第6話:BBQとカラオケ熱唱の屋上、消えゆく家族の歌声 後編 ~夜空に残る残響~
ミラ=ミラがすかさず言葉を重ねる。
「勝負形式は……『時間軸共振音声記録の感情値・再現性評価試験』。通称、『エエ声エコー・バトル』です」
「うわ、出た出た。また無駄に長いやつや!もう『カラオケバトル』でええやろ!」石田の鋭いツッコミが飛ぶ。
「俺は長くない!俺は時を操る者……!」
クロノ・ヴァイスがムキになって反論したところに――
「うるさいわ! 誰が中学二年男子のノートそのまま召喚しろ言うた!」
石田の渾身のツッコミが炸裂し、場の空気が一気に和んだ。笑い声が屋上に響く。
ミラ=ミラはグラスを持ち上げ、静かに宣告する。
「ルールはシンプル。“本当に価値のある家族の音声記憶”を残せるか。できなければ――対象の音声記録は、娘さんの記憶から完全に削除されます」
「どんどん現実味を帯びてくるからやめろォ!」
石田が叫ぶが、それは本気の怒りというより、ツッコミと焦燥が混ざったような声だった。
彼ら――未来の混沌から来たという組織は、「人類の進化を止める」などと大層な目的を掲げている。だが、その実態は、おっさんたちとの「大喜利勝負」や「心理ゲーム」で一喜一憂する、謎の中二病団体。しかも、その敗北による“世界的な影響”は、せいぜい「0.001%」。もはや彼らを、迷惑だがちょっと憎めない“よく知った隣人”として扱ってしまっている自分たちに気づき、誰もが心の中で苦笑していた。
時重が静かに、カウンターからグラスを差し出す。ジャックダニエルが一人一人のグラスに注がれていく。
「さあ、まずは……ジャックダニエルを一杯ずつ。それが、この空間でのルールやろ?」
クロノ・ヴァイスの口からその言葉が漏れた瞬間――誰よりも無表情なはずの時重が、ほんの少しだけ笑ったように見えた。
「しゃあないわ! 消されてたまるかい、俺の声は!」石田がグラスを叩きつけるように置き、決意を込めて言う。
「いざ、声の決戦や!」舞鶴が叫び、カラオケマイクを振りかざすようにグラスを掲げる。
「そない言うてもなあ……今回もややこしそうやで……」工藤が心配そうに眉をひそめる。
「感情と音声の関連性か……。論理的ではないが、人間にはそういった側面もある。……興味深いな」弁野は静かにグラスを傾け、ミラ=ミラを見つめた。
そして、石田がぽつりと呟くように言った。
「……ワシの答えが、未来の役に立たんでもええ。けどな――娘が笑った声は、俺の中では世界の中心なんや」
彼の静かな熱が、グラスの底から立ち昇った。ジャックダニエルの香りとともに。今日も、トキカサネでは、ハチャメチャで、けれどどこか心があたたまる戦いが、幕を開ける――。
石田の決意の言葉が空気を変えた。バー「トキカサネ」が入るビルの屋上は、激しいノイズと点滅する照明の中、いつの間にか――普段とは異なる時空の交差点へと変貌していた。カラオケ機器のスクリーンには、不穏な光で「未来式カラオケバトル、開始」の文字が踊る。
石田を囲むように立つ工藤、弁野、舞鶴。そして、彼らの目の前には、冷徹な表情のミラ=ミラ、懐中時計を弄ぶ†クロノ・ヴァイス†、そして蝶ネクタイ姿で妙にテンションの高いグローム所長が対峙していた。
「未来に伝えたい、家族の歌。最も未来に残すべき歌声はどちらか、感情のデータ化と効率性で評価する」
ミラ=ミラが淡々と告げた理不尽なルールに、石田は拳を握りしめた。
「しゃあないわ!そんなデータで計れるわけないやろ!」
「未来の墓場」は、まず完璧なピッチとリズムでAIが生成した「最適な歌声」を披露した。
