」


「ちなみに、49年11か月と30日間の記憶はどこにもないけどな」


 時重が呆れたように言う。


「……泥酔しすぎや。引き分けやな」


「そこ引き分けあるんかいッ!」全員が一斉にツッコミ。


「なんやねん、その基準!」


 続く第二戦は、弁野とミラ=ミラの対決。


 ミラ=ミラはドライ・マティーニを静かに飲み干す。


 弁野も山崎をストレートで流し込み、静かに言った。


「……法廷では嘘が多い。けど、酒は正直や」


「本音はグラスの底に沈んでる。俺は、それをすくって生きとる」


 ミラ=ミラが無表情のまま応じる。


「面白い。『沈殿』という言葉に、あなたの未整理な感情が含まれている」


「揺らぐのは心ではない、血中アルコール濃度だ」


 時重が無言で指を一本あげ、弁野を指す。


「弁野の勝ちや」


 ミラ=ミラがぽつりとつぶやいた。


「……エモーション学習値、0.002上昇」


 三戦目は、工藤とクロノ・ヴァイスの対決となった。


 場が静まり返る中、工藤はジャックダニエルのグラスを静かに掲げた。淡く揺れる琥珀色の液体に、遠い記憶がにじむ。


「俺はあの夜、プロジェクトがボヤ騒ぎみたいになってな。資料もデータも全部吹っ飛んだ。ほんま、全部終わった思たわ」


「でもな、一人でこのジャックを飲みながら、ふと思たんや。“……まだ続けてもええんちゃうか”って」


 工藤は静かに一口飲むと、グラスを置いて言い放った。


「――崩れた時間の中で立つには、まず一杯や」沈黙が再び訪れる。


 クロノ・ヴァイスは、無言でスモーキーなラフロイグを煽った。口元から立ち上る香りが、時を巻き戻すように揺れる。


「俺が飲んだのは、任務に失敗した夜の48分間。未来中央管理塔の裏で、一人ラフロイグを口に運んだ」


「苦くて、煙たくて、喉じゃなくて“自分”を焼く味だった。……けどな、それが“生きてる”って証拠やったんや」


「――痛みが残る酒ほど、未来には効く」グラスを握りしめ、クロノが低く呟く。


 一拍の間。場の空気が静かに震える。誰もが黙って、グラスの中の余韻に耳を澄ませる。


 ころん――。氷がひとつ、ゆっくりと音を立てた。時重がゆっくりと首を傾げ、審判を告げる。


「……この一滴、やっぱりどっちも意味わからん。引き分けやな」


「今回は“現代の勝ち”や」


「よっしゃあぁあッ!」舞鶴がガッツポーズで立ち上がり、叫ぶ。


「……なんか納得いかないんだが」工藤がぽつりとつぶやいた。


「ぐぬぬぬ……撤収だ。今日は記憶の密度が濃すぎる。だが次は、もっと本質に近い記憶をもらう。曖昧な家族の像、たとえば……“父親の記録”など、な」


 彼らが立ち上がると、空間がすっと冷めた。また元通りの、普通の夜が戻ってきた――はずだった。だが、石田がポケットの中の古びた家族写真を見て、眉をひそめる。


「……あれ? この写真の俺、ちょっと薄なってへんか?」


 工藤がグラスを掲げる。


「また来るで、あいつら。けど、なんぼ未来や時空が絡もうと――この店と、この一杯が、俺らを守る」


「ほな、次は誰がターゲットやろな」舞鶴が言いながら、グラスを掲げた。


「乾杯や!現代に、乾杯やで!」


「かんぱーい!」


 グラスのぶつかる音、氷がコロンと転がる音。その余韻の向こうで、未来がまた静かに蠢いとった。


 第1話 完


第1話をお読みいただき、ありがとうございます。


次話以降、週末の夕方くらいまでに整理ができていましたら、更新していく感じで考えております。

それでは次回、「第2話:黒霧と家族写真と、消されたマンション」も、お読みいただければ嬉しいです。

 

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