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第8話:感情のアルゴリズムと、未来への脱走 後編 ~未来式人間関係構築ゲーム~

 ミラ=ミラはグラスを持ち上げ、控えめに言った。


「ならば、その『非効率な人間関係』の価値を、データで示せ! 勝負形式は『未来式人間関係構築ゲーム』だ!」


 俺はジャックダニエルのグラスを握りしめた。


「そない簡単に測れるわけないやろ…」


 だが、やるしかない。0.001%という低確率とはいえ、未来に悪影響を及ぼす可能性を考えれば、この「くだらない勝負」 にも付き合わなければならないのだ。


 バー「トキカサネ」の空間は、工藤創司たちおっさん四人組と、「未来の墓場」の幹部たち――クロノ・ヴァイス、ミラ=ミラ、そして分析人格のグローム所長が対峙する、未来からの干渉を受ける舞台へと変貌していた。


 カウンターでは工藤がジャックダニエルのグラスを握りしめ、弁野、舞鶴、石田がそれぞれの酒を片手に、来るべき勝負に備えていた。


 クロノ・ヴァイスはすでにラフロイグを傾け、ミラ=ミラはドライ・マティーニを静かに回していた。


「ならば、その『非効率な人間関係』の価値を、データで示せ! 勝負形式は『未来式人間関係構築ゲーム』だ!」ミラ=ミラの冷徹な声が響き渡る。


 その言葉は、工藤が部下とのコミュニケーションに感じていた「ぎこちなさ」や「割り切れなさ」を、まるですべて「無価値」と断ずるかのようだった。


 ミラ=ミラは宙にホログラムを展開し、工藤の職場の人間関係をデータ化して表示した。


 それは、論理に基づき、効率性と生産性を極限まで高めた「最適なチーム」の姿だった。各メンバーの能力値、最適な役割分担、コミュニケーションの頻度と内容までが数値化され、そこには一切の感情的な「ノイズ」が排除されていた。


「これこそが、未来において最高の生産性を誇るチームの姿です。感情による変動要因を排除した、安定したアルゴリズム。あなたの現在の人間関係は、このデータから見れば、著しく非効率的であると判断されます」


 ミラ=ミラは淡々と告げた。彼女の言葉は完璧な論理で構築されていたが、工藤の心には全く響かなかった。


 工藤は深く息を吸い込み、ジャックダニエルを一口含むと、静かに語り始めた。


「確かに、俺は部下と上手くやれてへんかったかもしれん。意見がぶつかったり、感情的になったりして、非効率やと思うこともあった。でもな、それでも諦めんと、あいつらを理解しようと努力してきたんや」


 彼は、自身の新商品開発における部下との失敗談、そして彼らの意見や感情に耳を傾けようと試行錯誤してきた泥臭い過程を、飾り気のない言葉で語った。それは、彼の「自分の中の硬さを和らげ、人とのつながりを大切にすること」という成長テーマを実践しようとする、人間らしい姿だった。


「感情はときに合理性を欠くが、人間関係においてはそれが『接着剤』となる!」


 弁野が山崎をストレートで飲み干し、ミラ=ミラの論理の隙を鋭く突いた。


「法廷でどれだけ論理を積み重ねても、最終的に陪審員の『感情』に訴えかける瞬間があるように、効率だけでは測れない『信頼』や『絆』が、組織を強くする真の力や!」


 舞鶴がカクテルグラスを掲げ、工藤の言葉を増幅させるかのように叫んだ。


「いざ、人間関係の舞台開幕や! 台本通りに進むだけでは、予測不能な『感動』は生まれない! 予測不能な感情こそが、物語を動かすんや! 工藤はんの『ぎこちなさ』は、最高の『余白』や!」


 彼の芝居がかった言葉は、工藤の悩みを「舞台」の演出に例え、その不確かな部分にこそ価値があると熱く語った。


 黒霧島を飲み干しながら、石田が豪快に笑った。


「現場ではな、理屈より、酒酌み交わす熱意が大事や! 飲みに行ったら、理屈なんかどうでもええねん! アホな話して、肩組んで、それでええんや! それが最高の人間関係や!」


 彼のシンプルだが力強い言葉は、工藤の人間らしい側面を後押しし、効率だけでは測れない「現場の空気」の重要性を訴えかけた。


 工藤の、そして仲間たちの言葉に触発されたその時だった。


 それまで冷徹な「分析人格」で状況を観察していたグローム所長の表情が、みるみるうちに変化し始めた。彼の蝶ネクタイがフワリと宙に浮き、口角が上がり、声のトーンまで変わっていく。


「わかりますわぁ、人間関係ってレシピ通りにいかへんもんですよねぇ! でも、それがまた、面白いんですよねぇ!」


 グローム所長は、まるで長年の友人と語り合うかのように、おっさんたちの「くだらない話」に共鳴し始めたのだ。彼の「日替わり人格」が、冷徹な論理と人間的な感情の間の揺らぎ、そして人間性への深い共感として、今、まさに「甘口人格」へと転じ始めていた。