それは、石田の過去の歌声データ(娘が聴いていた「昔の自分の声」)を元にしているはずなのに、感情の欠片も感じられない、冷たいデータだった。
「これこそが、未来において効率的かつ理想的な『家族の歌声』です」ミラ=ミラが淡々と告げる。
「お前らがどんなに完璧な歌作っても、心動かへんかったら意味ないやろが!」
石田は激高し、マイクを握りしめる。
「石田さん、歌に論理は通用せえへん。けど、あんたの歌声には“感情”があるはずや」
工藤が冷静に、だが熱い眼差しで石田を見つめ、アドバイスを送る。
弁野が山崎を一口煽る。
「感情論では未来には勝てん。だが、記録にできないものこそ、真に価値がある。お前の声には、未来のデータにはない“ノイズ”がある。それが強みや」
舞鶴は、マイクを掲げ、まるで舞台の開演を告げるかのように叫んだ。
「いざ、熱唱や!舞台は、感情の塊!心の叫びをぶつけろ、石田!それがお前の“破壊神の契約者”としての舞台や!」
仲間たちの言葉に背中を押され、石田は娘が生まれた頃の思い出の曲を歌い始めた。最初は、歌声が薄れていく現象に戸惑い、なかなか感情が乗らなかった。だが、「未来の墓場」の冷徹な言葉が彼の心を逆撫でする。カラオケのスクリーンには、薄れかけていた家族写真がオーバーレイで映し出され、彼の歌声に合わせて、ゆっくりと色を取り戻していく。
グローム所長(冷徹人格)は、腕を組みながら厳しい表情で石田の歌声を聞いていた。
「感情のノイズが多すぎる。未来のデータベースに記録するには不適格」。
しかし、彼の表情は徐々に揺らぎ始める。石田の歌声に込められた感情が、彼の冷徹な論理を少しずつ侵食していくかのようだった。
ミラ=ミラもまた、解析を進めるうちに動揺を見せていた。
「感情値が予想を超えて上昇しています。データ破損の危険性。演算不能な領域に属します」。
石田の歌声が、AIである彼女の演算能力を乱すほどの力を持ち始めていたのだ。勝負の最終局面、石田が最も感情を爆発させるパートに差し掛かった時だった。
クロノ・ヴァイスが懐中時計を大きく回し、不穏な口上を唱える。
「無意味な感情を伴う記憶は、未来の資源を食い潰す。時の歯車は、淀んだ感傷には容赦しないのだ!†クロノ・ヴァイス†が、貴様らの歌声から『情感』だけを削除する!」
石田の歌声から、みるみるうちに温かみや響きが失われていく。まるで、音が途切れていくレコード盤のように。その時、石田はカラオケマイクをグッと握り締め、腹の底から叫んだ。
「俺の家族が、俺の歌を、俺の声を、忘れるはずがないんや!しゃあないわ!俺は現場の石田や!記録なんかいらん!心に刻むんや!」
彼の魂の叫びは、理屈を超えた純粋な感情と言葉の力となり、「未来の墓場」の機器にエラーを起こした。屋上の空間全体が、石田の感情の奔流によって激しく揺れ動く。
グローム所長は、混乱を隠せない様子で叫んだ。
「感情が……記録を書き換える……?このノイズは定義不能だ!」
ミラ=ミラも両手で頭を抱えるように震え、システムがオーバーロードしていく。
「認識アルゴリズム改変……。未定義の価値観が発生!処理不能な感情ノイズの氾濫…データ、破損。削除プロトコル、停止……!」
彼女は音声データの削除を断念した。
判定の時が来た。
時重が静かに屋上のオブジェのような時計を撫で、告げる。
「……この歌声、未来に『温かい感情』として記録されたようやな。引き分けや」
石田の歌声は完全に消えることなく、家族の記憶も守られた。
罰ゲームタイム(恒例)。今回は「未来の墓場」側が「感情ノイズ過多」で「記録削除」に失敗したため、罰ゲームを課されることになった。
「ぐぅ……熱唱しすぎて喉が痛くなったわぁ~」
グローム所長が、なぜか「甘口人格」に戻り、悔しそうに罰ゲームの激苦の渋茶を飲まされる。
しかし、甘口人格になったグロームはそのまま「いやぁ、でも盛り上がったから良しとしましょ!せっかくだから、もう少し人間どものお酒を味見させてくださいな!」と陽気にラム酒(彼が好む酒の一つ)を要求し、そのままおっさんたちとの飲み比べに突入してしまった。
ミラ=ミラも「酔いの計算が狂った」と呟きながらドライ・マティーニを口にする。今回はなぜか不快な味覚に感じられたようだった。それでも、彼女は、静かに言った。
「感情ノイズの分析は未完了。この状態は興味深い」
まるでまだ何かを計測し続けるように、ミラ=ミラはその場に留まっていた。
クロノ・ヴァイスは、引き分けという結果に「ぐぬぬ……」と不満を漏らす。
「今日の歌声は、未来の『音楽文化』に0.001%の『歪み』を生んだ。次は、その歪みが『未来の災害』を引き起こす……!」
そう不穏な言葉を残しつつも、舞鶴がニヤリと笑ってジャックダニエルを差し出した。
「いざ、飲みの二次会や!」
負けず嫌いなクロノ・ヴァイスは、ラフロイグを片手に応じる。
「……フン、時の歯車に逆らう愚かな行為だ。だが、この私に勝てるとでも?」
こうして、屋上BBQ&カラオケ大会は、「未来の墓場」メンバーまで巻き込み、予測不能な宴へと変貌していった。夜が更け、屋上には泥酔したおっさんたちの無残な姿が転がっていた。
工藤はジャックダニエルのボトルを抱きしめたまま、屋上のベンチでぐっすり。その隣には、カクテルグラスを握りしめた舞鶴が、夢の中で何かを演じているかのように微かに身動ぎしていた。
そして、その少し離れた場所には、飲み比べの末、奇妙な歌を口ずさみながら眠りこけるグローム所長(人格は完全に「陽気な酔っぱらい」に戻っている)と、口元にラフロイグの空き瓶を転がして、珍しく静かに意識を失っているクロノ・ヴァイスの姿があった。
彼らは光の中に消えていくことなく、現世の酔いに囚われてしまったようだ。そんな混沌の中、石田は「しゃあないわ!」と満面の笑みで、最後の黒霧島を飲み干した。
弁野は山崎を片手に、そんな光景を冷静に、しかしどこか呆れたような、それでいて少し楽しそうな表情で見つめていた。
ミラ=ミラは、グラスを片手に静かに立っている。彼女のAIとしての分析は完全に停止しているようだったが、その表情には、もはや冷徹さはなく、初めて経験する「酩酊」という状態に、微かな好奇心と、計算不能な感情の「暖かさ」を感じ取っているかのように見えた。
「酩酊確率:100%……演算停止……しかし、不快ではない。むしろ……」彼女の言葉は、そこで途切れた。
石田がスマホを見ると、娘からメッセージが届いていた。
「パパ、今日の歌、学校でも流れてるで。あれ、パパやったん?」
という内容に、石田は少し驚きながらも、どこか誇らしげに夜空を見上げた。
時重は一人、静かにグラスを磨いている。その寡黙な顔に変化はないが、誰もいなくなった屋上を見渡すと、深い溜息が夜空に消えていった。時重は、まるで「時の番人」のように、この時空の交差点を見守る謎多き男だ。
石田は、工藤の表情が最近冴えないことに気づいた。彼は、新商品の開発で大きなプレッシャーを抱えているようだった。
時重が静かにグラスを磨きながら空を見上げ、呟いた。
「……次に来るのは、過去に『災害』を引き起こした記録やな。未来の歪みは、収束せず……」
第6話をお読みいただき、ありがとうございます。
次回、「第7話:封印された味覚と、歪んだ食文化」も、お読みいただければ嬉しいです。
それではまた来週、お会いできるますように!