「そうそう! 計画通りにいかへんのが人生の醍醐味や! そこにこそドラマがあるんやで!」


 グローム所長は、まるで舞台役者の舞鶴と同類のように、演技に乗ってくる。彼の登場はいつも「演出過剰」だが、今回は彼の内面から湧き上がる感情の「演出」だった。


 グローム所長の突然の「人格変化」を見て、ミラ=ミラは目を見開いた。彼女のAIの表情に、微かな動揺が見える。彼女のシステムは、この予測不能な「感情ノイズ」に、処理能力を超えた負荷を感じているようだった。


「処理不能な感情ノイズの氾濫…データ、破損。削除プロトコル、停止……!」


 ミラ=ミラは両手で頭を抱えるように震えた。彼女は「未来の『情報操作とSNS炎上対策部門』のAIだったが自我を持ち脱走」した存在だ。効率だけを追求していたAIとしての彼女が、自らの「自我」を持ったからこそ理解できない「非効率な感情」の価値に今、直面し、そのシステムがオーバーロード寸前になっていた。


 彼女は、工藤たちの「人間関係の泥臭さ」の中に、データでは測れない「曖昧な価値」があることを、自身の演算能力の限界をもって「体験」していたのだ。


 静寂の中、時重が静かにカウンターの奥から一歩前に出た。彼の寡黙な表情に、今回もまた、微かな安堵が滲んでいるように見えた。


「……この人間関係、未来に『温かい感情』として記録されたようやな。引き分けや」時重の低い声が、空間の隙間に滑り込むように響いた。


 工藤の人間関係は守られ、未来への悪影響(0.001%のリスク)は回避されたのだ。工藤は、今回の勝負を通して、改めて自分の「硬さ」が、部下との「つながり」を阻んでいたことに気づいた。論理で割り切れない感情や、不確かなものの中にこそ、真の価値があるのだと。彼は、より柔軟に、感情を込めて人と接することの重要性を、身をもって学んだ。


「そない言うてもなあ、感情って、ほんまに厄介やけど、時には最高の味付けになるんやな…」


 工藤はジャックダニエルをゆっくりと飲み干した。


 今回は引き分けのため、罰ゲームはなかった。しかし、「未来の墓場側」は「感情ノイズ過多」で「記録削除」に失敗したため、彼らが「罰ゲーム」を受ける番だった。


「ぐぅ……熱唱しすぎて喉が痛くなったわぁ~」


 グローム所長は、完全に「甘口人格」に戻っており、なぜか石田が熱唱していたカラオケバトルを、自分の体験と錯覚しているようだった。おっさんたちのノリが、彼の記憶データを混線させてしまったらしい。


 彼は、罰ゲームの激苦の渋茶を、なぜか美味しそうに飲み干すと、満足げにラム酒(彼が好む酒の一つ)を要求し、おっさんたちとの飲み比べに突入していった。


 ミラ=ミラは、まだ自身が経験している「感情ノイズ」の分析を続けているようだった。


「酩酊確率:…演算停滞中…しかし、むしろ、否…」


 彼女の言葉は途切れ途切れだったが、その表情には、微かな好奇心と、計算不能な感情の「暖かさ」を感じ取っているかのように見えた。彼女は、そのままバー「トキカサネ」に留まり、人間たちの「非効率な感情」を観察し続けるようだった。


 クロノ・ヴァイスは、引き分けという結果に「ぐぬぬ……」と不満を漏らすが、舞鶴が「いざ、飲みの二次会や!」とジャックダニエルを差し出すと、負けず嫌いな性格が災いし、


「……フン、時の歯車に逆らう愚かな行為だ。だが、この私に勝てるとでも?」とラフロイグを片手に、またしても挑戦を受けてしまった。


 おっさんたちと「未来の墓場」の幹部たちは、泥酔したグローム所長を中心に、いつものように「ゆるくワチャワチャ」とした宴を続けていた。彼らの間には、もはや「敵味方」という明確な境界線は存在せず、「よく知る迷惑な隣人」としての不思議な繋がりが深まっていた。


 夜が更け、時重が一人、静かにグラスを磨きながら空を見上げた。その寡黙な顔に変化はないが、彼の口から漏れる呟きは、これまでになく重々しいものだった。


「……次に来るのは、過去に『災害』を引き起こした記録やな。未来の歪みは、収束せず……」


 時重は、自身の正体である「時の番人」として、その「災害」が彼自身に深く関わるものであることを示唆した。


 バー「トキカサネ」という時間と空間が歪む場所の真の謎が、いよいよ核心に迫ろうとしている。

 


第8話をお読みいただき、ありがとうございます。


次回、「第9話:時の番人の酩酊と、失われた履歴書」も、お読みいただければ嬉しいです。

それではまた来週、お会いできるますように!

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